神と彼女4

 紫月は何人かの子供たちに混じって拝殿の後ろに回り込んだ。

 そこで郁弥と出くわした。


 郁弥はやけに穏やかな表情で喉を鳴らして笑った。


「どうしたの、汐華くん?」


「いや、俺たちが協力する必要はなかったんだな、って思ってさ」


 礼佳とのことだろう――紫月はそれを察して首を横に振った。


「ううん、皆の協力のおかげだよ。ネクタイを結んでお弁当をわけてあげたからここまで親密になれたんだ。皆には感謝しているよ」


「いや、俺たちは何もしてないって。紫月が自分で礼佳を惹き寄せてんだよ。もしかしたら、記憶を失っても紫月のことだけは無意識に覚えてたのかもな」


 礼佳は例の約束を覚えているようだった。

 誰と約束したのか、何を約束したのか。

 不鮮明ではあるが、彼女の中には確かに約束が残っていた。


 これは紫月にとって喜ばしいことだった。

 逆に、礼佳に忘れられてしまうことほど悲しいことはなかった。


「まあ、まだ終わりじゃねぇからな。ここからが正念場だ。告白のシチュエーションとか考えてんのか?」


「一応ね。神代さんの記憶が戻ったら、もみじの木の下で告白しようと思うんだ。病院で神代さんと約束したんだ。退院したら一緒にもみじの木を見に行こう、って」


「おお、なかなかやるじゃねぇか。この調子なら大丈夫そうだな。お前の恋が成就するように祈ってるぜ」


「ありがとう」


 紫月と郁弥が話しているうちに、境内が騒がしくなってきた。

 時折空き缶を蹴る音も聞こえてくることから、鬼との激戦が繰り広げられているようだった。

 拝殿の後ろから飛び出していく子供もおり、2人が鬼に見つかるのも時間の問題だった。


「おっ、礼佳が捕まってるみたいだな。紫月、缶を蹴ってこいよ」


「でも、鬼が近くにいるよ。助けようとして捕まったらかっこ悪くない?」


「大丈夫だって。俺が鬼を引きつけておくから」


 礼佳が捕まったら助ける――遊びとはいえ、これも約束であることに変わりはない。

 どんなに小さな約束でも守らなければならない。

 小さな約束も守れないようでは指切りしたあの約束も守れない。


 紫月と郁弥は頷き合った。


 郁弥が先行し、紫月が後に続く。

 郁弥は弧を描くようにして走り、目論み通り鬼がついていく。

 紫月は真っ直ぐに空き缶を目指す。

 これも以心伝心の賜物だ。


 しかし、空き缶が目前に迫ったところで、別の鬼が紫月に狙いを定めた。


 紫月に気付いた礼佳はにこやかに手を振った。


 神代さんを助けられなきゃ男が廃る。

 約束も守れないようじゃ神代さんに好きだって伝えられない。


 小学生相手に少し大人げないかな、とも思ったが、紫月は鬼の手をひらりと躱して思い切り空き缶を蹴り飛ばした。


 空き缶は手水舎を越え、水から打ち上げられてのたうち回る金魚のように石段を転がり落ちていった。

 拾いに行かなければならない鬼には申しわけないが、捕まっていた礼佳と子供たちを助け出すことに成功した。


「紫月、ありがとう。やはり紫月は頼りになるな」


 すれ違いざま、礼佳はそう言った。

 紫月は目を見開いた。


 頼りになるなんて言われたのは初めてだ。

 僕はいつも誰かに助けられてばかりで、誰かを助ける勇気なんてなかった。

 変わったのは神代さんだけじゃなかったんだ。


 1時間は缶蹴りをして遊んでいただろうか。

 子供を迎えに来た家族がちらほらと現れ始めた。


 子供と家族は拝殿で両手を合わせて帰っていった。


 紫月には母に手を引かれる子供が羨ましく思えた。


 子供にとっては当たり前のことかもしれないけど、僕にとっては特別なことだ。

 神代さんにとっても同じことだ。

 今の神代さんにはわからないかもしれないけど、いつかきっと思い出すはずだ。


 それまで僕がそばにいて支えてあげよう。

 これまでのように、これからも。

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