秘密と彼女3

 礼佳に歩調を合わせながら、長い石段を上り切る。

 境内の光景に息を飲む。


 参道を挟むようにして軒を連ねる屋台。

 神楽用に設営された立派な舞台。

 太いしめ縄を巻きつけられたもみじの木。

 夜になっても秋祭りを続行できるように設置された大量の照明。


「まるで夢みたいだ」


「うん。僕も全く同じことを思っていたところだよ。夜になってもここだけは村の中で唯一明るいんだろうね」


「今夜は特別だな。特別な人と特別な場所で特別な時を過ごせるなんて、素敵なことだと思わないか?」


「うん、僕もそう思うよ」


 2人は繋いだ手を離さなかった。

 彼らの間には、はぐれてしまわないようにという暗黙の了解があった。

 これも以心伝心のおかげなのかもしれない。


 手水舎では、山の泉から流れてきた川の水で身を清めようとしている礼儀正しい参拝者たちが長蛇の列を作っている。

 柄杓の争奪合戦が幕を開けるのも時間の問題だろう。


「今日はいっか。一度くらいなら神様も許してくれるよね」


「ふふふっ、そもそも紫月に穢れはないと思うがな。ところで、デートとやらは具体的に何をするのだ?」


「えーっと、僕もデートはしたことがないからよくわからないんだけど……まずは腹ごしらえかな。屋台の食べ物を買って歩こうか。ほしいものがあったらなんでも言って。僕が買ってあげるよ」


「それは悪い。ただでさえ紫月には世話になっているのだ、むしろ私が買ってやりたいくらいだ」


「いいからいいから。デートでは男が買うものなんだよ。今は日常を忘れて秋祭りを楽しもう。遠慮しなくていいからね」


「紫月がそう言うなら……」


 紫月と礼佳は屋台を吟味しながらゆっくり歩いた。


 ごちゃ混ぜになった甘い匂いと香ばしい匂いが食欲をそそる。

 空腹の2人は舌鼓を打つ。


 屋台の間を歩くのはわくわくする。

 屋台の下で売られているものが視界に入ると、子供心が蘇る。

 あれもほしい、これもほしい、と目移りしてしまう。

 小遣いがなくなるとわかっていても、つい買いすぎてしまう。


 礼佳も子供のようにきらきら目を輝かせて屋台を1つ1つ覗き込んでいる。


 すると、礼佳はある屋台を指差した。


「紫月、あの赤くて丸い宝玉のようなものがほしい」


 礼佳が指差した先にあったのは、てらてらと鈍く光る林檎飴だった。

 梅干しの壺の底に割り箸を突き刺したような滑稽な形は、素朴ながら屋台の定番とも言える食べ物だ。


「林檎飴だね。甘いから後で食べた方がいいけど、先に買っておこうか。子供たちに人気だからすぐに売り切れになっちゃうかもしれないし」


 紫月は林檎飴を2本買い、ビニール袋にまとめて入れてもらった。

 それから、追加でもう1枚ビニール袋をもらった。


 食べ物を持つのも男の役目だ。

 これから増えるであろう荷物を考慮してビニール袋を手に入れておいたが、礼佳と手を繋いだままでいたいという理由の方が大きい。

 片手で荷物を持ち続ければ、彼女と手を繋いだままでいられる。


「紫月、あれも美味しそうだ」


 次に礼佳が人差し指で示したのは、一際香ばしい匂いを放つ屋台だった。


 頭にタオルを巻いたいかにも屋台にいそうなおじさんが、鉄板の窪みにはまった球体を鋭い錐でひっくり返す。

 球体がこんがり焼き上がると、笹船のような器にそれを6個ずつ移す。

 球体の表面に刷毛でソースを塗り、マヨネーズを細くかける。

 最後に、鰹節と青海苔を振りかけて完成だ。


「たこ焼きかぁ。この村ではお祭りでしか食べられない代物だからなぁ。僕も食べたくなってきた」


「では、2人でわけないか? もっと他のものも食べてみたい」


「うん、そうしよう」


 紫月はおじさんにたこ焼きを注文し、今度はビニール袋の代わりに竹串をもう1本つけてもらった。


 たこ焼きが剥き出しのため、さっさと食べてしまわなければならない。

 熱いうちに食べた方が美味しいということで、屋台の裏にあるレジャーシートの上に2人して腰を下ろす。


 たこ焼きを食べる時はさすがに繋いでいた手を離した。

 名残惜しかったが、たこ焼きをつつき出すとそんなことはすっかり忘れてしまった。


「ふぅ、ふぅ」と息を吹きかけて熱々のたこ焼きを冷まし、前歯でかりかりの表面を齧る。

 中から湯気が溢れ出し、たこの吸盤が顔を覗かせる。


 あまりの美味しさに先走って丸ごとたこ焼きを口内に放り込んだ礼佳は、手足をばたつかせて声にならない叫びを上げた。

 舌を火傷したことは間違いないだろう。


「焦って食べるからだよ。大丈夫?」


「うぅ、舌を火傷した……しかし、なんと美味しいのだろう。やはり食事は楽しいな。瑠璃が食べ物のことばかり考えるのも頷ける」


「饗庭さんも今頃屋台の食べ物をたくさん買って食べてるんだろうね。香咲くんが大変そうだ。喉が渇いたね。何か飲み物を買ってこようか?」


「ああ、頼む。舌がひりひりするのでな」


「すぐに買ってくるからここで待ってて」


 紫月は屋台の中からある飲み物を探した。


 祭りの時に飲むものといえば決まっている。

 この村ではなかなか飲むことができないものだ。


 屋台の列の中ほどに差しかかったところで、紫月はほっそりとしたシルエットを見つけた。


 氷できんきんに冷やされたそれを2本買い、礼佳の元に戻る。

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