第9章

神と彼女19

 礼佳は天井の暗闇を見上げていた。


 全開にしたカーテンから注がれる月光が、白い肌を一層青白く塗りたくる。

 濡れてより黒く艶やかになった髪が、黒漆に浸した扇のように布団の上に広がる。


 シャワーを浴びたが、心の中のわだかまりまでは洗い流せなかった。

 髪を乾かすこともせず、礼佳は布団の上に仰向けになっていた。


 明日は秋祭りが催されることになり、礼佳は神社を復興させることができる唯一の機会に期待を膨らませている。

 あの4人と一緒に秋祭りを過ごすのが楽しみで仕方ない。


 だが、紫月のことが気がかりだった。


 あの日、私と紫月は神社で出会い、私は紫月の母の病気を治すために神社を復興することを提案した。


 私は紫月を口車に乗せた。

 私は紫月の母を利用しているのだ。

 私は紫月を騙しているのだ。


 どうしても罪悪感を払拭することができない。

 最悪の結末を想像するだけで胸が苦しくなる。


「心が……痛い……」


 礼佳は胸に手を当てて心臓の鼓動を確かめた。


 心臓が動いている。

 心が動いている。


 心が痛い――心がなんたるものなのかわからないが、そう感じている心がある。

 そして、痛みを感じている心がある。


 これが悲しみ。

 この張り裂けそうな痛みが悲しみ。


 自分の一部を失うということは、自分の心の一部を失うということなのかもしれない。

 後悔と同じように、悲しみも連鎖する。


 私は紫月を悲しませたくない。

 だから、道を選ばなければならない。


 礼佳は寝返りを打ち、枕をぎゅっと抱きしめた。


 あの時の体温が忘れられない。

 あの耽美な感覚をもう一度味わいたい。


 当然枕では満足できるはずもなく、礼佳は枕に顔をうずめて呼吸を止めた。


 1分もしないうちに苦しくなり、肺が空気を求める。

 やはり人間の身体というものは不便だ。


「ぷはぁっ」と枕から顔を上げると、肺は礼佳の意志とは関係なく空気をいっぱいに取り込んだ。

 その瞬間、生きていることを改めて実感させられた。


 空気を吸い込んで吐き出す――なんと心地のいいことだろうか。

 この繰り返しで人間は生きている。

 人間にとっては当たり前のことだが、私はそれが特別なことだと知っている。


 礼佳は枕と四肢を放り投げた。


「明日、紫月に秘密を打ち明けよう」


 これ以上紫月を騙し続けることはできない。

 心が痛くなるばかりだ。


 天井がぐにゃりと歪む。

 生温かい液体がこめかみの下を伝い、やがて冷たくなる。


 秘密を話したら、紫月は私のことをどう思うだろうか?

 幻滅されてしまうだろうか?

 嫌われてしまうだろうか?

 恨まれてしまうだろうか?


 礼佳は枕を拾ってもう一度強く抱きしめた。


 怖い。

 紫月に嫌われるくらいなら騙し続けた方がましだ。

 だが、この秘密は紫月のためにも打ち明けなければならない。


 矛盾した感情がない交ぜになり、それは涙になった。


 どうしたらいいのかわからない時も涙が流れるものなのか。

 悲しい時でなくとも涙を流すなんて、人間は泣き虫だな。


 思考と涙の海に溺れているうちに、礼佳は泣き疲れて眠りに落ちた。

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