第36話
いつも笑顔で挨拶をしてくれる近所のおじさんやおばさんにお父さんと一緒に働いている筋肉モリモリの豪快なおじさん……皆んな何もかもあの時と変わらなかった。幸せそうな顔をしていてこっちまで幸せな気分にさせてくれる。そんな居心地のいい故郷はいくら豊かになってもそのままだった事が嬉しかった。
道で会う人達と久しぶりの再会を果たし、最後に村長さんに会いに行くとなんとそこにはレンの姿があった。
「レン!」
俺の声にレンが気付くとこちらを向いた。
「姉ちゃん!」
嬉しそうに走ってくるレン。
「背、伸びたね」
それに顔も幼さが薄まった気がする。
「まだ姉ちゃんの方が高いけどね」
この調子だと来年には抜かれてそうだ。
「フェルナ、弟のレンよ」
俺は隣にいたフェルナにレンを紹介した。
「あなたが弟さんね。いつもセイナから話は聞いていたわ」
ふたりは握手をするとレンは何かホッとしたような顔を見せた。
「姉ちゃんにも友達ができたんだね。良かったよ」
うう……レンにまで心配されてた……
弟にまで言われるとなんだか自分が情けなく思えてくる。
「俺、姉ちゃんとの約束をちゃんと守ってるよ」
それは俺が村を出る前にお願いしていた事だろう。
「じゃあ明日見せてもらおうかな」
「うん!」
俺に爽やかな笑顔で頷くレンはやばい程イケメンだった。これは将来が楽しみだ。
3人で家に帰る頃には日が暮れ始めていた。
「凄い! 前より豪華になってる!」
俺は目の前に並ぶ豪華な料理の数々に感動していた。
「あれから作物の質も更に良くなったよ。セイナが残してくれた肥料のおかげでね」
そうだった。確か村を出る前に薬草で作った肥料を渡していたから土が更に栄養を蓄えて作物が美味しくなったのだろう。現に今、あれ程嫌いだったコマナに手が止まらない。
「それにレンが毎日狩りで獲物を取ってきてくれるから毎日美味しい料理が食べられるの」
久しぶりに食べたモートルの肉はやはり格別だった。柔らかくて旨味が口いっぱいに溢れると「はぁ〜」っと感嘆のため息が出て、しばらく幸せな気分に浸っていた。
俺は念願のモートルの肉や前より更に美味しくなった野菜を堪能する。食材でいえばポートラで売っている野菜や肉を遥かに超える美味さにフェルナも驚いていた。
久しぶりの家族団欒の夕食は楽しかった。そこにフェルナも加わって更に楽しく時間はあっという間に過ぎていった。
俺とフェルナは夕食が終わると自分の部屋に移動した。
「ここも変わらないな……」
あれから全く変わらない自分の部屋を見て故郷に帰ってきたんだと改めて思った。
「いい家族ね」
二人きりになった部屋でフェルナにそう言われた俺は嬉しくなった。
「うん……私、この家に生まれて本当に良かった」
「私も昔は楽しい夕食を食べていたわ。早くお父さんが帰ってきてくれたらいいんだけど……」
心配するのも無理はない。生きているのかさえ分からないんだから。
「心配だよね……」
「そうね、最近お母さんも気になっていたから迎えにいきたんだけどね」
「じゃあ私が連れてってあげるわ! 飛べばすぐよ!」
「ありがとうセイナ。助かるわ」
ポートラに帰ったらフェルナのお父さんを探すと約束するとそれからふたりで夜遅くまで会話を楽しむのだった。
次の日はレンに連れられて俺の秘密基地に来ていた。
「懐かしいわ。ちゃんと綺麗にしてくれてたんだね。ありがとうレン」
洞窟を改造した俺の秘密基地はあの時のままで綺麗に整頓されていた。感謝をすると共に俺は約束を守ってくれているレンに贈り物を用意していた。
「これ、レンのために買ってきたの。きっと約束を守ってくれてるって思ってたから。そのお礼よ」
