第2章
忘却と彼女3
4時間目の授業が終わり、昼休憩が始まった。
昼休憩になると、5つの机を合わせて中心に大きな穴の開いた円卓を作る。
別に会議をするわけではないが、机を円形に並べた方が話しやすいということでいつもそうしている。
「あー、お腹空いたー。礼佳、何か1つおかずを交換しよ。もう2週間も礼佳の料理を食べてないよー。あっ、そういえば、記憶喪失なんだったっけ。瑠璃は礼佳の料理が大好きだったんだよ。礼佳の料理は優しい味がするから。はい、この中から選んで。どのおかずがいい?」
「これはなんだ?」
「何って、お弁当に決まってるじゃん。礼佳、もしかして、お弁当を持ってきてないの?」
「あ、ああ。というより、今日は何も持ってきていない。制服を着るので手いっぱいでな」
「そっか。じゃあ、瑠璃が――」
「おい、瑠璃」
嫌な予感がした。
郁弥の意図を察した瑠璃は、意地の悪い笑みをその顔に張りつかせた。
「残念だなー。交換できないんだったらおかずはあげられないなー。でも、このままじゃ礼佳がかわいそうだなー。誰か礼佳にお弁当をわけてくれる優しい人はいないかなー」
いかにも演技臭い棒読みだったが、礼佳はあからさまにしゅんとしおらしくなった。
どうやら彼女も相当空腹のようだった。
追い打ちをかけるように慶吾と郁弥が続く。
「俺も腹が減ってるからな。ただでさえ物足りないんだ、悪いけど礼佳にわけてあげる分はないかな」
「俺もだ。やっぱ高校生はがっつり食べないとな」
紫月は肩を竦めた。
さすがは以心伝心だなぁ。
まあ、ネクタイを締めるのに比べたらお弁当をわけてあげるくらいどうってことはない。
それに、このまま神代さんを放っておくわけにもいかない。
「神代さん、よかったら僕のお弁当をわけてあげるよ」
そう言うと、礼佳は薄紅色の唇を柔和に歪めた。
「本当か?」
「うん。僕も神代さんにおかずをわけてもらったことがあるし、困った時はお互い様だよ」
「助かる。実は昨日から何も食べていなくてな。しかし、せっかくの弁当を私にわけてしまってもいいのか? 物足りなくなったりしないか?」
「いいんだよ、僕は少食だから。遠慮せず食べて」
紫月は弁当箱の蓋を開け、その上に白米とおかずを載せていった。
焼き鮭、根野菜の煮物、大学芋。
どれも子供が好みそうにない料理ばかりだ。
少なくとも、瑠璃は食べない。
礼佳の口に合えばいいのだが。
「いただきます」
礼佳は弁当箱の蓋の上の料理を不器用に箸で掴んでは口の中へと運んでいく。
箸の使い方は歪だが、礼佳が食事する姿は美しかった。
料理が口の中に入り咀嚼され嚥下されるまでの一挙一動に、しばらく紫月は見惚れてしまっていた。
「この弁当は紫月が作ったのか?」
「うん。どうかな?」
「美味しい。紫月は料理が上手なのだな。この黄金色のものはなんだ?」
「大学芋だよ。甘いから最後に食べた方がいいよ。あっ、お茶も用意するね」
水筒の蓋にお茶を注ぐと、礼佳は一息に飲み干した。
それから、大学芋を箸で半分に切って片方ずつ食べた。
お茶のお代わりをして、彼女は両手を合わせた。
どうやら食事の挨拶は覚えていたようだ。
「ごちそうさまでした。ありがとう、紫月。どれも美味しかった」
「うん。それならよかったよ」
礼佳から弁当箱の蓋と箸を受け取って気付いた――この箸を使ったら間接キスになってしまうことに。
紫月はまんまと3人の策略にはまってしまったのだった。
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