第35話

 遂に来た……フェルナと帰省する日が!


 おかげで昨日の夜はなかなか眠れなかった。フェルナと一緒に村に帰れると思うと楽しみでしょうがなかったのだ。


「おはようセイナ」


 清々しい朝を迎え、支度を済ませると大きな荷物を持ちながらフェルナが歩いてきていた。


「それ……全部持っていくの?」


 俺の唖然とした態度にフェルナは少し口を尖らせた。


「だってセイナの生まれ故郷って凄く遠いんでしょ? これでも結構厳選したのよ?」


「あはは! 大丈夫よ。だから身の回りの物だけにしてきて」


 俺の態度にフェルナの頭にはてなマークが浮かんだような感じで首を傾げていたけど、渋々部屋に帰っていった。


 それからカリスさん家族に見送られると街を出て行った。ふたりで誰もいないところに移動するとフェルナは何でここに来たの? と、俺に視線で訴えてきた。


「フェルナ……驚かないでね」


 俺は一応そう告げるとフェルナの後ろに移動した。


「え? あ……」


 俺はフェルナの後ろから抱きしめるように手を回した。するとフェルナは俺の行動が予想外だったのか動揺しながらも耳たぶを真っ赤にするくらい恥ずかしさに耐えている。もちろん俺も同じで顔が熱い。


「じゃあ行くよ」


「え……行くって……キャア!」


 フェルナは自分が宙に浮いている事に驚いて俺にしがみつくように抱きついてきた。


「飛んでる⁉︎」


 信じられないといった感じでフェルナは怖がりながら下を見ていたがしばらくして慣れてきたのかいつものような口調で話かけてきた。


「ほんとにセイナはどれだけ私を驚かせれば気が済むのよ」


 ため息まじりの言葉に俺は答えた。


「私が魔法を使えるのは両親も知らないの」


「そんな秘密を教えてくれたのは嬉しい事ね。まだ何か隠していそうだけど……今はそれでもいいわ」


 確かにまだまだ隠している事は多いけどフェルナの事を信用しているからその内話そうとは思っている。


 それからフェルナはもっと高く飛んでとかもっと早く飛んでなど飛行を楽しんでいるようで、それに応えているとあの山に到着するのだった。


 山の頂上付近に降りるとすぐに山を下り始めた。小さい頃から慣れ親しんできた庭のような山だけど全くの初見なフェルナは歩き辛そうにして苦戦していた。そんなフェルナの手を引きながら降りていくとトワマさんを発見したのだった。


「お久しぶりですトワマさん」


「おお! これは主人様じゃねえか!」


 久しぶりに会うトワマさんは相変わらず元気にしているようで雑談を交わすと村に向かうことにした。


「あの、また私をトワマさんが送り迎えした事にしておいてください」


 別れ際に一応念を押すとトワマさんは手を上げて分かってると返してくれた。


「もうすぐだよ」


「凄く空気が美味しいわね。景色もいつもと違うから新鮮で楽しいわ」


 フェルナは珍しそうに山を見ていて楽しんでいるようだ。


 そして山を降りてすぐの我が家が見えた時だった。家の前を掃除している母さんの姿に涙が溢れて止まらなかった。


「お母さん!」


 思わず叫んだ俺の声に気付いた母さんはその声の方向に顔を向けるとその先にいる俺を見た。


「セイナ……」


 目には大粒の涙を浮かべている。そんな姿に俺は夢中で走っていた。そして懐かしい温もりと匂いに抱かれた。


「見ないうちにこんなに大きく……綺麗になって……」


 母さんは俺の顔を見て微笑んでいた。久しぶりに見る優しい母さんの顔は全然変わらない。


「今日は友達を連れてきたの」


 早速フェルナを紹介すると母さんは嬉しそうだった。


「あなたはいつもひとりで山に籠っていたから心配してたのよ。だからこんなところまで来てくれるお友達がいて嬉しいわ」


 やっぱり母さん心配してたんだな……


 まあ確かに他の子供達と遊ばないでひとりで遊んでいるのを見たらコミュ障だと思われてもしょうがないかと納得する。


「それよりお父さんは?」


「ちょうどよかったわ! もうすぐお昼だから帰ってくるから家に入りなさい」


 フェルナは俺の家を唖然とした顔で見ていた。


「どうしたの?」


「いえ……凄く立派な家だと思って……」


「驚いた? 確かにこんな山に囲まれた場所だから違和感が凄いよね」


 きっとこんな辺境の地に立派な家が建っているとは誰も思わないだろう。


 中に入ると家具が増えている事に気付く。あれからも色々と充実してきているのがよく分かるものだった。


「そういえばレンはお父さんの手伝いでもしているの?」


 ふと、姿が見えないレンが気になる。


「ふふ、あの子は今狩りに行ってるわ」


「へぇ〜 あのレンが……」


 驚いた。いつも家の前で剣を振っていたレンの姿が頭に浮かぶとあの子も成長したんだなと感慨深くなった。


「驚くと思うけどレンは今村で一番獲物を取ってくるの。だからいつも美味しいお肉を食べられるのよ」


 驚くと同時に凄く羨ましいと思った。昔はお肉といえばなかなか食べられない御馳走で、特にこの村の山に生息する豚に似た動物モートルの肉は一度しか食べたことがない。その時はあまりの美味しさにびっくりしたものだ。その時の感動は今まで食べたもので更新されることはなかった。


「じゃあ、あのモートルのお肉が食べられるの……?」


「良かったわ。昨日レンが持ってきていたから今日はそれにしましょうか」


「やった!」


 俺はまたあれが食べられると知って思わず大きな声で叫んでいた。


「セイナ! 帰ってたんだね!」


 その声は父さんの声だった。バタバタと家に入ってくる父さんは変わらず優しい笑顔だった。


「お父さん。ただいま帰りました」


 懐かしい父さんの姿にまた涙が伝う。父さんの目が赤かったのを見て更に感傷的になってしまった。


「大きくなったね……それに母さんに似てきた」


 自分では気付かなかったけど親には成長がすぐに分かるんだな。父さんも母さんと同じことを言っているのを聞いてそう思った。


 俺は父さんにフェルナを紹介すると母さん同様喜んでいた。そして父さんにも俺に友達ができるのか心配していたと言われると笑ってやり過ごすしかなかった。


「セイナ、日が暮れる前に村の皆に挨拶をしてきなさい」


 俺は父さんにそう言われるとフェルナと家を出て行った。

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