それは銀色に輝くアクセサリーだ。ここに来る前、アークリーを呼んで街を周りながら何がいいか探していた所、たまたま会ったルークに訊いてみたらこう返ってきたのだ。
「それだったらこれなんかいいと思いますよ」
ルークは自分の首に掛かっていたネックレスを外すと俺に見せてくれた。
「これは魔法石が入ったアクセサリーで、戦士団の人なら誰でも持っている物なんです」
話を聞くとその魔法石はひとつひとつ違う効果を生み出すらしく、魔法が使える人が石に魔法を宿すと魔法が使えない人でも宿した魔法を使えるらしい。
それを訊いてレンへのお土産はそれに決定した。早速同じ物を買ってくるとアークリーからやり方を訊いて石に魔法を宿した。
「ありがとう姉ちゃん。大事にするよ」
レンがそれを嬉しそうに首に掛け、俺が似合ってると言うと爽やかな笑顔を見せた。
「じゃあ俺は狩りに行ってくるよ。またモートルの肉を持って帰るから!」
「ありがとうレン。期待して待ってるわ」
レンは力強く頷くと洞窟を出ていった。
「私、小さい頃からここにひとりで遊んでいたの。薬を作ったり。カーストを焼いたりしてた」
懐かしい道具を見ながらフェルナにあの頃の話を聞かせた。
「なんだか意外だわ。セイナはおしとやかだから家でいつも勉強していたんだと思ってたから」
「やっぱり変わってるのかな。あ、フェルナに凄い場所を見せてあげる」
俺は外に出るとフェルナを抱えて空を飛んだ。
「それは近くにあるの?」
「そう! 崖の途中にあるから誰も行けない場所なの」
そう、世界にひとつある神秘の泉だった。
フェルナはその幻想的な景色を前に時を止めたように動かなくなった。凄いと感嘆の声を漏らしながら。
「ここは神秘の泉っていって、あの流れている水は薬草の効果を引き上げる特別な水なの」
ふたりで泉に近くと泉の青い光が反射して洞窟内が綺麗な青色に染まり、フェルナはそれを見て感動している。
「泉の周りに生えている花と泉の水を合わせると何でも治る薬ができるんだ」
俺はフェルナに説明をしながら瓶に花を入れると水を注いだ。前に持っていった神薬はフェルナのお母さんに使っていたから御守りとしてひとつは確保しておきたい。
「もしかしてお母さんに使ったのは……」
俺の持っている瓶を見て気が付いたようだ。
「うん、ここで作ったんだよ」
「……そんな貴重な薬を使ってくれたのね」
とっておきの場所をフェルナに見せた後、俺がよく小さい頃に考え事をする時に来ていた見晴らしがいい特等席に案内する事にした。
「いい眺めね〜 村が一望できる」
フェルナが伸びをして広大な景色を楽しんでいる場所は山頂付近の崖で俺の好きな場所だった。
「よくここで色々な考え事をしていたの。貧しい時にどうしたらいいんだろう〜 とか、将来を考える時とにどうしよ〜 ってね」
「ふふ、確かにいい場所だわ。心を無にできそう……」
フェルナは黄昏るように景色を見ていたので俺も昔のように景色を見ていた。
そのうち寝不足だったのもあって眠気が襲ってくると瞼が重くなってくる。
ふふーん……ふふん……
そんな時だった…… フェルナの鼻歌がぼうっとしていた俺の頭にスッと流れてきたのだ。
このメロディは……
頭に蘇るのは病院の屋上……あの時もふたりで景色を見ていて、そこには同じ鼻歌を歌う彼女がいた……
ゾッとして身体が震えた……俺が一番恐れていた事が現実になっていたのだ。
ああ……やっぱり君も来てしまったんだね……
全てを理解した時涙が頬を伝った。俺の馬鹿な妄想のせいで彼女に酷い事をしてしまったという罪悪感が俺に重くのしかかった。
「ミサ……ごめん……俺……」
やっと絞り出した言葉はもう二度と使うと思っていなかった日本語になっていた。
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