神と彼女10

「村長、実は私は村長が知っている神代礼佳ではないのだ。私は記憶喪失になったただの人間だ。いや、人間の記憶すらない何かだ」


「記憶喪失……なるほど、合点がいった。いつもの礼佳ちゃんとは口調も性格も違うと思っておったところじゃ」


「私には友達の記憶もなければ両親の記憶もない。両親が死んだ時の記憶もない。だが、私にとって両親は大切な人だったのだと思う。いや、人間にとって誰しも両親は大切な人だ。記憶がなくともそれは理解できた。紫月は大切な人が死んだら悲しいと教えてくれた。そして、大切な人が死ぬということは自分の一部を失うのと同じことだと教えてくれた。私にはまだわからないが、それはとても辛いことなのだと思う。私は紫月の母を助けたい。たとえ何をしてでも紫月を助けたい」


 礼佳が決意をぶつけると、村長は無言で重い腰を上げた。


 村長の視線の先には古ぼけた写真立てがあった。

 その中には村長と奥さんの写真があった。

 2人は幸せそうな笑顔で写っており、見る者にも笑顔を咲かせる力があった。


 村長も大切な人の死を知っている。

 それも、僕たちとは比べものにならないくらいたくさん。


 長く生きていれば大切な人ができて、さらに長く生きていれば大切な人の死に直面する。

 それは仕方のないことでもあり当たり前のことでもあるけど、人間はそのたびに生きることの楽しさと死ぬことの悲しさを知る。


 人生って、そういうものだと思う。


「わしも妻が死んだ時はひどく悲しんだ」


 村長は呟くように言った。


「じゃが、後悔はなかった。2人で人生を全うして、妻も幸せだったろう。だから、わしは後悔しなかった。悲しみもすぐに消えてしまった。長く生きていると、周りの人間がどんどん死んでいくんじゃよ。両親も、親戚も、伴侶も、友達も。じゃが、やはりわしは後悔しなかった。生きている間に尽力したから、決して後悔することはなかった」


 瞑目してしばし沈思黙考し、やがて村長は瞼を開いてにこりと笑った。


「よし、わかった。一か八か、秋祭りをやろうじゃないか。こうして頼まれた以上、何もできなかったらわしにも後悔が残る。後悔は連鎖する、とはうまく言ったものじゃな」


 村長の承諾に、5人はそれぞれ喜びの声を上げた。

 瑠璃は泣きじゃくりながら礼佳に抱きついた。

 紫月と慶吾と郁弥は拳をぶつかり合わせて肩を抱き合った。


 新たな糸が紡ぎ合わされて、希望の糸は少しだけ太くなった。

 この糸をもっと強くするのは僕たちだ。


 もう立ち止まらない。

 もう振り返らない。


「秋祭りの開催日はいつじゃ?」


「明日です」


「明日! まあ、明日じゃないと間に合わんじゃろうからなぁ。とにかく、屋台の設営と神楽団への連絡はわしに任せとけ。わしがなんとかする」


「ありがとうございます。俺たちは宣伝を担当します。秋祭りのちらしを作って、今回は範囲を広げて隣の村や町以外の場所でも配ってみようと思います。手が空いたら神社の方の準備も手伝いに行きます。子供たちも手伝ってくれると思うので、俺たちが声をかけておきます」


「わかった。久しぶりにわくわくするわい。村おこしは諦めておったんじゃ。わしも死ぬまで村のために尽力せんとのう。村おこしはわしの最後の夢じゃから」


「神様もきっと村長の願いを叶えてくれますよ」


 何はともあれ、秋祭りの開催が決定した。


 5人の心は1つになり、前だけを見据えて進み出した。

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