秘密と彼女13

 全身に力が入らなくなって泣き崩れると、彼女は両腕で抱きしめて支えてくれた。


「どうして……? どうして僕は死に取り憑かれているの……? どうして誰かが死ななきゃいけないの……? 僕はただ皆と一緒にいたいだけなのに……! それだけなのに、神様は許してくれないの……? 皆と一緒にいたいと願うのは悪いことなの……?」


「紫月、悲しいなら思い切り泣けばいい。私が支えてあげるから」


 彼女の体温が悲しみに拍車をかけた。

 それは彼女も同じであった。

 紫月の体温で彼女も声を上げて泣き出した。

 明日にはこの体温が感じられなくなるのだと思うと、無性に悲しくなった。


 神代礼佳は彼女が神に戻ると同時に死ぬ。

 これは肉体的な死で、神代礼佳の魂はとっくに死んでいる。

 神代礼佳は二度死ぬことになる。


 結局、あの日の約束は果たすことができなかった。

 もみじの木を一緒に見上げて礼佳に告白することは叶わなかった。


 せめて彼女との約束は守ろう。

 昨夜、彼女と指切りした約束。


 礼佳と指切りした約束は胸の奥にしまっておこう。

 もう叶うはずもない願いになってしまったのだから。


「悲しいなら思い切り泣けばいいよ……僕が最後まで支えてあげるから……」


 2人が抱き合ってからどれくらいの時間が経ったことだろう。

 秋祭りは昨日の思い出となり、今日という新たな1日を迎えていた。

 涙はとうに枯れ、嗚咽さえもう出なかった。


 2人は木に纏わりつく蔦のように絡ませていた両腕を解いた。


「ねぇ、神様にも名前はあるんでしょ?」


「名前のある神もいれば、名前のない神もいる。私は名前のない神だ。元より信仰のない神でな、神社の名前さえ忘れられてしまった」


「じゃあ、君のことはなんて呼べばいい?」


「今まで通りでいい。私は最後まで神代礼佳でいたい。私は礼佳を助けられなかった。だから、礼佳の代わりではなく、礼佳として最後まで生きたい」


「わかった。今日、神代さんは死んじゃうんだね」


「そうだ。私が死んだら悲しんでくれるか?」


「もちろん。神代さんは僕の大切な人だから」


「私も悲しい。紫月は私の大切な人だ。大切な人との別れは自分の一部を失うのと同じだな。心が痛くてたまらないのだ」


 神代さんと一緒にいたくて、でも、今日でお別れしなくちゃいけなくて。

 大切な人との別れはやっぱり心が張り裂けそうなくらい痛いよ。


 礼佳が愛しくて、紫月は深紅の唇を奪った。


 林檎飴の甘さと紅の苦さがゆっくりと口内に広がる。

 水分を含んだ綿のような感触が唇を深紅に彩る。


 礼佳はキスの意味も知らない。

 死ぬ前の彼女もキスはしたことがない。

 これが最初で最後のキスとなる。


 思い返せば、礼佳とは最初で最後のことばかりだった。

 今となってはどれも甘美な思い出になってしまった。

 このキスもいずれは思い出になってしまうだろう。


 礼佳は指の腹で紫月の唇を撫でた。


「紅がついている」


「ありがとう。神代さん、今のはキスっていう……特別なことなんだ。大切な人としかできない特別なことなんだ」


「大切な人としかできない特別なこと……」


 大切な人――紫月はあえて好きな人とは言わなかった。

 こんな形で告白するのは嫌だった。


 礼佳はまた泣き出した。

 紫月もつられて泣いた。


 涙の泉は枯渇したものだと思っていたが、まだまだ涙は溢れてきた。

 悲しみがなくならないように涙が枯れることはないんだろうな、と思った。


 ここにいても別れが辛くなるだけだ。

 悲しみの尾が長くなるだけだ。


「神代さん、もう帰るよ……さよなら……」


「さよなら、紫月……」


 2人はキスを最後にきっぱりと別れた。

 その後、彼らはいつまでも泣き続けた。


 ハート型のガラスは割れて悲しみをこぼしていた。

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