第5章

神と彼女11

 紫月、礼佳、慶吾は村の集会所で白紙と睨み合っていた。


 何故集会所なのかというと、村の中で唯一コピー機がある場所だからだ。

 ちらしを作るにはコピー機が必須だ。


 ちなみに、郁弥と瑠璃はバイクに乗って先生の家に行った。

 先生の知り合いに地元のテレビ局で働いている人がいることを思い出したので、協力を仰ごうという魂胆だ。


 ちらしだけでは集まる人数もたかが知れている。

 ローカルテレビで宣伝できれば大幅に人数が増えるだろう。


 郁弥と瑠璃には、神社で遊んでいるであろう子供たちにも声をかけるように頼んでおいた。

 子供たちには村の中での宣伝と屋台の設営を手伝ってもらうことにした。


 紫月、礼佳、慶吾は秋祭りのちらしを作ることになった。


「素朴なデザインでもいいけど、それじゃ魅力が足らないよなぁ。かといって、奇抜すぎても秋祭りって感じがしないしなぁ」


「そうだね。なんにせよ、絵を描かなきゃいけないよね」


「礼佳、絵が上手だったよな? って、記憶喪失なんだったっけ。さすがに描けないよな」


「待って、まだわからないよ。神代さん、何か絵を描いてみて」


「わ、私に絵は描けないぞ」


「いいからいいから。なんでもいいんだ、何か描いてみてよ」


「むぅ……」


 礼佳は渋々鉛筆を握った。


 もしかしたら、絵を描いているうちに身体が感覚を思い出すかもしれない。

 記憶が蘇りつつあるのだ、可能性はある。


 礼佳は何やら線を描いている。

 線は段々と複雑になっていく。

 大まかな線を描き終わると、細かい線が描き加えられていく。


 初めのうちは何を描いているのかさっぱりだったが、小さな手のひらのようなものを描き始めてからようやくその正体がわかった。


「もみじの木だ」


 そう、礼佳が描いていたのはもみじの木だった。

 なんとも写実的な絵だった。

 色鉛筆で紅葉を再現すると、絵はほとんど写真になった。

 巧みに彩られていくもみじの木は、もみじの木多しといえどもこの村の神社のものを彷彿とさせた。


「すごいな、礼佳」


「私も驚いている。まさか私に絵が描けるとはな」


「でも、このままじゃ神社ってことがわかりにくいな。鳥居でも描いておくか」


「あのぼろい鳥居でもいいのか?」


「うーん……じゃあ、一応鳥居らしくしておこうか」


 壊れかけた鳥居は、綺麗に修復されて赤漆が塗られた。

 確かに、神社らしいといえば神社らしいが、見栄っ張りも甚だしい。

 もはや別物だ。


 文字は紫月が書き、ちらしは完成した。

 あとは大量にコピーするだけだ。

 コピーはコピー機の使い方を知っている慶吾に任せた。


 会議室で礼佳と2人きり。

 紫月は座布団を敷いた畳の上に胡坐をかいた。


 礼佳は思い詰めた表情で虚空を見つめている。

 目の下に隈はできていない。

 寝不足ということはあるまい。

 どうやら何かの思考に没頭しているようだ。


 礼佳の思考を邪魔するように、紫月は彼女の名前を呼んだ。

 彼女は肩をびくつかせて視線を上げた。


「ご、ごめんね。驚かせるつもりはなかったんだけど」


「い、いや、少しぼーっとしていてな。なんだ?」


「神代さんにお礼を言っておきたくて。神代さんが村長を説得してくれなかったら秋祭りは開催できなかったよ。本当にありがとう」


「まだ気が早いぞ。それに、礼を言うのは私の方だ。村長を説得できたのは紫月のおかげだ」


「僕は何もしてないよ。また神代さんに助けられたね。僕はいつも助けられてばかりだ」


「そんなことはない。私も紫月に助けられている」


「ああ、缶蹴りの時のことだね。あれは助けたうちには入らないよ」


「そうではない。私は紫月に支えられている。実を言うと、人間の記憶がない状態で生活するのはとても不安だった。何をしたらいいのか、何をしてはいけないのか、手探りで生活していた。だが、紫月が支えてくれるおかげでこの生活にも慣れてきた」


「支えているのは僕だけじゃないよ。皆も支えてくれてる」


「ああ。だが……紫月は特別なのだ。紫月と一緒にいると安心する。紫月の記憶は何もないのに、ずっと一緒にいたような気がする。ふふふっ、なんだか不思議な感覚だ」


 礼佳らしい微笑み。

 紫月の心を奪った微笑みだった。

 また彼女が帰ってきたような気がした。


 帰ってきたのは礼佳だけではなかった。

 外からバイクのエンジン音がして、郁弥と瑠璃が会議室に入ってきた。


「お疲れ様、汐華くん、饗庭さん。どうだった?」


「順調だぜ。先生の知り合いとは連絡がついて、ローカルテレビで宣伝してもらえることになった。先生も協力してくれることになってさ、昼から軽トラを出してくれるってよ。神社で遊んでた子供たちも乗り気だったぜ。秋祭りって言った途端、目を輝かせて喜んでたぞ」


「瑠璃も楽しみになってきたー! あっ、おじいちゃんとおばあちゃんにお小遣いをもらわなきゃ! せっかくの秋祭りだし、屋台でたくさん買わないとね!」


「瑠璃だけで黒字になりそうだな。そっちはどうだ?」


「ちらしは完成したよ。今、香咲くんがコピーしてるところだよ」


「そうか。ところで、昼飯はどうするよ? 俺、腹減ったわ」


「瑠璃もお腹ぺこぺこ。お弁当でも買いに行く?」


「香咲くんのお母さんが作ってくれてるらしいよ。香咲くんが戻ってきたらお昼にしよう」


 慶吾が分厚いちらしの束を運んできた後、5人は香咲家に舞い戻って昼食を取った。


 用意されていたのは、おにぎりと肉うどん。

 人が作る料理は温かくて美味しいものだと紫月は改めて実感した。


 おにぎりと肉うどんをたらふく食べて満腹になり、5人は先生の家へと向かった。


 紫月、礼佳、慶吾、瑠璃、ついでにバイクを軽トラの荷台に載せ、郁弥は助手席に乗って出発した。


 移動中、まずは隣町でちらしを配ることが話し合いで決まった。

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