第3章

神と彼女7

 神社からの帰り道、紫月は母が入院している病院に立ち寄った。


 母はいつものように眠っていた。

 何故だか今日は不安にならなかった。

 ただ眠っているように思えた。


「お母さん」


「紫月。学校の帰り?」


「ううん、皆と神社で遊んでいたんだ。久しぶりに走り回ったから疲れたよ」


 母の枕元には一昨日の彼岸花が横たわっていた。

 彼岸花は力なく萎れていた。


「神社で遊ぶなんて珍しいわね」


「うん。僕たち、神社を復興することにしたんだ」


「へぇ、神社を復興。でも、どうして?」


「お母さんの病気が治るように神様にお願いするためだよ。神社を復興したら神様も願いを叶えてくれるんじゃないかと思って。皆も協力してくれて、秋祭りを復活させようってことになったんだ。明日、村長に相談するんだ。お母さん、きっと治るからね。きっと神様が治してくれるよ」


「ありがとう、紫月。秋祭りができるといいわね。秋祭りが催されていた頃の村は活気があったから、お母さんも応援しているわ。でも、秋祭りがあっても行けないのは残念だな」


「仕方ないよ。きっと来年からは行けるようになるから。神様が願いを叶えてくれるまで元気でいてね」


「うん、頑張るわ。そういえば、看護師さんが言っていたけど、礼佳ちゃんが退院したらしいわね。ひどかった肺炎が急に治ったって驚いていたわ」


 神代さんの病室の彼岸花はどうなったのかな、とふと思った。


「昨日から登校できるようになったんだけど、記憶喪失になっちゃったみたいなんだ。今までの記憶をすっかり失っていて大変だよ。ネクタイの結び方も忘れていたんだよ」


「まあ、それは大変ね。皆仲がよかったのに」


「確かに、神代さんは変わったよ。でも、僕たちの関係は変わらないよ。友達だから」


「紫月は優しいのね。きっとまた礼佳ちゃんもあなたのことを好きになってくれるわ」


「えっ?」


 紫月は唖然とした。


 まさかお母さんにもばれていたとは。

 僕も実はわかりやすいのかな。

 これからは饗庭さんのことを笑えないな。


 代わりに、母はくすくすと咳をするように笑った。

 か弱く掠れた笑いだった。


「ああ、そうだ。栗ご飯はいつ持ってきてくれるの? お母さん、楽しみにしているのよ」


「明日作るよ。秋祭りが催せることになったら準備があるだろうし、ちょっと遅くなるかもしれないけど」


「別に急かしてないのよ。いつでもいいからね。お母さんはいつもここにいるから」


「……うん」


 母の言葉が病気の不治を暗示しているように思えた。


 もし神様が中途半端に願いを叶えてくれたとしたら。

 1週間後にお母さんは生きているけど、病気が治らないままだったら。


 それはそれで悲しいことだ。

 ベッドの上で生きるなんて人間じゃないみたいだ。

 今のお母さんはまるで栄養を与えられて生き長らえている植物だ。

 もしかしたら、それは死ぬことよりも辛いことなのかもしれない。


 紫月は沈痛な面持ちを隠すように踵を返した。


「また明日来るよ。明日は栗ご飯を持ってくるから」


「うん。紫月ならできるわ。あなたはなんでもできる子なんだから」


 なんのことを言っているのか判別はつかなかったが、紫月は「うん」と返事をした。


 秋祭りも、神社の復興も、村おこしも、礼佳への告白も。

 全部できたらいいのにな、と心の底から思った。

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