第32話

「おかしいぞ……一体何があったんだ!」


 タイラーは明らかに動揺していた。今の状況がどうなっているのか不安になっているようだ。周りではこの状況をどうしたらいいのか考えているようで、ただ黙っているといった様子だった。


 煙を上げて数時間経っても先生は来ない……何かあったのか?


 何か予想外の事が起こっているのは所々に上がっている煙を見れば分かる。でも、それが何の原因でそうなっているのか、考えても色々な推測が挙げられるから答えは出ない。多分周りで考えている皆も同じなんだろう……だから誰も口に出せずにいる。


「落ち着いて……戦士団に入るならこの先こんな状況はいくつもあるのよ? 授業で習ったでしょ?」


 マリルの言葉で皆が考えるのをやめて顔をあげていた。


「そうだ、こんな時は慌てて動かずに慎重な行動をするんだ」


 ルークが自分に言い聞かせるように言った。


「あの状況からして考えられるのは危険な魔物が出たか、荒くれ者共に襲われたかね」


 マリルの推測は俺も考えていた事だ。


「でも、あんなに色々なところから煙が上がるか? それも一斉に上がってる……」


 ワイスがすかさず反論する。


「恐らく学校は戦士団に救助を要請しているはずだ。あまりウロウロしない方がいいかもしれない」


「ルークの言う通りだよ! 何処かに隠れよう?」


 ミリナは身の危険を感じているのか、泣きそうな顔をしていた。


「とりあえずここから離れよう。戦士科の教えだと緊急時は何処か身を潜められる場所にしばらくいた方がいいってあるからな」


 タイラーの言った事に皆が頷いた。当然俺も異論はなかった。


「確かここに来る途中に小さい洞窟が無かったっけ?」


 ミリナの言葉を聞いて俺も思い出した。確かにそれらしき場所があった。


「私も覚えているわ。そこにいきましょ」


 マリルがそう言って歩き出すと皆も後をついて歩き出す。


 俺達はなるべく物陰に隠れながら移動をしていたが俺は何か言葉に表せない空気の重さを感じていた。ずっと何かに監視されているような視線を感じていたのだ。そんな事を言ったら皆が騒ぎ出すかもしれないと、言葉に出すのを躊躇っていた。


 そして洞窟が見えると皆は安堵した表情を見せる。


「着いた!」


「早く行こうぜ!」


 タイラーとワイスが競い合うように洞窟の入り口へ走っていくと突然何か黒い物体が横から姿を現した。


「ガァー‼︎」


 それは魔物だった。俺達より3倍はデカい奴が凄い勢いで飛び出してきたのだ。見た目はオオカミに似た外見だが、爪や牙は鋭く、真っ黒な毛皮が恐ろしさを醸し出す。昨日まで戦っていた魔物が可愛く見える。


