この世はまさに自動運転時代!

渡貫とゐち

最高の夢見心地


 運転に疲れた私がサービスエリアで仮眠を取ろうとして、意識が船を漕いでいる時。

 助手席でスマホゲームをしていた息子がぽつりと言った。


「パパの車はじどー運転にならないのかな」


 息子の独り言に、後ろの席に座っていた妻が答えた。


「そこまで高性能じゃないかなー。もっと時代が進めばそうなってるかもね」


 息子が大人になるほどの時代が進めば、あるいは……。

 いやどうだろう。今から二十年ほどで自動運転が一般的になるのだろうか。日本では厳しいのでは? そもそも二十年後に日本があるのかも怪しいものだが。

 私たちが子供の頃は、大人になったら車が浮いている、なんて妄想をしたものだが、蓋を開けてみれば地面を走っている。地に足ついていると言えば良く聞こえるか?


 車によっては自動運転の機能がついているだろう。しかし公道で安全に使えるかと言えば不安になる。自動運転で人を撥ねてしまった時に責任はどこにあるのか、という問題もあるのだ。

 全てが機械任せ。人間の判断力とどっちが良いのか。疲労を知らない機械だが、不具合がないわけではない。臨機応変に対応を変える、というのも機械には難しいのではないか。


 いくらAIが進化してきていると言っても、場の空気を読むことができない機械には、得意不得意があり、暴走自転車を回避する判断は、機械にとっては不得手に入るのではないか?

 後ろを確認せずに車道へ飛び出してくる自転車を、機械は対応できずに撥ねてしまうのではないか。まあスカッとはするが、しかし、そうなったら責任はどこにある?


 自動運転ではあるが一応は運転手である私のせいになるのだろうか。

 ハンドルも握らず人を撥ね飛ばして私のせい? それで謝れと言われても誠意はなく、反省しろと言われてもすることがないだろう。

 だって機械がやったのだ。私が人を撥ねろとプログラムしたならまだしも、そうではなく。ルールを守らない暴走自転車に対応できなくて、なのだ。


 機械が撥ねたということは、機械側も少なからずイラっとはしているのかもしれない。


「パパ? じゅくすい?」

「あらー、寝ちゃったわね。そだ、ママとソフトクリームでも食べにいく?」

「いく!」


 そんな妻と息子の会話を遠くの方で聞いている感覚で、私の意識は、どぷんと、沈んでいくように…………





 タクシーを呼ぶように手を上げると、目の前に車が停まった。

 タクシーではなく普通の車だ。なので自分で扉を開け、助手席に乗り込む。

 ナビにスマホをかざしてロックを解除し、指示された通りに操作をする。行き先は――。


 操作を終えた後、スタートボタンを押すと車が走り出した。

 自動運転。

 周りの車もそうだ。


 そもそも、手動の車は公道を走っていない。

 全ての車はハンドルを失い、AIが運転をする自動運転化している。


 安全運転を前提に公道を走る車たち。まるで息を合わせ、知り合い同士が食卓の真ん中にあるおかずを譲り合うように、車たちは減速と加速を使い上手く公道を走っている。

 違反はもちろんない。全てがAIで処理されているからだ。


 不具合でなければAIがへそを曲げてわざと違反をすることもない。仮に違反をした場合は車に責任が乗る。つまり搭乗者は無関係。

 違反を繰り返す問題ありの車はやがてスクラップにされるのだ。それが抑止力になっているかどうかは、AIにしか分からないだろう。


 気になるが、聞いても答えてはくれないだろうけど。

 簡単なメッセージのやり取りをしても決まった返事しかしてくれない。

 そりゃそうなのだが、まだ人間らしさを得てはいないようだった。


『目的地までのこり一時間十五分です』


「長いな……仮眠でも取るか……」


 あくまでも予測なので、予測時刻よりも遅くなることがあれば早くなることもある。

 それぞれの車のAIが通信をして、道を譲る優先順位を決めていることがあるのだ。

 緊急車両が通れば脇に寄るように、お金を払うことでオプションを付け、快速運転を車に設定することもできるのだ。


 スピード違反にならない程度に、車は急いでくれる。そして周りの車は急いでいる車を優先して道を譲ってくれるのだ。

 快速運転を設定するにはかなり高いお金を払わないといけないので、私には手が出せなかった。払えるのは大手会社の社長とかじゃないかな?


 この世は自動運転時代。と言えば大げさだが。

 今や公道は、人間が足を踏み入れていい場所ではないのだ。レールこそ敷かれてはいないが、車がひっきりなしに通過し、公道には――小さな列車が通過していると思えば、踏切がないのがおかしいくらいだった。


 見て分かる危険地帯。

 まさか、こんな場所を青信号でもないのに横断しようとするとか、道路の脇からはみ出し、ショートカットをしようとする自転車なんてどこにも、


「うお!?」


 目を瞑っていただけだが、激しい音に思わず飛び起きた。

 見ると、宙を舞う主婦がいた。自転車が二十メートル先まで吹っ飛んでいる。フロントガラスには赤い血が付着していて……ワイパーが全ての血を拭い落とした。


 車は問題なく走っている。人を撥ねた。けれど、今の時代、これは人間側の自業自得ということになっている。だから車の違反にも犯罪にもならない。

 人間が安全地帯を自分の意思ではみ出て撥ねられただけだ。転んだだけなら不運だが、もしもルール違反だと分かっていながらはみ出したのであれば、覚悟の上だったのだろう? と。


 ショートカットでもしようとしたのだろう。

 違反と分かっていながら。安全地帯をはみ出すことの危険性を分かっていながら、撥ねられるかもしれないことを覚悟の上ではみ出したのであれば、あの主婦は賭けに負けたのだ。


 暴走自転車について、取り締まることはもうなく、野放しにしている。

 なぜかと言えば暴走した者から撥ねられ、消えていくからだ。

 ルールを守らない者から消えていく。公道に侵入した人間を見て止まることがない車の間をすいすいと走って生き残れる自信があるならやってみればいい、ということなのだろう。

 覚悟の上なら文句はなかった。


 痛いを思いをするのは自分。ならばもう好きにしろ、と警察は自転車乗りたちに関しては諦めている。まあ、警察側がすることと言えば遺体の回収くらいだろうか。


 違反者が勝手に死んでいくシステム。


 批判は多かったが、しかし簡単なことなのだ。


「違反しなければいいんです。ルールを守れば死ぬことはありませんよ」


 確かにその通りなのだ。

 死にたくなければルールを守れ。

 そもそも、ルールとは、命を守るためにあるものだから。





「パパー、起きてー」


 ぺちぺち、と頬を叩かれ目が覚めた。

 ここは……サービスエリア、で、私は仮眠のつもりが熟睡してしまっていたみたいだ。


 夢を見ていた。

 内容は……あれ、なんだったっけ?


「夢、なんだったかな……あー、思い出せない」

「良い夢だったんじゃない?」

「そうなのかな?」


 後ろから顔を出した妻が言った。



「だって、あなた、すっごい嬉しそうな顔をしていたから」



 …了

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