第2章

秘密と彼女5

 神楽の囃子が響く神社の境内。


 慶吾と瑠璃は参拝者でごった返す拝殿から離れた木の幹にもたれかかり、屋台で買った大量の食べ物を片付けていた。


「瑠璃は本当によく食べるな。その小さい身体のどこにそんなに食べ物が入るんだ?」


「小さいは禁句だってばっ! 禁句言ったらおごりなんだから――って、もうさすがにお腹が膨れてきたから免除してあげる」


「どうも。それにしても、紫月と礼佳はうまくやってるかな? いくら仲がいいとはいえ、初デートだからな」


「2人なら大丈夫でしょ。今頃いちゃついてるよ。っていうか、瑠璃とのデート中に他のカップルの心配ー? 一応、瑠璃たちも初デートなんだけど!」


「わ、悪い。でも、瑠璃とデートすることになるなんて夢にも思わなかったな」


 昨日までは、と心の中で付け加えつつ、慶吾は箸巻きに齧りついた。

 瑠璃はすっと目を細めた。


「どういう意味?」


「いや、悪い意味じゃないよ。ただ、今までずっと友達として遊んできたのに、いきなりデートすることになるとは思わなくてさ。なんだかおかしな気分だ」


「あー、確かにね。でも、瑠璃は楽しいよ。もちろん皆が一緒でも楽しいけど、2人きりだと違う楽しさがあるかも。恋人と一緒にいたらこんな感じなのかな。あははっ、今だけ慶吾は瑠璃の恋人だね!」


 そう言っておどける瑠璃は少しだけ大人びて見えた。

 背伸びしているようで、なんだかぎこちなかった。


 瑠璃はいつも本心を隠している。

 単純でわかりやすいけど、隠した心には触れることができない。

 人間は本心を隠す生き物だ。

 だから、人間関係は複雑なんだと思う。

 どんなに単純な人間がいても、人間関係は複雑だ。


 慶吾は箸巻きを平らげ、林檎飴に取りかかった瑠璃を見据えた。


 瑠璃には本心をさらけ出してほしい。

 俺だって自分の気持ちを隠し続けてきたんだ、瑠璃のことは言えない。

 だから、俺から包み隠さず本心をさらけ出そう。

 そうすればきっと瑠璃も隠した心を開いてくれるはずだ。


「瑠璃、話がある」


 瑠璃は林檎飴を食べるのを中断し、天真爛漫な顔を上げた。


 唇は溶けた飴が付着して深紅に染まっている。

 紅を引いたかのようで、あどけなさの中に妖艶さがある。

 これを倒錯美というのだろうか。


 慶吾は瑠璃の正面に立って彼女と向かい合った。


「どうしたの、慶吾? そんなに改まっちゃって」


「率直に言うよ。瑠璃、好きだ。俺と付き合ってくれ」


「えっ……?」


 2人の時間が止まった。

 2人の世界から喧騒が消え、混沌としていた甘い匂いと香ばしい匂いが消え、嫌でも目についていた周囲の人間が消えた。

 とにかく、全ての感覚が消えた。

 彼らの世界には2人しかいなかった。


 瑠璃は何も反応しなかった。

 石像のように固まったまま微動だにしなかった。


 慶吾は待った。

 瑠璃の答えを待った。

 ただ待つことしかできなかった。


「瑠璃は……ずっと慶吾のことを友達だと思ってきたし……慶吾のことは好きだけど……」


 瑠璃が言おうとしていることは手に取るようにわかる。

 瑠璃は友達として俺のことが好きなんだ。

 つまり、俺は男として見られてなかったということだ。

 残念だけど、これが事実だ。


 でも、いいんだ。

 今日、瑠璃を振り向かせればいいんだから。


「俺も瑠璃のことは友達だと思っていたし、友達として好きだった。だけど、いつの間にかそれは恋愛感情に変わっていた」


「いつの間にか?」


「そう。いつの間にかから始まって、ずっと瑠璃のことが好きだ。5人で一緒にいる時もずっと瑠璃を見ていた。家にいる時もいつも瑠璃のことを思っていた。呪いみたいに瑠璃のことが頭の中をぐるぐる回っていた。自分の気持ちを押し込め続けて、心が破裂しそうなくらい苦しかった。今、やっと楽になったよ。やっと瑠璃に好きだって伝えられたから」


 瑠璃の横顔がちらりと見えたような気がした。

 いや、これは妄想上の彼女の横顔だ。

 現実の彼女は目の前で顔を俯かせていた。


 慶吾は小さく弱々しい肩に両手を添えて大きく息を吸った。


「俺は瑠璃を幸せにしたい。ずっとそばで瑠璃を支えていたいし、いつまでも瑠璃と一緒にいたい。もう小さいって馬鹿にするのはやめるし、郁弥に馬鹿にされたら加勢する。だから――」


 続きは柔らかな感触で遮られた。


 瑠璃は背伸びして爪先立ちになっていた。

 鼻先が触れ合うくらい顔が近くて、林檎飴の甘ったるい匂いがした。

 顔がぽーっと熱くなった。

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