「ヒィ‼︎」


「わぁ‼︎」


 間一髪で魔物の大きな口に収まるのを回避したふたりの顔は真っ青に青ざめていた。体がこっちからでも分かるほどに震えていて、腰を抜かしたのか座り込んでいる。


「何だアイツは⁉︎ 見たこといぞ⁉︎」


 ルークが驚いた顔で叫んでいた。


「まさか……アイツが他の生徒達を襲ったの⁉︎」


 マリルも同じ顔で声を上げる。


「ワイス! タイラー! あの洞窟に走れ! あの大きさじゃ入れないはずだ!」


 ルークが大きな声で叫ぶも、やはりふたりは腰が抜けたらしく首を大きく横にしてダメだと返してきた。


「まずいわ! 早くあのふたりを助けないと‼︎」


 魔物はよだれを垂らして動けないふたりを獲物として捉えている。今にも飛びかかりそうな気がして緊迫した空気に包まれていたが、その空気を破ったのはルークだった。


「ちくしょう! ミリナ! 援護してくれ!」


「え⁉︎ ルーク⁉︎」


 ルークがやけくそ気味な感じでその場から飛び出して行ってしまったのだ。ミリナは戸惑いつつもルークの後ろを走っていった。


「フェルナ行こう! ルークさんがあの魔物を引き付けている間にふたりを洞窟に運ぶの!」


 俺は隣で震えているフェルナの肩に手を置いた。するとフェルナは青ざめた顔をしつつも頷いてくれた。


 良かった……フェルナまで動けなかったらどうしようかと思ったよ。


「おい! こっちに来やがれ!」


 ルークの声に反応した魔物のターゲットがルークに変わった。


「セイナとフェルナはワイスをお願い! 私はタイラーを移動させるから!」


 ひと足先にマリルがそう言い残して飛び出していった。


「分かりました!」


 俺はフェルナと頷き合うと視線を涙目になっていたワイスに合わせて全力で走った。


「さ! 早く立って!」


「す、すまない!」


 マリルが大きな体をしたタイラーの腕を取って引っ張り上げている横で俺達もワイスの腕を取った。


「ワイスさん! 行きますよ!」


 ワイスの腕を引っ張るともう片方の腕をフェルナが必死に引っ張って起き上がらせた。


「情けねぇ……ルークが頑張ってんのに……」


 何とかふたりを洞窟に避難させ終わるとルークの援護をしていたミリナが洞窟の入り口まで来ていた。


「ルーク! もういいわ! 早くこっちに! もう魔法が切れちゃう!」


 そう叫びながら必死な形相で火を放っていた。


「はぁ! はぁ!」


 ルークが必死にこっちへ走ってきて後数メールで入り口に辿り着く時だった。


「ぐあぁ!」


 なんと横からもう1匹同じ魔物が現れるとルークの体に噛み付いたのだ。


「キャア‼︎」


「ルーク! 今助けるわ!」


 タイラーを運び終わったマリルが颯爽と出てくると魔物の体に槍を突き刺した。


「ギャァ!」


 大きな口からルークを落とすと俺とフェルナはルークを引きずってなんとか救出する事ができたのだった。


 しかし、獲物を取られた魔物は怒り狂い、俺を目掛けて突っ込んできているのが視界に入ると魔法で倒すか一瞬迷う。


 どうする……ここでアイツを魔法で楽々倒したら……


「これでも食らえ!」


 もうやるしかないと覚悟した時だった。洞窟の奥からワイスが出てきて魔物に矢を放ってくれたおかげで間一髪助かった。急いで洞窟の中に滑り込む。


「早く奥に運ぶのよ! 回復薬を用意して!」


「ああ! 俺に任せろ!」


 タイラーも体が動くようになったようで軽々とルークを抱えると皆で奥へ急いだ。


「こっちよ!」


 フェルナが奥から俺達に叫ぶ。奥で寝床の用意をしてくれていたらしく、おかげですぐにルークを横にすることができた。


「酷い……」


 ミリナがルークの体にできた大きな傷口を見て絶句していた。ルークは胸当てを装備していたにも関わらず魔物の牙はそれを容易く貫通していたのだ。


「この回復薬を使ってくれ! 話題になってる凄いやつだから効くはずだ」


 タイラーが持っていたのは俺が作った回復薬だった。


「よく買えたわね。あれって結構手に入りにくいから私も欲しいんだけどね」


 マリルはルークに回復薬を飲ませながらそう話した。


「へへっ! コネでな! お守り代わりに持ってたんだ」


 ニヤリとした顔でタイラーが答える。


「あ! 傷が消えていくよ! 良かった〜」


 ミリナは緊張の糸が切れたのか安心したようにヘナヘナと座り込んだ。


「流石話題の回復薬だな! ルークが助からなかったら一生後悔するところだったぜ……」


 ワイスもホッとしたような顔でルークを見ていた。


「おかしいわ……まだ苦しそう」


 フェルナの言葉に俺はルークを観察した。そして青ざめた顔を見てハッとなった。


 これってもしかして……

 

「傷が消えたのにどうして?」


 ミリナの顔が一転して暗くなった。


 俺はルークの体を診るとそれはあった。


 体にできた紫色の斑点……間違いない。


「この症状は……感染症です」


 俺の言葉に皆の視線が一斉にこっちに向かれた。

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