神と彼女9

 お茶と大福を平らげて、慶吾は改まって口を開いた。


「村長、本題に入りますね。結論から言うと、俺たち、神社を復興したいんです」


「神社を復興? それはまた感心なことじゃな」


「今日は村長にも協力してもらいたくて訪ねてきたんです。神社の復興は村おこしにも繋がります。どうでしょうか? 協力してくれませんか?」


「わしとしては願ったり叶ったりじゃよ。村長としてできることならなんでも協力しよう」


 5人は顔を見合わせた。


 好調な出だしだ。

 このままとんとん拍子で話が進んでくれたらいいのだが。


 村長は座布団の上に胡坐をかき、お茶をすすった。


「神社を復興するといっても、具体的には何をするつもりなんじゃ?」


「秋祭りです。秋祭りを復活させたら以前のように人が集まるんじゃないでしょうか。神社は復興できるし、村にも活気が戻ります。子供たちも喜びますよ」


「ふむ、秋祭りか。確かに、神社を復興するには一番手っ取り早い方法じゃろうな。村の外からも人が集まれば、村が賑わって村おこしの可能性も広がる。何より子供たちの喜ぶ顔を見るのがわしの幸せじゃ。秋祭りの開催はいい案じゃな」


「しかし」と村長は続ける。


「秋祭りの開催には大金がかかるんじゃ。現状、村の資金が潤っているとは言えない。秋祭りの開催は一か八かの賭けになる。秋祭りのたびに村の資金が赤字になってな。だから秋祭りをやめたんじゃよ。秋祭りでお金が入ってこなければ、いよいよ村は終わりじゃ。すまんが、村長として村の存亡を賭けるわけにはいかない。本当は協力してあげたいんじゃがのう」


 5人の提案はあっさりと却下されてしまった。

 まあ、当然のことといえば当然だ。


 だが、5人としてもそう簡単に引き下がるわけにはいかなかった。

 瑠璃は前のめりになりながら村長に詰め寄った。


「瑠璃たち、どうしても神社を復興したいの! お願い、村長! 人がいっぱい集まるように瑠璃たちが宣伝するから!」


 郁弥が膝で立ち上がった。


「無理を言ってるのは承知の上だ。でも、絶対に諦めるわけにはいかねぇんだよ。絶対に後悔したくねぇんだよ。村長、頼む。俺たちは気まぐれでやってるわけじゃねぇんだ」


 湯飲みをテーブルの上にことりと置き、村長は吐息をこぼした。


「どうしてそんなに神社の復興にこだわるんじゃ? ここまで必死になるということは、何か譲れない理由があるんじゃろう? わしにも教えてくれんか?」


 紫月は事情を説明しようと息を吸い込んだが、その役目は礼佳が代わりに請け負ってくれた。


「紫月の母が病気にかかっているのはご存知か?」


 村長は頷いた。


「脳腫瘍だとか。手術は危険で、いずれにせよもう手遅れだと聞いた。紫月くんも気の毒に」


 翁の能面に深い皺が刻まれる。

 皺の1つ1つが悲しみを呈している。


 紫月は負の感情を振り払った。


 僕もお母さんも気の毒じゃない。

 お母さんの病気は治るんだから。


 僕はまだ諦めない。

 まだお母さんの死を受け入れない。

 僕には皆がついている。

 神様がきっと助けてくれる。


「紫月の母の命はあと1週間持つかどうかわからない。ただ1週間が過ぎるのを待っても、何もできなかったという後悔が残るだけだ。後悔が残らないようにするためには、できる限りのことを尽くさなければならない。紫月の後悔は私たちの後悔だ。紫月を助けられなかったら、私たちは後悔する。後悔は連鎖する。だから、私たちは神に頼ることにしたのだ。神社を復興して、神に願いを叶えてもらう――これしか方法がないのだ。これが私たちに残された唯一のできることだ」


 後悔は連鎖する――この言葉が紫月の琴線に触れた。


 確かに、その通りだと思う。

 お母さんの後悔は僕の後悔だ。

 お母さんは病気になってやりたいことができなくなり、唯一の家族である僕と別れて病院で暮らさなければならなくなった。

 お母さんに後悔がないはずがない。

 お母さんが後悔を残して死んだら、僕にも後悔が残る。

 皆にも後悔が残る。


 後悔の連鎖を断ち切るには、できる限りのことを尽くさなければならない。

 僕たちはまだできる限りのことをしていない。

 たとえ何があっても、僕たちはできる限りのことをしなければならない。

 僕たちには手段を選んでいる暇はない。


 村長は困惑した表情のまま小さく唸った。


「紫月くんの苦労も礼佳ちゃんの不幸もわしは知っとる。じゃが、わしにはどうしようもないことなんじゃよ。諦めろとは言わん。別の方法でならわしも協力できるかもしれん。すまんが、秋祭りの開催は難しいのう」


 5人はうなだれた。

 希望が絶望へと変貌し、彼らの上に重くのしかかった。


 瑠璃が泣き出し、慶吾が慰める。

 郁弥はもどかしさに拳を固め、礼佳は唇を一文字にきゅっと結ぶ。



 紫月は己の無力を改めて思い知らされた。


 やっぱり僕は弱い人間だ。

 支えがないと自立できない弱い人間だ。

 僕は皆に支えられて立っている。

 支えがぐらぐら揺れると、途端に僕も倒れてしまいそうになる。


 これからは1人で立たなきゃいけないのに。

 神代さんのように強くならなきゃいけないのに。


 元より無理な相談だったのだ、村長を責めることはできない。

 それゆえに、5人は何も言い返すことができない。

 何もできないという無力感が悔しさを募らせる。


 紫月にはもう立ち上がる気力もなかった。

 支えがふらついて立っていられなくなった。


 しかし、礼佳は立ち上がった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る