秘密と彼女4
「これは……水か?」
「ラムネだよ。まあ、飲んでみてよ」
炭酸飲料を初めて飲む礼佳の反応が楽しみだった。
が、当然ながら彼女はラムネの飲み方を知らないのであった。
しかし、ラムネと奮闘する礼佳があまりにも面白いので、紫月はしばらく彼女を観察することにした。
瓶を逆さまにして上下に振る。
無論、ビー玉で密閉されているため、まだラムネは飲めない。
瓶の口を指でたたき、ビー玉を落とそうとする。
どうやら凸型のプラスチックの蓋で開けることには気付いていないようだ。
礼佳が不機嫌そうに鼻を鳴らしたので、紫月はプラスチックの蓋を瓶の口に押しつけてゴムパッキンからビー玉を外した。
彼女はそれを見て、なるほどといった具合に膝を打った。
「なんだ、簡単なことではないか。まさか閃きが必要な飲み物だったとは――きゃっ!」
ビー玉が音を立てると同時に、可愛らしい悲鳴が上がった。
奮闘の際に瓶を振って炭酸を刺激していたため、ラムネが噴き出したのだ。
礼佳は居心地が悪そうに身を縮こまらせて、林檎飴と同じ色の唇を尖らせた。
「むぅ、意地の悪い飲み物だな。まだ何か仕掛けが残っているのではあるまいな?」
「ふふふっ、どうかな。あとは飲むだけだよ」
疑心暗鬼になった礼佳は念入りに瓶をたたき、やっとラムネに口をつけた。
その瞬間、彼女はむせた。
ラムネを初めて飲んだ紫月と同じ反応だった。
「ごほっ、ごほっ……刺激の強い飲み物だな。だが、悪くない。苦労した分、美味しく感じられる」
「でしょ? 僕も久しぶりに飲むよ。村ではたまに駄菓子屋さんが入荷するくらいで、町に行ってもお祭りでしか飲めないんだ。炭酸飲料なら自動販売機でも売ってるけどね。ラムネは僕たちにとっては貴重な飲み物だよ」
ラムネを呷る。
炭酸が口内で暴れ回り、それが落ち着いてくると爽やかな風味が鼻を抜ける。
これが癖になる。
ラムネを飲み終えた2人は屋台のお姉さんに空き瓶を返して20円を受け取り、手を繋いでそぞろ歩きを再開した。
それからほどなくして、礼佳は次なる屋台を指差した。
「紫月、あれを夕食にしよう。あれはうどんを焼いているのか?」
「違うよ。あれは焼きそばだよ。ソースで焼いてるからたこ焼きと味が似てるけどいい?」
「ああ、たこ焼きは気に入ったからな」
焼きそばは屋台の定番中の定番だ。
一番人気と言っても過言ではない。
鉄板の上で豪快に踊る焼きそば。
ソースが加えられると一層香ばしさが増す。
パックに詰められた焼きそば2つをビニール袋に入れると、礼佳はある屋台に近付いていった。
子供たちに人気のその屋台は、紫月も手を出したことがないものだった。
「金魚すくいだね。薄い紙を張ったポイっていう道具を使って金魚をすくうんだ」
「金魚を救えばいいのだな」
「なんか意味が違うような気もするけど……やってみる?」
「ああ。何匹でも救ってやるぞ」
礼佳は勇み立って水槽に面と向かったが、果たして金魚をすくえるのだろうか。
金魚すくいをしたことのない紫月からすると、薄っぺらい紙ごときで金魚がすくえるとは思えなかった。
礼佳は集中して1匹の金魚の機微を窺っている。
どうやら動作が止まる瞬間を狙っているらしい。
金魚がひれを休めた瞬間、ポイが水中に潜る。
しかし、案の定、ポイは金魚を持ち上げる前にあっさり破れてしまった。
礼佳は悔しそうに顔をしかめた。
「紫月、もう1回だ!」
「う、うん」
礼佳は躍起になって何度もポイを振るったが、結局は1匹もすくうことができなかった。
まあ、初心者ならこんなものだろう。
礼佳はしゅんと肩を落として屋台を後にした。
「残念だったね、神代さん。でも、金魚がもらえてよかったね」
「他の子供たちは何匹も救っていたのに……私が下手なだけなんだろうか」
「まあまあ、気を落とさないで。あっ、射的があるよ。あれなら神代さんにもできるんじゃないかな」
「面白そうだ、やってみよう。紫月、祭りというものは楽しいな」
「楽しんでもらえて何よりだよ。僕も楽しいよ」
黒と赤の2匹の金魚は、狭いポリ袋の中で肩を寄せ合って泳いでいた。
2人はどちらからともなく再び手を繋いだ。
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