高山 遥 01
ピンポーン。
インターホンの音が鳴り、私は画面を確認した。
ドアの向こうの男性が大手配送業者の配達員を名乗ったので、先日の再配達だと思い当たる。普段は置き配で済ませているが、今回は荷物のサイズ上の都合でできなかった。けれど大きい荷物を頼んだ覚えもないし、荷物の送り先に心当たりもない。
ドアを開けながら、不在連絡票に書かれていた差出人の名前を思い出す。『南アンドロイド研究センター』……。やっぱり、聞いたこともない名前だ。
そんなことを考えている間にも、配達員は私に「重いので、中に運びましょうか」と聞いてくる。私は思わず、はいと答えてしまう。配達員が二人がかりで運び込んだその箱は、160センチある私の身長よりも大きいように見えた。
全身がうっすらと汗ばんでいる配達員に礼を言いながら、私はドアを閉める前に青空を見て、太陽の眩しさに目を細めた。まだ五月の中頃だというのに、夏の気配を感じるほどには暖かい。天気予報を見ても、最高気温が三十度近くになる日もあるぐらいだ。
リビングに戻ると、私はあらためて例の荷物をまじまじと見つめた。
「……何、これ」
家には私以外に誰もいないのに、思わずそうつぶやいてしまう。
目の前に横たわっている会社のロッカーぐらいのサイズはあるだろうその箱に、私はおそるおそる手を触れた。
先日、宅配の荷物が爆発する映画を観たばかりだったので、ひょっとしたらこの箱も、という思いがふと首をもたげた。箱に耳を近付けて何の音も鳴っていないことを確認して息をつくと、カッターナイフを手に取り、箱を開封していく。
――まず最初に見えたのは、綺麗な青年の顔だった。
「……えっ。えっ!?」
驚いて、私は変な声を出してしまう。
箱がすべて開くと、中から出てきたのは、一人の青年だった。
体の前で手を組んでいる青年の上には、名刺より少し大きいぐらいのメッセージカードが置かれている。私はそれを手に取った。
『このたびは、実験にご協力いただき誠にありがとうございます。
あなたが「IF」と共に、素敵な時間を過ごせますように。』
文章の下には、インターネットのサイトのURLらしきものが書かれていた。
「『イフ』……?」
私はそう口に出すと、青年の顔を見た。
青年はびくともせず、箱の中で眠っていた。――まるで、棺の中で気を失っている白雪姫のように。
「
呆れた声で大学時代の友人の
確かに最近はインターネットで動画を見るぐらいで、ニュースはほとんど見ていない。Xで話題になってるよ――とも言われたが、SNSの
綾子から『IF』についての簡単なあらましを聞いた私は、礼を言って電話を切った。それから、『IF』という単語をインターネットで検索した。
『IF』というアンドロイドは
――ニュースを要約すると、こういうことだった。
『IF』は現在において、限りなく人間に近いアンドロイドである。開発者は南アンドロイド研究センター室長の
『IF』の主な役割は、名前通りイマジナリーフレンドのようなものだ。彼らは人間の成人並みの知能を持っているが、起動した時の知識は最低限の一般常識を除けばまっさらになっているらしい。『IF』は持ち主の口調や動作を参考に学習していくので、持ち主により近く、寄り添いやすい性格になるだろう――というのが、千回以上もの実験を繰り返した御堂氏の主張だそうだ。
――つまり『IF』は、人間の孤独を癒すために作られたアンドロイド、ということだ。
予測変換にもあった通り、『IF』の実用化については、各所で様々な議論が起こった。中でも人々が一番心配して、メディアにもよく取り上げられたのは――『IF』が暴走した場合はどう対処するのか、という懸念だった。
そんな人々の不安に応えるため、御堂氏は『IF』をひとまず試験運用することに決めたらしい。研究所内部の人間がテストを行ったとしても不正を疑われる恐れがあるので、ランダムに選出された百名の一般人に『IF』を無償提供する。本格運用するかどうかは、その試験の結果次第ということになった。
そして、晴れてその試験運用のテスターとして選ばれた人間が――今の私、ということだ。
私は次に、メッセージカードに書かれていたWebサイトにアクセスした。画面全体に箱の中に入った青年と同じ顔のアニメーションが映り、中央に『IFをお受け取りいただいたみなさまへ』という文字が表示された。
そのサイトには『IF』の起動の仕方や故障の前兆、防水とはいえ風呂やプールなど、長時間、水に浸からせるような行為はしないことなどの注意事項が書かれていた。『IF』が街中に現れた時に他の人々に混乱を招かないように、写真のアップロードは一切禁止されていた。
中でも、特に私の目を引いたのは――『「IF」同士の接触を禁止する』という一文だった。
どうやらこれは人々の一番の不安の種である、『IF』が暴走することを防ぐための策らしい。『IF』同士の交流を禁止し、彼らによけいな情報交換をさせないようにするということだろう。
Webサイトに書かれていた文章を一通り読み終えた私は、操作説明のページに飛び、いよいよ『IF』を起動することにした。
首の真ん中に付いている蓋をスライドして開き、スイッチを押すと――モーター音が聞こえて、いとも簡単に『IF』は起動した。
箱の中で目を開けた『02』の顔を、私は覗き込んだ。あくまで試用期間中なので名前などは付けずに『IF』の左肩に彫られている製造番号で呼ぶようにと、Webページには書かれていた。
「やあ、『
私がそう言って手を差し出すと、ゼロニーは上半身を起こし、私の手をしっかりと握り返した。
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