第29話
森まで歩いている途中でマリルからこの行事に貴族達は参加しないと聞いた時、心の底からホッとした。そういえば姿が見えないとは思っていた。そもそもこれは戦士科の実地訓練がメインな行事なわけで、貴族達が通う校舎にはその戦士科がないらしい。そんな会話をしているとスタート地点である森の入り口へと到着した。
……寒い時期だからかもしれないけど何だか寒気がする。
目の前に広がる森は確かに広かった。聞いた話ではここに来るのは武器や防具の素材を取りにくる戦士団員か拠り所の依頼で傭兵の人が来るだけで街の一般市民はまず来ないらしい。まだ中に入ってないのにも関わらず薄気味悪いと感じた。
「さて、君達の目的はこの森を抜けた先にある神聖の祠まで辿り着く事だ。この森には魔物がいるが、普段君達が相手にしている見慣れたものだから怖がることはない。一応サポートで医療科や薬師科と言った生徒も混ぜてあるし、教師達も待機しているから安心して目標に向かうがいい!」
先生の話の中で魔物と言う言葉が出てから周りには緊張した空気が流れている。さっきまで賑やかだった場は静まり返っていた。
やっぱり魔物は皆んな怖いんだな……
メルはまだ魔物を見た事がないと話していた。ずっと街から出ない人もいるからそういう人も珍しくないらしい。
「よし! では第一班から向かえ! 何かあったら煙幕で知らせるんだ!」
ゾロゾロと先頭にいた6人組の生徒達が森の中に消えていく。俺達は最後の班だから間を開けて森の中へ消える生徒達を何となく眺めていた。
「なあ、知ってるか? この森って最近変な噂があるんだよ」
そう言ったのは同じ班の戦士科に通うルークだった。ここに来るまでに自己紹介は済ませていて、先程俺に守ると宣言していた男子だ。話すと正義感の強い人だと分かった。背中に剣を携えていて、将来は城の守護隊に行きたいとキラキラした目で話していた。
「ああ、俺も知ってる! っていうか戦士団に関係してるやつなら皆んな知ってる話だろ〜?」
ルークの話に反応したのは同じく戦士科のワイスだ。遠距離からの弓攻撃を得意とするらしい。性格はお調子者という言葉が似合う男で、言葉使いが軽かった。こういうタイプがひとりでもパーティにいれば場が明るくなるからこの先助かる場面もあるだろう。
「はっ! あんなの単なる噂だ。こんな所に上級の魔物がいるかよ」
馬鹿馬鹿しいと一蹴したのはこれも同じく戦士科のタイラー。こちらは頑丈な鎧を纏ういわゆる防御型の戦士だ。皆より一回りデカい図体だけど言動とかを見ていると何かまだ頼りない印象がある。まあ、まだ14歳なんだから当たり前なのだが。
「どんな噂なんですか?」
俺は時間もあるし、少し気になってきたので話を聞くことにした。
「数日前に戦士団の中でこんな話が広まったらしいんです。ある戦士団員が真っ暗な夜にこの森の近くを歩いていたら地鳴りと共に森をつきぬける大きな黒い物体が姿を現したと……その団員はあまりの恐ろしさに一目散に逃げて行ったそうです」
ルークは俺にその噂を話してくれた。聞いた感じ、何だか大袈裟に盛られたような話に聞こえる。
「だけどそれを見た団員は酒を飲んでいたから信じてもらえなかったみたいですね。だから幻覚を見たんじゃないかって親父が笑って話してましたよ!」
ワイスも楽しげに話に参加してきた。
「もしもそんなのがいたら大問題よ。やっとあのヴァントスが倒されてホッとしていたのに」
マリルの言うヴァントスとは何だろ?
「あれ、誰がやったんだろうな? 化け物すぎて長い間戦士団も手を出せなかったのに一晩で死んでたなんて信じられねえよ」
驚いた顔で話すタイラーの顔を見ながら俺は何か引っかかるものがあった。
あれ? もしかして……あの魔物か?
