楠 正幸 01

 家にいる時間は、いつも地獄だ。


 友達の宗太そうたはゲーム機やスマートフォンで遊んでるらしいけど、俺の家にはそんな高価な物はないし、スマートフォンだって家に固定回線が引かれていないから気軽には使えない。習い事や塾に行けるような金はないし、一人で遊びに行くのにだって金がかかる。


 だから、宗太が塾や習い事やら何やらの予定があって遊びに誘われなかった日は――俺は四畳半ほどの小さな部屋で、宿題が終わってからひたすらに眠くなるのを待つしかなかった。


 昨日から敷かれていた布団でごろごろしながら、俺はもうセリフを暗記してしまうくらい何度も読んだ漫画を手に取り、ぱらぱらとめくった。


 『がんばれ!』『負けるな!』『お前にならできる!』


 小学生の頃は無邪気に信じて夢中で読んでいたそのセリフを読むと、喉のあたりがつっかえるような、妙な気持ち悪さがあった。

 俺は溜め息をついて漫画を置くと、布団に横向きに丸まった。


 スマートフォンにイヤホンを付け、毎日のように聴いているアニメ映画のサウンドトラックを流す。それは俺が小さい頃、母さんの気まぐれで連れて行かれた公会堂で観た映画だった。貧乏な主人公の前にいきなり天使が現れ、協力して悪魔を倒す物語だ。


 悪魔に誘拐された姫は主人公の勇気に惹かれ、二人は結婚する。主人公は晴れていわゆる逆玉ぎゃくたま輿こしになって――国王と姫と三人で、王宮から街を見下ろすのがラストシーンだ。めでたし、めでたし。


 いまだにこんなアニメ映画のサウンドトラックを聴いていると言ったら、宗太には子供じみていると笑われるだろうが――


 俺は中学三年生になってもいつかこの主人公のように誰かが俺を助けに来てくれるのではないかという、根拠のない期待を捨てられなかった。


 ――中学生も、気軽にバイトができたらいいのに。

 そんなことを考えていると、スチール製のドアをガンガンと叩く音が聞こえて、俺はイヤホンを外した。


くすのきさん、お届け物です」


 家のチャイムは中から応答することができないので、外から配達員が叫ぶ声が聞こえる。俺は布団から身を起こした。


「……母さん、荷物だって」


 リビングを覗いて母さんにそう言ったが、ダイニングテーブルに突っ伏して眠っている母さんにその声は届きそうになかった。母さんの周りには、つまみが入った袋やチューハイの空き缶が散乱している。


 俺は溜め息をつくと、玄関に向かった。

 ドアを開けると配達員が苛々した様子で口を開きかけたあと、俺が子供だと気付いて慌てて笑顔を作った。伝票にサインをすると、大きな段ボールが手渡される。重たいと思うけど大丈夫? と尋ねられ、俺は無言でうなずいた。


 俺は両腕で荷物を抱えたまま伝票の宛先を確認し、一旦玄関に置いた。ふたたびリビングを覗いて、

「母さん宛の荷物みたいだけど、どうする?」

 と叫ぶと、母さんは顔を上げないまま片手をひらひらと振り、

「あんたが中、確認しといてえ」

 と、ろれつの回っていない口調で言ってきた。


 俺は荷物を抱きかかえると、自分の部屋に運び込んだ。ただでさえ狭い部屋なのに、真ん中にでかい箱を置いたせいでよけいに圧迫感がある。俺はリビングに戻ってカッターナイフを取って来ると、箱のガムテープを切り裂いた。


 箱の中に入っている死体のような青年を見て、俺は息を呑んだ。


「何だよ、これ。……人?」


 少年の右肩には『79ナナキュー』という番号が彫られていた。

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2024年12月1日 10:00
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IF 人に寄り添うアンドロイド ねぱぴこ @nerupapico

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