神と彼女3

「神代さん」


 紫月が礼佳を呼び止めると同時に、郁弥が不毛な鬼ごっこを終わらせた。


「よし、次は隠れんぼをしよう。俺と慶吾が鬼だ。30秒数えたら探すぞ」


「鎮守の森に入ったら危ないから、隠れるのは境内だけだよ」


 慶吾と郁弥が1から数え始めて、礼佳が駆け寄ってくる。


 息は切れかけていたが、礼佳の表情は好奇心に満ち溢れていた。

 隠れんぼという言葉に興味をそそられたのだろう。


「紫月、隠れんぼとはなんだ?」


「鬼から隠れる遊びだよ。鬼が降参するまで隠れていられたら僕たちの勝ち。隠れている全員を見つけられたら鬼の勝ち。今回はどっちが勝つかわからないね。隠れる人数は多いけど、境内は隠れる場所が少ないからなぁ」


「面白そうだ。しかし、隠れる場所か。あっ、賽銭箱の後ろなんてどうだ?」


「えーっと、罰が当たらないかな。神様が怒っちゃうかもしれないよ」


「平気だ。後で賽銭を入れておけば許してくれるだろう。ほら、早くしないと30秒経ってしまうぞ」


 礼佳に腕を引っ張られて、紫月はつんのめりながら小走りで彼女についていった。


 2人は賽銭箱の後ろで丸まって身を隠した。

 さすがに2人も隠れるには窮屈で、肩を密着させていなければ賽銭箱の陰から腕や脚がはみ出しそうになった。


 礼佳の体温が感じられる。

 彼女の息遣いが聞こえる。

 彼女の汗の匂いがする。


 慶吾と郁弥が30まで数え終わる。

 閑散とした境内に二人が落ち葉を踏む足音が響く。


「緊張するな、紫月」


「う、うん」


 僕は違う意味で緊張しているんだけどね――紫月は喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。


 激しく脈打つ心臓の鼓動で居場所がばれてしまいそうだ。

 次から次へと子供たちは見つかっていき、紫月と礼佳は呼吸さえも押し殺してじっとしていた。


 紫月にとって、こうして礼佳と一緒に隠れている時間は特別であった。


 このまま時間が止まってしまえばいいのに、と思った。

 このまま誰にも見つからずに2人きりでいられたらいいのに、と思った。


 今、神代さんは僕の隣にいる。

 こんなにも近くで神代さんを感じたのは初めてだ。


 記憶を失ってから、神代さんはすっかり変わってしまった。

 まるで指切りをして約束した神代さんとは別人だ。


 でも、僕の隣にいるのは神代さんであることに変わりはない。

 僕が神代さんを好きであることは変わらない。


「瑠璃、どうせ木の後ろに隠れてるんだろ?」


「隠れてないよ」


「あっ、見ーつけた」


「ちょっと、なんでわかったのー! 隠れてないって言ったじゃん!」


「答えたら見つかるに決まってんだろ」


 瑠璃が見つかったようだった。


 子供たちがどんどん見つかっていく中、紫月と礼佳は賽銭箱の後ろでずっと息を潜めていた。


 隠れんぼが始まってから15分が経過しただろうか。

 ついに鬼が降参し、紫月と礼佳はやっと賽銭箱の後ろから立ち上がることができた。


「私たちの勝ちだな。だが、長らく座っていたせいで足が痺れてしまったぞ」


「僕もだよ……はぁ、やっと自由になれた……汐華くん、次は何をするの?」


「そうだな……缶蹴りでもしたいところだが、肝心の空き缶がないからな」


 すると、中学生の少年がビニール袋の中から缶ジュースを取り出した。

 彼は缶ジュースを一気に飲み干し、空き缶を郁弥に渡した。

 駄菓子屋で買っておいたのだろう。


「よし、これで缶蹴りができるぜ。今回は人数が多いから鬼も何人か増やすことにしよう。ただし、鬼は缶をずっと守るのは禁止な」


 礼佳がシャツの裾を引っ張ってくる。

 ルールの説明をしろ、ということだろう。


「缶蹴りは鬼ごっこと隠れんぼを合わせたような遊びだよ。まずは鬼と缶を置く場所を決めて、鬼以外の誰かが缶を蹴る。鬼が缶を拾いに行っている間に他の人は隠れて、鬼に見つかってタッチされたら捕まって誰かが缶を蹴るのを待たないといけない。もし鬼に見つかっても缶を蹴れば捕まったことにはならない。それまでに捕まっていた人も逃げられるようになる。缶蹴りは助け合いの遊びでもあるんだ。ちょっと難しいかもしれないけど、わかってもらえたかな?」


「隠れて隙を見計らって缶を蹴ればいいのだな」


「うん、大体そういうことだよ」


「まとまっていたら不利だな。お互い別の場所に隠れることにしよう。紫月が捕まったら私が助けるからな」


「うん。僕も神代さんが捕まったら助けるよ」


 鬼が決定し、空き缶が乾いた音を立てて宙を舞った。

 その瞬間、子供たちは蜘蛛の子を散らしたように四方八方に逃げた。

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