第27話

 フェルナさんの咽び泣く姿に俺の心が揺れた。


 今までいかに辛い思いをしてきたかが体を震わせ涙を流す彼女を見て痛いほど分かり、俺の胸を締め付ける。


 俺は堪らず彼女を引き寄せると力強く抱きしめていた。


 今まで見せていた悲しそうな顔や、人との接触を避けていた時に見せる申し訳なさそうな顔……それを思い出した時抱きしめたい衝動を抑えられなかった。


 そして少し落ち着いた彼女からここまでの話を聞いていた。


 お母さんは数年前に病に侵され、それを治そうとお父さんが旅に出て行ったらしい。彼女もお母さんを治そうとして必死に勉強していたけど結局硬化病を治すことができなかったと話した。


「あなたがいなかったらお母さんは助からなかった……本当にありがとう」


 フェルナさんはお母さんの穏やかになった寝顔を見ながら俺に感謝した。


「フェルナさんが皆を避けていた理由が分かりました。こんなに辛い思いをしていたなんて……気付けなくてごめんなさい」


 何か事情があるとは思っていた。でも、それを見ているだけで何もしてこなかった自分に腹が立った。もう少しやりようがあったんじゃないかと後悔した。


「私が悪いの。余裕がないからって挨拶もしなかった……でも、私は学校を辞めるからこれでよかったのかもしれない」


「え? 辞めるって……」


「働かないと生活できないから……お父さんが帰ってくるまで私が頑張るわ」


「もったいないです。せっかく頑張って勉強したのに……それに私はクラスの皆んなで卒業したい」


「嬉しいけどやっぱり……」


「それなら私の知り合いに頼ってはどうですか? 凄く親切な方なので助けになってくれるはずです! 私、これから相談してみます!」


 俺は椅子から立ち上がるとフェルナさんはそんな俺になんで? という顔を向けた。


「……どうしてあなたはそこまでしてくれるの……? 私はあなたに酷いことをしたのに……」


「薬師を目指す数少ない仲間だからです。こんなに頑張っている人を助けないなんてありえません」


「ありがとう……」


 あれ……この感情はなんだろう……


 初めて見せてくれた笑顔に俺の胸が高鳴る……こんな気分になるのは初めてだ……


「ど、どうしたの?」


 しばらくその顔を見つめているとフェルナさんが恥ずかしいのか少し顔を赤くして言った。


「あ……ごめんなさい。一度家に戻ります!」

 

 まだ止まない胸のドキドキに動揺しながらも家に帰るとカリスさんに事情を説明した。


 するとカリスさんは快く協力を約束してくれた。ふたりを父親が帰ってくるまで面倒を見てくれると言ってくれた。



 今日の朝も清々しい気分で家を出ると彼女が俺を待っていた。


「おはようフェルナ」


「おはようセイナ」


 彼女と笑顔で挨拶をかわすと並んで学校に向かう。


「今日もいい天気だね」


「もう寒くなってきたから起きるのが辛いわ」


 あれから季節は本格的に冬に変わり俺とフェルナの関係は親友と呼べるまでになっていた。


 こんなに早く親友になれたのは屋敷で一緒に暮らしているのもあるけど気が合うのが一番だと思う。話してて楽しいし一緒にいて安心する。


「お母さん元気になって良かったね」


「カリスさんには本当に感謝してるわ。お母さんのあんな楽しそうな顔、久しぶりに見た気がする」


 フェルナのお母さんはあれから体が治るとカリスさんの店で働き始めていた。何度か話したけど優しくて俺の母さんを思い出した。


 その為か、故郷が恋しくなってしまい、今度家に帰ってみようか考えている。


 学校に到着するといつもの様に注目を浴びながら教室に入ると既にクラスメイト達が楽しく話していた。


「あ! おはよう! セイナちゃんとフェルナちゃん!」


 いつも一番に挨拶をしてくれるメルに俺達は挨拶を返した。


「ほんと、あなた達って仲が良いわね」


「ほんとだよな!」


 カーラとカイルはそう言って俺達を出迎えた。


「そう見えますか?」


 俺は外からそう見えているのが嬉しかった。


「ふふっ、まるで恋人同士だわ」


「な……」


 俺はカーラの答えに言葉が出なかった。顔がカッと熱くなってしまう。


「も、もう……揶揄うのはやめなさい」


 フェルナが反論するとカーラは意地悪そうな顔をして笑った。


「あはは! 冗談よ。ふたり共顔赤いわよ?」


「ち、違いますから!」


 動揺丸分かりの否定をすると、ふたりで隣同士になった席に座った。


 や、ヤバい……なんか恥ずかしくてフェルナの方が見れない。


 ただ揶揄われただけなはずなのに、胸のドキドキがしばらく止まらなかった。


 その日は何故かフェルナもあまり俺の方を向かなかった。会話が少なくて気まずい一日を過ごす事になったのだった。

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