第7章

神と彼女14

 軽トラの荷台の上で、紫月はうつらうつらと船を漕いでいた。


 風が肌寒かったが、礼佳は心地よさそうにうたた寝していた。

 彼女の髪が頬を張って、紫月はぱちりと瞼を開いた。


 礼佳の頭が肩に寄りかかっている。

 慶吾と瑠璃も肩を寄せ合って熟睡している。

 郁弥も助手席でいびきをかいている。


 紫月は礼佳を起こさないように注意した。

 彼女の寝顔を正面からじっくりと眺めたかったが、それは叶いそうもない願いだった。


 微かな寝息が風の音に混じって聞こえる。

 黒髪から蓮の花のような縹渺とした甘い匂いが漂ってくる。


 紫月は凝った肩を落ち着けることもできずに見慣れた村の景色を眺めた。


 黄金色の村。

 茜色の村。

 秋色の村。


 この村に帰ってくると心が安らぐ。

 町の雑踏には未だに慣れないところがある。

 村の静けさに慣れてしまったせいだろうか。


 香咲家の前で軽トラは停まった。

 礼佳と郁弥はすぐに目を覚ましたが、慶吾と瑠璃は眠ったままだった。


「香咲くん、饗庭さん、着いたよ」


 揺り起こすと、2人は寝ぼけたままふらふらと荷台から降りた。


「皆、今日はお疲れ様。明日に備えてしっかり休めよ。体調を崩したらせっかくの秋祭りを楽しめなくなるぞ」


「先生、今日はありがとうございました。明日もよろしくお願いします」


「おう。先生も秋祭りを楽しみにしてるからな。また明日」


 軽トラが遠ざかっていき、5人は寝ぼけ眼をこすりながら解散した。


 このまま家に帰ろうかとも思ったが、紫月は神社に立ち寄ってみることにした。

 参拝するついでに、神社がどうなっているか確認してみることにした。


 今日は疲れた。

 でも、ちらしがなくなってよかった。

 村おこしのイベントの時よりも宣伝できたはずだ。

 明日はちらしを多めにコピーしておいた方がよさそうだ。


 明日の秋祭りに胸を躍らせているうちに、紫月は鳥居の前にいた。


「おおっ」


 紫月は鳥居の変化に驚いた。


 一部が風化して欠けたままではあったが、鳥居にこびりついていた苔は綺麗さっぱり洗い落とされていた。

 高いところの隅々まで掃除された鳥居は、紫月の瞳には新鮮に映った。

 脚立でも使って子供たちが磨き上げたのだろう。


 驚くべきは鳥居だけではなかった。


 腐葉土で汚れていた石段はぴかぴかになり、両端には即席の手すりが設置されている。

 恐らく高齢者のことを配慮したのだろう。


 赤灯籠の屋根に積もっていた落ち葉は払い除けられている。

 中には蝋燭が入っており、予備の蝋燭が石段の上に放置されている。


 境内にはぽつぽつと屋台が立っている。

 明日には参道の両端に屋台が立ち並ぶ。

 昨日まではとても想像できなかった光景だ。


 紫月は手水舎で身を清め、拝殿の前に立った。


 賽銭箱に5円玉を入れる。

 取り替えられた鈴が凜とした音色を奏でる。

 2礼、2拍手。

 細く息を吐きながら目を瞑る。


 ――お母さんの病気が治りますように。明日の秋祭りが成功しますように。


 紫月は2つ願ったが、実質的には1つの願いだ。

 神も強欲だとは思わないだろう。

 神にとっても利益のある願いだ、叶えて損はない。


 しかし、紫月はこの願いが滑稽に思えて噴き出した。


 そうだったそうだった。

 秋祭りは僕たちが成功させなきゃいけないんだ。

 神様に願いが叶えられるのなら神社の復興なんてしていない。

 僕たちが神様を助けて、お母さんを神様に助けてもらうんだ。


 紫月は念のため願いを訂正しておくことにした。


 ――お母さんの病気が治りますように。

 神様、絶対に秋祭りを成功させてこの神社を復興してみせます。

 その暁には僕の願いを叶えてください。


 1礼。

 踵を返して、紫月はぴたりと身体を硬直させた。

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