第2章

神と彼女2

 5人は神社に向かって談笑しながら歩いていた。


 そういえば、5人揃って遊ぶのは久しぶりだ。

 ここ2週間は礼佳がいなかったし、紫月は母が入院してから家事と見舞いで忙しくなった。


 神社の鳥居の前まで来ると、石段の上の境内から子供たちの騒ぐ声が聞こえてきた。

 声の大きさからして、かなりの人数がいるみたいだった。


 郁弥と瑠璃の合図で、誰が一番速く境内に着くかという競争が始まった。

 5人は石段を駆け上がり、一番に着いたのは郁弥だった。


 境内にはたくさんの子供がいた。

 小学生、中学生、高校生のほとんどが集まっていた。

 子供たちは既に鬼ごっこをして遊んでいた。


「よっしゃ、走るのなら誰にも負けないぜ」


「郁弥、鬼になっても瑠璃ばっかり狙わないでよ。郁弥ってば、足が速いから逃げられないんだもん」


「瑠璃は小学生より遅いもんな」


「さすがに小学生よりは速いですぅー!」


 5人はもみじの木の根元に鞄を置き、ブレザーを脱いでシャツの袖を捲り上げた。

 運動するには邪魔になりそうだったので、瑠璃を除いてはネクタイを外した。


 礼佳は境内を走り回る子供たちを目の当たりにして、訝しそうに眉をひそめた。


「子供たちは何をしているのだ?」


「鬼ごっこだよ。鬼が追いかけて他の人は逃げる。鬼にタッチされたら交代して、他の人を追いかける。この繰り返しだよ」


「とにかく、走るのだな。だが、どうやら身体がなまっているようだ。石段を上っただけで息が上がってしまった」


「あまり無理をしないようにね」


 ブレザーを脱いで腕捲りをした礼佳には淑やかさとはまた別の美しさがあった。


 墨に浸けたかのような黒髪。

 記憶喪失になる前の礼佳が洗濯した純白のシャツ、空を漂う雲よりも白い肌。

 この2つの色のコントラストが彼女の美しさを引き立てている。


 鬼らしき小学生が迫ってきて、礼佳は駆け出した。


 ローファーを履いた足で交互に落ち葉を踏みしめる礼佳。

 ローファーの踵に蹴り上げられて蝶のように舞う落ち葉。

 鳥の羽ばたきのようにばさばさとなびく黒髪とプリーツスカート。


 紫月は礼佳の健康的な美しさに見惚れていた。

 つい先日まで肺炎だったとは思えないくらい軽やかな身のこなしに、彼の視線は釘付けだった。


 ぼーっと立ち竦んでいると、鬼の小さな手のひらが腹部に触れた。


「お兄ちゃんが鬼!」


 そう言うや否や、小学生の少年は一目散に逃げていった。

 紫月は彼が他の子供たちの中に消えていくのを視線で追っていた。


 鬼になった――そう認識した時には既に身体が動き出していた。

 紫月の視線の先には礼佳がいた。

 気付いたら彼女の背中を追いかけていた。


 もう少しで追いつく。

 手を伸ばす。

 指先が髪の毛を撫でる。

 はたまた髪の毛が指先を撫でる。


 礼佳は速かった。

 彼女は生き生きとしていた。

 17歳の少年の運動神経をもってしても、彼女はなかなか捕まえられなかった。


 紫月は大股の1歩を踏み出して華奢な背中にタッチした。

 が、彼にはもう逃げる体力は残っていなかった。

 膝に両手をついて息を弾ませていると、礼佳は激しく上下する背中をタッチして再び走り出した。


「ふふふっ、また紫月が鬼だぞ。鬼ごっこというものは面白いな」


 鬼になっている間は逃げなくてもいい。

 礼佳を視線で追うだけでいい。


 礼佳は落ち葉の絨毯の上で踊っていた。

 引き締まった脚で地面を蹴る彼女は、留まるところを知らない風のようだった。


 礼佳が遠ざかっていく。

 一度吹き去った風ともう一度出会うことはない。

 彼女が遠くに行ってしまうのが怖い。

 彼女を見失ったが最後、もう二度と会えなくなってしまうような気がするから。


 紫月はもみじの木の下を駆け回る礼佳から視線を逸らさないように注意した。

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