お姉さま

 20xx年6月7日。


 京都のとある地で開拓工事が行われていた。

 木を切り倒し、ショベルカーで地を掘り起こし、残土をダンプカーが運び出す。開拓区画では、土木作業員が汗をかきながら作業を続け、その進捗を現場監督が見守っていた。

 ショベルカーが突然、止まった。周りで作業していた人も、一様にため息をついた。異変に気がついた現場監督が言った。

「どうした!?」

「ショベルカーのオペレーターが渋々言う」

「出ました」

「なにがだ?」

「遺跡です」


 監督が現場に行くと、ひとつの石棺があった。墓石ほどの石棺は、黒い石に赤と白で塗り固められ、紙を何重にも巻いて封がしてある。封印に文字が書いてあるが、読むことはできない。

「市役所に連絡だ」

「工事はストップだな」

「京都の工事は、掘れば何かしらの遺跡が出るからな」

「しょうがない」


 おなじ時、埼玉のある地で女の子が生まれた。名前は、ある有名なアニメ映画の主人公から「千尋」と名付けられた。




 19年後。


 芦立あしだち千尋ちひろは、千寿七福神が一柱、毘沙門天が奉られている、

八幡神社の神域にいる。神域にはさまざまなゲーム機やパソコンがあって、いにしえの神の部屋とはとても思えない。

 戦の神、毘沙門天は、着流しに二本差しの豊満な女性で、胸元から谷間と、裾から太ももがはだけている。


「あの、どうして私はここに?」

 弁財天と寿老人は、苦虫をかみ潰したような顔をしている。


 大きく開いた胸元を、さらに大きく開き、胸を垂らしながら千尋をのぞきこむ。

「この娘が、神器?」

「そうだ」

「ちがいない」

「ふーん。それで、なんのようだい? わざわざ俺に女装までさせて」

「女装させたのは、この娘が男性恐怖症だからだ」

「なるほど。この娘、じゅがかけられているな」

「呪?」

「一種の呪いだよ。ただ、君にかけられているのは、呪というより封印と言い換えてもいい」

「封印?」

「弁財天よ、この娘が神器だと言ったが?」

「人に憑いた悪霊を祓った」

「なるほど。それはなかなか力のある神器だ」


 千尋が手をあげる。

「あの、さっきからなんの話をしているのでしょう? 私が神器とか呪いとか」

「俺たち神は、力に応じた神器がある。持っている神器は神によってさまざまだ。実際に俺が持っている神器は、破魔の力を宿した草薙剣くさなぎのつるぎ。君が悪霊を祓えたということは、我が神器、草薙剣と同等という意味になる」

「まさかそんな、私のような小娘にそんなたいそうな力などありませんよ」

「そのとおり。普通、人の小娘ごときが破魔の力など使えるはずがない」

「そうですよ、なにかのまちがいですよ」

「だが、おまえが悪霊を祓ったのは事実なのだろう?」

 弁財天は言う。

「まちがいない」

「なるほど。それでこの娘をここにつれてきたか」


 毘沙門天はさらに千尋へつめよる。

「おまえの男性恐怖症の正体。それが呪だ」

「呪? 呪いですか?」

「そうだ。そのせいで男性恐怖症になっている」

「誰が私を呪っているんですか?」

「それはわからない」

「わからないんですか!?」

「わからなくても呪を解く方法はある。力を使い続け、おまえの力が上がれば、解ける」

「それはつまり…」

「わかりやすく言うと、ゲームでレベルを上げればラスボスが倒せるようになる。ということだな」


 なんだそりゃー!?


「今の私は破魔使いレベル1って感じですか?」

「そうだ」

「レベルを上げてゆけば、男性恐怖症が治ってゆくと」

「そうだ」




 はああああああぁ。


 もう、ため息しか出ない。




「私、大学に入学したばかりなんですよ。そんな暇ないです」

「週末にやれば良かろう」

「仮に、毎週一人の悪霊を祓ったとして、一年でだいたい50回です。その計算で、何年で男性恐怖症は治るんでしょうか?」

「その計算だと、10年だな」

「500回ですか?」

「毎日一人なら、だいたい1.4年で達成だ。RPGのクリア時間よりリアルな数字だろ」


 10年もやってらんねー。アラサーじゃん。私、そんな歳まで彼氏できないの? 処女なの?


「だいたい、100時間程度で魔王を倒せるほど人は成長せん。レベルと年齢は比例するべきだ」

「ゲームの話はいいので、現実的な解決策を教えて下さい」

「そこはRPGの第一歩。街の者に話しかけて情報収集だな」

「毘沙門天様、ゲーム詳しいですね」

「宮司にゲームやらパソコンやらスマホやら貢いでもらった。長生きしてると暇なんだよ」

「だったら、あなたが悪霊を祓ってくださいよ」

「北千住駅前に立って、何人に悪霊が見えた?」

「だいたい、100人に一人くらいですか?」

「確立1パーセントでも、人口比にすると、膨大な人数になるぞ」

「神様暇なんですよね? 仕事してください」

「祓っても祓っても、我が暮らし楽にならなくてな。飽きた」


「神様みなさんにお訊きいたします。破魔以外の代替案はありませんか?」

「地道に男慣れしてゆくしかないの」

「学校で、一日一会話から始めてみよう」

「俺は破魔活動が良いと思うが」

 三柱は、喧々囂々、語り始めた。


 なんか、もう、どうでもよくなってきた。




 千尋は授業を聞きながら、ぼんやりと考えている。

 七福神に恋愛の願いをすること自体、まちがいだったのかな。よく考えれば、恋愛の神いないし。




 教室の前に座っている女の子から嫌な雰囲気を感じた。授業が終わり、気になって後をつけると、階段を上へ上がって行った。なんだろう? 上になにかあったかな。

 屋上へ通じる扉の前。ドアノブを握る。鍵が掛かっている。黒いオーラの様なモノがノブを回すと、鍵がガチャっと開く。女の子は屋上へ出て、フェンスに手をかけた。


 まずい!


 千尋は駆け寄って、手を振り下ろす。

「悪霊退散!」

 閃光が刃の様に走って、彼女に憑いている悪霊を薙ぎ払う。


 ふらりと崩れ落ちる女の子を、千尋は受け止める。

「だいじょうぶ!?」

 腕の中で、朦朧もうろうとした表情の女の子は、おもむろに、千尋の顔に手を当てる。

 え? なに?


 潤いのある小声で囁く。

「お姉様」


 え? なにごと??

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