第3章
秘密と彼女7
射的の屋台にて。
「郁弥、もう1回! あと1回で倒れそうなの!」
「先輩、それはさっきも聞きましたって。もう10回以上はやってますよ? そろそろ別の屋台に行きませんか? 俺、腹減ったんすけど」
「もうちょっと我慢しなさい! ねっ、あと1回で倒れなかったら諦めるから!」
「はぁ、しょうがねぇな……」
郁弥はげんなりしながら財布を開いた。
先輩の射的の下手さには恐れ入るな。
10発以上撃って目当ての景品に掠りもしないとは。
これなら俺がやった方が早かったかもな。
先輩が撃ったコルクは2つ隣の景品に当たった。
その景品はぐらついたものの、倒れるには至らなかった。
「惜しかったっすね、先輩」
「全然惜しくないってば。2つも隣の景品じゃん。あーあ、あのぬいぐるみがほしかったのになぁ」
先輩が狙っていたのは、巨大な熊のぬいぐるみ。
景品の代わりに箱を倒せばいいのだが、逆に的が小さくて狙いにくかったのだろう。
まあ、熊のぬいぐるみをコルクで撃ってもびくともしないだろうが。
郁弥はコルク銃を手にし、箱の端に狙いを定めた。
コルクが「ぱんっ!」と勢いよく発射されると、箱はくるっと1回転して倒れた。
周囲から拍手が起こり、屋台のおじさんは先輩に熊のぬいぐるみを渡した。
「うわぁ、可愛いー! 郁弥、ありがと! 大事にするね!」
無邪気に熊のぬいぐるみを抱きしめる先輩は、年上なのに子供っぽくて女の子らしかった。
ふと瑠璃の笑顔を連想した。
慶吾のやつ、うまくやってるかな。
瑠璃にふられてなきゃいいけど。
まあ、慶吾なら大丈夫だろ。
相思相愛とはいかないだろうが、これからそうなっていくだろうさ。
きっと神様が2人を結んでくれる。
そんなことを考えていると、熊のぬいぐるみが迫ってきた。
「大事にするんじゃなかったんっすか?」
「今は重たいから郁弥が持っててよ。荷物持ちは男の仕事でしょ。あっ、餅撒きやってんじゃん! 郁弥、行こう!」
「ったく……相変わらず先輩は我儘だな」
郁弥は熊のぬいぐるみをお姫様抱っこし、既に先の方にいる先輩を追いかけた。
他人の心配ばかりするのもなんだが、慶吾もこれから大変だな。
瑠璃に振り回されてへとへとになるぞ。
現に俺も疲れてる。
でも、それが楽しいんだ。
人ごみに飲まれてもみくちゃにされている先輩を遠目に眺めながら、郁弥は足元に落ちた餅を拾い上げた。
熊のぬいぐるみを守らなければならないため、人ごみには入らなかった。
餅がなくなると、先輩は息を弾ませながら戻ってきた。
先輩が膝に両手をつき、はだけた着物から胸元がちらりと覗く。
「先輩、着物がはだけてますって。見えちゃいますよ」
「うふん、セクシーでしょ?」
「ったく……本当、先輩は世話が焼けますね」
郁弥は先輩の肩からずれた着物を正して帯を締め直した。
締め方は先輩に教わった、というよりは、着付けを手伝えるように無理矢理教えられた。
「ありがと、郁弥。じゃあ、行くぞ! 遊びは十分満喫したことだし、そろそろ夕食にするとしますか!」
「そうっすね。ところで、先輩、餅はいくつ取れたんすか?」
「うふふっ、いくつでしょうか?」
一見すると餅は持っていない。
あれだけ粘って1つも取れなかったのだろうか。
「ゼロっすか?」
「そんなわけないじゃん。正解は6つでした!」
先輩は着物の袖の中から6つの餅を自慢げに取り出してみせた。
無論、これらも郁弥に押しつけられた。
礼佳はお淑やかだから紫月をこき使うことはないだろうな。
あの2人は相性がいいから心配には及ばない。
今頃いちゃついてることだろう。
すると、先輩は郁弥の手を引っ掴んだ。
熊のぬいぐるみを取り落としそうになるが、どうにか脇に挟んで持ちこたえた。
「ちょっ、急にどうしたんすか、先輩?」
「今日のお礼っていうかさ。今日は町で遊ぶより断然楽しいよ。この村に残ってもいいかな、って思えるくらい。郁弥のおかげだよ。なんていうかさ、もう都会に出なくてもいっかなー、って感じ。郁弥とこの村で生活するのも悪くないかな、って思うの」
先輩は柄にもなく真面目な顔付きだった。
彼女の瞳はどこか遠くを見据えていた。
「俺は先輩についていきますよ。先輩がこの村に残るなら俺も残ります。まあ、村に残った方が村長も喜ぶだろうなぁ。この村で村おこしに協力するのも悪くないんじゃないっすか?」
郁弥は柄にもない答えを返した。
将来のことを話すには少し早いかもしれないが、将来というものは案外すぐに訪れる。
来年は高校3年生。
先輩は卒業。
町や都会の大学に進学する子供もいるが、この村では少ない。
先輩も高校を卒業したら働くつもりだと言っている。
進学せずに働くのなら、村に残った方が苦労は少ない。
郁弥は特別町や都会に出たいわけではないし、できることなら村に残りたいと思っている。
別に何をして生活するかなんて考えていないが、先輩と一緒にいられたら幸せだと思っている。
「郁弥はどっちがいいの? 都会で生活したい? それとも、この村で生活したい?」
「俺は……この村で生活したいっすかね」
「じゃあ、私もこの村に残るよ」
先輩はあっけらかんとして言った。
人生の岐路をさっさと決めて進んでしまった。
「マジっすか?」
「うん、マジマジ。都会には憧れてるけど、別に何をしたいって決めてるわけじゃないしね。郁弥が村で生活したいならそうするよ。それに、たまには郁弥の言うことも聞いておいてあげないとね。尻に敷いてばっかじゃ郁弥が押し潰されちゃう」
「はははははっ、そうっすね。くくっ……はははははっ!」
郁弥は笑った。心の底から笑った。
こんなに笑ったのはいつぶりだろうか。
やっぱり先輩には敵わないな。
危なっかしいけど、先輩は真っ直ぐで迷いがない。
俺はこういう女の子が好きなんだろうな。
先輩が進む道についていけば、自ずと正しい道へと繋がっていく。
先輩は気まぐれだから時には俺が方向を修正して、2人で一緒に進んでいければいいと思う。
「先輩、ありがとうございます。なんか吹っ切れました」
「ん? 郁弥、何か悩んでたの?」
「まあ、そうっすね。でも、もう大丈夫っす」
「ふーん、よくわかんないけどよかったね。って、そんなことはどうでもいいから屋台を回るよ! ほら、走れ走れ!」
郁弥は先輩に手を引っ張られた。
内心のしがらみは彼女が全て振り落としてくれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます