第20話 フィリップス2
「菊池機被弾!...」
電信員が悲鳴を上げる。菊池とは士官学校からの馴染みだった。果てしなく昔に感じられる思い出が脳裏をよぎる。だが悲観に浸かっている暇はない。既に背後には20機以上のフルマーとバファローが迫っていた。曳光弾が翼にあたり打撃音が機内に響く。低空で離脱した後は再び上昇し急降下爆撃をしなければならない。駒場は機銃を必死に撃つが一向にあたる気配はない。まるでクシを抜かれるように編隊からまた一機と仲間を乗せた機が墜ちてゆく。もう8機に減っていた。だが敵機も少しづつ引き替えしてゆく。きっと後続の陸攻隊が来たのだろう。それでも爆弾倉にもう一発あると睨む優秀なパイロットは無線で部下に呼びかけ、まだ6機のフルマーが一五試爆隊を追撃していた。そのとき、駒場はフルマーの後ろから新手の戦闘機が来るのを認めた。明らかにそっちの方がフルマーよりも速度が速い。咄嗟に機銃をそちらに向ける。次の瞬間、その戦闘機群から火箭がほとばしり、フルマーが......一機残らず墜落した。間違いなく零戦だ!。そして零戦は3機だけだった。一五試爆が速度を落とすと、零戦隊はバンクし一五試爆隊のそばによってから敵艦隊の上空に向かって引き返していった。操縦席からパイロットが手を振っていたようにも見えた。敵戦艦に急降下爆撃をすべく一五試爆隊は上昇した。だが既に敵戦艦は後続の零式陸攻の猛攻にあっているようで水柱が2本見えた。上空ではフルマーを零戦が次々と落としているが、F4Fは零戦とそれなりの戦いぶりを見せている。旧式の九六式艦戦も同年代のバファローとは良く戦い、シーハリケーンには苦戦している。その激戦のさ中、一五試爆隊は急降下を開始した―
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既に制空権を握られた東洋艦隊の主力艦の壊滅は必至であった。
「通信員、アークロイヤルのオガスター・Ⅾ・マウンド艦長に緊急時は指揮を握れと伝えてくれ。それと空軍基地航空隊の保護下に隷下の空母を率いて離脱せよと」
通信員がメモに書留め去っていた。3番砲塔の右側、右舷第4副砲に命中した一五試爆の500㎏爆弾は艦橋右側の副砲群を3基とも吹き飛ばし、3番砲塔の旋回部を歪ませ旋回不能にしてしまった。更に第2砲塔の射撃指揮羅針盤が爆発で砲術指揮所と共に消え去り、射撃は可能だが照準を合わすことが不能になった。まともに射撃可能な主砲が第一砲塔の3門しかないネルソンは戦闘能力を損失したも同然であり、東洋艦隊はもはや壊滅したと言ってもよかった。消火活動も懸命に行なわれていたが火は一向に収まる気配はない。その炎は先の被雷で損傷した部分にまで広がり、艦は行き足を止めようとしていた。
「司令官、僅かな期間でしたが共に勤務に励むことが出来て光栄でした!......」
艦長以下ネルソンの乗員達がかかとをそろえフィリップスに向かって敬礼する。
「ああ、私も君たちと仕事ができてよかったよ.....。君たちは退艦したまえ、若い将兵の命は何物にも変えられん!」
総員退艦命令が出され、接舷した駆逐艦に乗員は次々と乗り移る。艦橋にいた面々が書類をまとめ機密文書を処理するなか、艦長は一人だけ外に出ようとしなかった。
「司令、あなたが残るなら自分もお供させてください」
「いや、君は有能だ。みすみす貴重な人材を自分の麾下で見殺しにするのは司令官として認められん。命令だ、退艦しろ!」
フィリップスの目は潤んでいた。
「なら仕方がありません、退艦します.....。ですが有能な指揮官を自分の艦で死なせるわけには艦長としていけませんねぇ。なら司令!退艦してください、あなたの方こそ有能で失うわけにはいきません!」
フィリップスは少し考えて微笑した。
「艦隊をこんなに傷つけられ、敵の強さを馬鹿にし艦隊を守れなかったのだから俺は無能だろう。若くて有能な人材を救えるならそれが本望さ」
艦長は反論も肯定もしなかった。
「司令、実は900年代のいいワインがあるんですが沈んだら元も子もないので一杯どうですか?」
ワインをグラスに注ぎフィリップスは一口飲んだ。艦長は司令のこんな笑顔を初めて見た、そして笑った。
「確かにいい香りだ」
その笑い声は一五試爆が投下した500㎏爆弾が艦橋の上部構造物を貫き、炸裂するまで続いた。
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