神と彼女6
諦めかけた紫月を奮い立たせたのは、礼佳の一言だった。
「後悔したくない」
紫月は驚きに目を見張った。
まるで心の中を見透かされたかのようだった。
「紫月、何もしないで後悔はないのか? 大切な人が死ぬのは自分の一部を失うことだと私に教えてくれたではないか。私にはまだ人間の死がどのようなものなのかいまいちわからない。だが、お前は大切な人の死は悲しいものだとも教えてくれた。私の中には後悔がある。後悔しても遅い。何をしても手遅れで取り返しがつかない。紫月も後悔したくないから何かをしようとしているのだろう? 母が死んでから何かをしても意味がない。できる限りのことを尽くそう。私は1人でも秋祭りを催してみせる」
褐色の瞳は純真無垢だった。
ひたすらひたむきで真摯だった。
礼佳の中の後悔がなんのことかはわからない。
記憶喪失になる前の後悔か、記憶喪失になった後の後悔か、紫月には知り得なかった。
だが、礼佳の瞳の奥には確かに後悔があった。
彼女は心の底から後悔を理解していた。
涼しい風がさらりと肌を撫でてどこかに去っていく。
汗で肌に張りついていたシャツがようやく剥がれる。
いずれ秋は風と共に去っていく。
秋が終わるまで母が生きていられるかどうかはわからない。
この神社を復興できるかどうかはわからない。
神が母を助けてくれるかどうかはわからない。
この世界はわからないことだらけだ。
それでいい。
わからない方がいい。
だから、人間は何かをしようとすることができる。
「俺も諦めないよ。おばさんが亡くなってから後悔したくない」
「俺もだ。やる前から諦めるわけにはいかねぇだろ。もし駄目なら別の方法を考えればいいじゃねぇか。最後まで俺たちにできることをやろうぜ」
「もちろん瑠璃もやるよ。瑠璃、神様はいると思うんだ。きっと紫月の願いを叶えてくれるって信じてる。もし願いを叶えてくれなかったら、一生神様を恨んでやるんだから。紫月、後悔先に立たずだよ。合ってるよね、慶吾先生?」
「合ってるよ。瑠璃、ここで聞くなよ。シリアスな雰囲気が台無しだよ」
「あははっ、ごめん」
紫月はふっと頬を緩めた。
やっぱり僕はいつも助けられてばかりだ。
僕を支えてくれるのはいつもこの4人だ。
「皆、ありがとう。わかってるよ。弱気になっちゃ駄目だよね。明日、村長の家に行こう」
「よっしゃ、決まりだな。慶吾の家が村長の家に一番近いな。じゃあ、明日の午前10時、慶吾の家に集合な。礼佳は場所がわかんねぇだろうから、紫月が家まで迎えに行ってやってくれ。瑠璃は寝坊すんなよ」
「しないよ! 瑠璃、いつも早寝早起きなんだから!」
5人は拝殿の賽銭箱に5円ずつ入れた。
5円玉にはご縁があると慶吾が言い出したため、秋祭りが開催できるように祈願を込めて5円玉を入れることにした。
2礼、2拍手、1礼。
5人の動作は見事なまでに息がぴったりだった。
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