第0話 その名は雲龍
30年代半ば海軍や軍部で多数派を占める大艦巨砲主義者は依然強い影響力を持っており、山本ら航空主兵論勢はそれらを説得するのに苦労していた。だが宇垣纏が36年に2・26事件で殉職したことが歴史を大きく変えようとしていた。
1940年
呉の第三船渠で進水式が行なわれていた。その艦は蒼龍改の飛龍と大して変わらないように見えたが両舷にある12.7㎝高角砲計8基と25㎜連装機関銃26基はハリネズミさながらだ。また、全体的に角ばって飛龍よりもごつごつしているように思える――雲龍型航空母艦一番艦、雲龍である。日本は翔鶴型の建造を取りやめ、量産性を兼ね備えた短期間で建造できる中型空母の建造に移行したのである。もともと翔鶴型は、排水量の割に速度性を重視したため艦載機数が少なく、また、大型空母の建造には時間がかかるため、山本の具申もあって改飛龍―雲龍型の建造を軍部は承認したのだ。また、大和型戦艦の建造中止も大きく影響していた。資材、人員的にも大きな余裕が出来たためである。
「赤城や加賀に比べると頼りないいな」
戦務参謀の渡辺安治中佐がそうつぶやいた。たしかに全長227メートルの船体は一航戦の空母に比べるとどうしても見劣りする。渡辺は兵員の士気への影響を気にしているようだ。
「海戦は見た目で決まるもんじゃない。何より搭載機数は少なかれど、数さえ揃えれば大型空母並みの働きを見せるだろう。なあ、」
作戦参謀の三和義勇がそう補正した。
「兵器というのは必要な時に必要なだけ供給できるのがもっともだ。中小艦建造で数を揃えるのは質で数を補うのを基礎としてきた我が海軍の大きな転換点になるだろうな。」
主席参謀の黒島亀人がそう返した。黒島は渡辺と並んで山本のお気に入りの部下である。
「中小艦といえば、防空艦の建造も進んでるんだろう?」
渡辺が言う防空艦とは乙型駆逐艦や阿賀野型軽巡の事である。
「ああ。来年末までに20隻近くが揃うそうだ。反対意見も多くあったんだがな。なにせ陽炎型の建造を全艦取りやめての事だからな。これには大艦巨砲主義者も水雷戦隊の連中も口をそろえて反論したが、宇垣がいなくなってから下火だからなんとかなったが、ほんと亡くなられたのが幸いだ」
三和がそう言う。
「死者に失礼だろうが!だが確かにきみら航空主兵論者には有利になったが、かけがえのない優秀な参謀を失ったんだ。口を慎め!」
それまで黙って話を聞いてた福留参謀長がそう戒めるよう言った。重い空気が張りつめ会話はそれで途絶えた。もともと福留は宇垣がやるであった参謀長の身を継いだものだ。それに大艦巨砲主義者とは言わないまでも古くからの戦術をもとに考える人だ。皆が硬直する中、福留は口を開いた。
「だが、確かに私にとっても大きな転機になっただろう。」
そして福留は目の前の巨艦を見つめた。
「私は空母が戦艦を撃沈できると信じているよ...。きっと」
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