神と彼女12
軽トラが田畑の間を抜けて町に入ると、礼佳は田舎にはない景色に圧倒されて狼狽えていた。
無理もないだろう。
田舎に住んでいる者からしたら、町は別世界だ。
何度か町を訪れたことのある紫月ですらまだ違和感を否めないというのに、記憶がないのであればなおさら驚きが大きいであろう。
「田畑がない……ここの住民はどうやって食料を得ているのだ?」
「買ってるんだよ。僕たちの村の米や野菜もあるけど、外国から輸入したものがほとんどかな」
「では、ここの住民は働いていないのか?」
「働いてるよ。人間にはそれぞれ役割があって、仕事も多種多様なんだ。町の社会は複雑だけど、村の社会は単純だよ。村の子供のほとんどが大人になったら町に出ていってしまうけど、僕は村で働きたいな。農業でもしながら平穏に暮らしたいな」
「私もだ。私はあの村が好きだ。自然がないと落ち着かない。ここにいたら閉塞的で息が詰まりそうだ」
「えー、瑠璃は町で暮らしたいけどなー。だって、町には楽しいものがいっぱいあるよ。ゲームセンターとか映画館とか遊園地とか。美味しいものもいっぱいあるしね。慶吾は村と町だったらどっちに住みたい?」
「うーん、俺は村と町を行き来したいかな。村にずっと住んでたら退屈になりそうだし、町に住んでたら自然が恋しくなりそうだし。理想は町でアパートを借りてたまに実家に帰るって感じかな」
「おー、さすが慶吾、なんか計画的だね。ねぇー、郁弥はー?」
瑠璃は風に負けないくらい声を張り上げ、小窓を開けた。
郁弥は欠伸をしながら振り返った。
「俺は都会で暮らしてぇな。先輩も都会に出るって言ってたしさ」
「ふーん、郁弥はやっぱり都会かぁ。瑠璃は都会まで行こうとは思わないなー。瑠璃、人ごみは苦手なんだよね」
「瑠璃は小さいから人ごみに押し潰されちまいそうだな」
「こらっ! 小さいって言うなっ!」
「しかし、瑠璃はいつまで経っても背が伸びないな。成長期なのにな」
「もうっ、先生までっ! これから伸びるんですぅっ! 高校生になってから毎日嫌いな牛乳を飲むようにしてるんだからっ!」
談笑しているうちに、軽トラはコインパーキングで停まった。
5人は軽トラから降り、郁弥は荷台からバイクを降ろした。
ここからは商店街が近い。
比較的人通りの多い商店街で宣伝した方が効率的だ。
この町以外の場所でも宣伝しなければならないのだ、そう長居はできない。
郁弥はヘルメットをかぶり、バイクのエンジンをかけた。
「じゃあ、俺はもう1つ隣の町で宣伝してくるわ」
「あっ、瑠璃も行きたい! 郁弥も1人じゃ寂しいでしょ?」
「俺は1人で大丈夫だって」
「えー、瑠璃もバイクに乗りたいー! それに、郁弥だけじゃ怖がられてちらしを受け取ってもらえないでしょ。郁弥、ヤンキーみたいな見た目だし。瑠璃はちらし配りには自信があるよ!」
「……しょうがねぇな。確かに、ちらしを受け取ってもらえなきゃ宣伝になんねぇしな。2時間後、ここに集合でいいか?」
「うん、そうしよう。先生、次の町までどれくらいかかりますか?」
「えーっと、旧道を走れば30分もかからないだろう。2人共、事故には気をつけろよ」
ひとまず郁弥と瑠璃と別れて、先生を含めた4人は早速ちらしを配ることになった。
より効率よく宣伝するにはばらけた方がいいが、慶吾の気遣いで紫月と礼佳は一緒に行動することになった。
平日の昼であるため、商店街の通りはそう賑わっていなかった。
それでも村よりは断然人通りが多く、買い物をしていく主婦のおかげで繁盛しているようだった。
礼佳は興味津々といった様子で商店街を見回している。
いつもの大人びた彼女はどこへやら。
紫月の隣では好奇心旺盛な少女が珍しいものをじっくりと観察している。
「村にはないものがたくさんあるな。私たちの村にもこれくらい活気があればいいのだがな」
「うん。秋祭りが成功したら、きっと村にも活気が戻るよ。1人でも多くの人に来てもらえるように、僕たちも頑張って宣伝しよう」
「ああ。ちらしはばらまいてもいいのか? それとも、1枚ずつ手で配るのか?」
「1枚ずつ手で配るんだよ。ばらまいたらせっかくのちらしがごみになっちゃうから。ちらしを渡す時は笑顔でね。そうすれば受け取る人も気持ちがいいから」
「なるほど。紫月はちらしを配った経験があるのか?」
「まあね。昔、村おこしのイベントを手伝ったことがあるんだ。神代さんも一緒だったよ」
「そうなのか。では、この町を訪れたこともあるのだろうな」
「うん。何か思い出せた?」
「いや。だが、なんだか懐かしいような気がする。既視感というのか? この景色を見たことがあるような気がするのだ」
着実に記憶を取り戻しつつあるようで何よりだ。
礼佳にはあの約束を思い出してもらわなければならない。
病室のベッドの上で指切りした彼女と一緒にもみじの木を見上げなければならない。
もうすぐ彼女が帰ってくる。
紫月が通りかかった主婦にちらしを渡すと、礼佳はそれに倣った。
彼女の笑顔は完璧だった。
このちらし1枚1枚に神社の復興がかかっている。
もっと言えば、母の命がかかっている。
紫月はちらしの重みを噛みしめながら1枚ずつ負担を取り除いていった。
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