「戦士団の中で凄い騒ぎになってたって聞いたよ。その戦士団の中ではあれより更に上の魔物がやったか世界で暗躍してるっていう闇の戦士団がやったって話だけど」
ルークの話からその重大さが十分に伝ってくる。
「そんなのどっちも良い話じゃないわ。あんなのより強い魔物なんていたら街が滅ぶし、闇の戦士団は戦争とかに金で参加するような連中よ。この国がそんな連中を秘密裏に雇うなんて考えられないもの」
俺はルークとマリルの会話を聞いているうちに確信した……あの魔物の事だと。
「……そのヴァントスというのは街の近くの山に住んでいた大きな魔物のことですか?」
「え⁉︎ まさか親から聞いてなかったんですか⁉︎ 今時小さな子供でも知ってますよ!」
一応確認を込めてした俺の質問にルークが驚いた反応を見せた。周りのメンバーもギョッとした目をしている。
「すいません。私、最近この街に来たのでよく分からなくて」
「そうだったんですか! 良かったです……もしも知らないであそこに行ってたら思うと恐ろしいですよ」
やっぱりそうだ……この前俺が倒したやつだ……
「でも良かったわ。何も知らないであそこに言って死んでしまった人も結構いるのよ」
あのマリルが心配そうな声をかけてくれる程あの魔物は恐ろしい存在だったんだとよく分かった。アークリーが言っていた事を疑っていた訳じゃないけどこれでよく分かった。
「そうなんですね……行かなくて良かったです」
マリル達の反応から倒しておいて良かったと思ったと同時に、自分の力がいかにヤバいのかもあらためて思い知る。
「お! あとは俺達だけみたいだぜ!」
タイラーに言われて周りを見るといつのまにか話に夢中であれだけいた生徒の姿が綺麗に消えていた。
「さ! 行きましょう! 俺がついていれば恐いもんなしですよ!」
ルークは俺の前に立つと嬉しそうな顔をしてそう言った。
「俺こんな状況に憧れていたんですよね〜 可憐な女性を守る戦士……今、それが実現するなんて!」
その隣を嬉しそうに歩くワイス。
「俺もだ! 男子なら誰でも憧れるよな!」
更にタイラーが続いた。
「魔物からセイナさんを守るぞ!」
「「「おおー‼︎」」」
いつの間にか仲良くなっているのが不思議だ……
「全くもう! 私とフェルナちゃんも守ってよね!」
ミリナはやる気に燃える3人に呆れたように叫んだ。
「心配しなくていいわ。あなた達は私が面倒を見るから」
マリルは落ち着いてて頼り甲斐があるからリーダーに向いていると感じた。もし、彼女がいなかったらこのパーティはまとまらなそうだ。
あれ、意外とバランスの取れたいいパーティなんじゃないか?
ふと、俺は歩きながらそう思った。
森に入ると思ったより中は暗かった。風で揺れる葉の隙間から光が漏れて明るくなったり、また暗くなったりする道をゾロゾロと歩いていく。
森の中に入るなり戦士科の皆んなは俺とフェルナを守るような陣形を展開した。男3人が前を歩き、後ろにはミリナとマリルが歩いている。森の雰囲気は昼にも関わらずなかなか恐い雰囲気を醸し出していて、皆は耳を澄ませながら会話をすることなく周囲を警戒して歩いていた。
「……まずは水のある所を探そう。この森って結構広いから迷う事があるらしい……戦士団の教えだと迷った時の為に水の確保が最重要だ」
戦闘を歩く防御特化の戦士タイラーがこちらに振り返りながら話かけてきた。
「そうね、確か森には幾つか川が通ってるから歩いている途中で水の音がしないか聞き逃さないようにしましょ」
「ねえ……さっきから魔物の鳴き声がするよね……」
ミリナの震える声が後ろから聞こえた。確かに俺もさっきから変な鳴き声のようなものを耳にしていた。
「気をつけて……いつ魔物が襲ってくるか分からないから」
今度は前からルークの緊張したような声が聞こえた。
ガサガサ!
その時目の前の草が激しく揺れると場に緊張が走り、皆の視線がそこへ集中した。
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