第26話

 私がこの世界に来て14年が過ぎた。


 赤ちゃんから始まる第二の人生は世界が違えど体は健康で、ずっと夢見た普通の暮らしができる事に嬉しくてたまらなかった。


 新しい両親も優しく、幸せな毎日を過ごしていた。


 それがこんな事になるなんて数年前は夢にも思っていなかった……


 お母さんがある日体の不調を訴えたのが始まりだった……それが硬化病という治らない病気だと分かるとお父さんは治癒方法を日々探し回る一転して忙しない生活に変わってしまった。そして、ある日お父さんが他の国に治す薬があると私とお母さんを残して旅に出て行ってしまった。


 私もお母さんを助けたい思いで薬師の勉強をして治す方法を模索していた。


 前の人生で夢見た学校生活はそんな形で始まってしまい、楽しむ余裕などあるはずもなく、お母さんを看病しながら硬化病を治す薬を追い求めて必死に勉強をしていた。


 当然私だけでは分かるはずもなく学校の先生に色々と話を訊いたり、王宮の薬師の人にも会いに行った。でも、硬化病と聞いた瞬間皆首を横に振ってしまう。それを見る度に時私の心は折れそうになった。


 そして数日前……お母さんは遂に意識を失くしてしまった。


 硬化病は徐々にお母さんの体を蝕み、もう体の半分が石のように固くなっていて、誰が見ても助からないその姿に、私は自分の力の無さを痛感した。


 私はその時、何故か前の世界で出会った男の子を思い出していた。


 あの時もこんな感じだった……生命が消えかけるような蒼白な顔……いつ止まるか心配になる程弱い呼吸に胸が締め付けられた。


 そんな私に声をかけてくれる人がいた。


 ひとりはメルという名の女の子。私が拒んでも嫌な顔をしないで声をかけてくれる優しい子だった。毎日めげずに挨拶をしてくれるのを私は悪いと思いながらもそれを無視した。今の私に友達はいらない……どうせお母さんが死んでしまったら私もいなくなるんだから。


 そしてもう1人の女の子は前から知っていた。


 街中で噂になっている人だった。


 セイナという銀髪の美聖女。


 初めて見た時、その美しさに目を奪われてしまったと同時に彼女から漂う優しい雰囲気に懐かしさを感じたのは何故だろう?


 彼女も私に気を遣ってくれた。毎日あの吸い込まれそうになる笑顔で挨拶をしてくれるとつい嬉しくなってしまう自分がいた。


 そして彼女が薬に対して異常な程知識を持っていることが分かった。他のクラスメイトもそれに気付いて次々と彼女に質問をしていた。私も訊きたいことが沢山あったけどこんな態度をしていることもあって訊けずにいた。


 そして今日、突然それは私の耳に入ってきた。硬化病に効くと聞いた瞬間私は驚き過ぎて気を失いそうになってしまった。そして、早く話を聞きたい衝動に駆られた私は無意識に大きな音を立てて立ち上がっていた。


 皆んなの目が私に注がれ、その視線に耐えられなくなった私はその場を後にしてしまった。


 お母さんが助かるかもしれないという嬉しさと、すでに意識がない程病が進行していた事から、もう手遅れなんじゃ……という不安に駆られた。


 いつものように授業が終わると教室を出ていく。


 でも、彼女から薬の事を訊かなくてはならない。


 これが最後……もう彼女に頼るしかなかった。


 彼女が視界に入ると私は涙を必死に堪えながら彼女が通り過ぎていくのを止めて強引に私の家に連れて行った。


 彼女はお母さんを見て悲しそうな顔を見せると独り言のように何かを呟いていた。


 私は初めて人に頼った。自分でも何を言ったのか覚えていない程狼狽しながら助けて欲しいと訴えた。


 私は今、彼女が帰ってくるのを待っている。


 今頃急いでいるセイナさんには悪いけど目を背けたくなる程酷いお母さんの姿に、私の中ではもう助からないと諦めていた。


 またあの元気な姿に戻るなんて考えられない……もっと早く彼女に出会えていたら……


 そう思うと悔しさでいっぱいになる。


 私はせっかく与えられた第二の人生も結局不幸になってしまった。もしもお母さんが死んでしまったら私は後を追うつもりだ。


 もう諦めが私を支配していたその時、部屋のドアが開かれた。


 息を荒くして立っている彼女を見て涙が溢れた。彼女の目は全く諦めていなかった。


 彼女は何か手に持っている。


 瓶に入れられた液体は綺麗な光が泳いでいるようにキラキラと光っている。それが硬化病に効く薬なんだろうか……


「すぐに治るから安心してください」


 私の横を通り過ぎながら彼女は優しい笑顔でそう言った。


「本当に……?」


 彼女は私に頷くとお母さんに手に持っていた薬を飲ませた。


 するとお母さんの体がうっすらと光に包まれていった。


 私は目の前の出来事が信じられなかった……お母さんの体が光に包まれていったと思ったら石になっていた手が生き生きとした肌色に変わっていく……


「おかあ……さん?」


 お母さんの手を握るとあったかい温もりが伝わってきた。


「ううっ……」


 言葉が出なかった……目から涙が溢れて止まらない。


 私は隣にいた彼女にすがりつき大きな声で泣いていた。


 今まで溜めていた分も全部吐き出すように……

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