第22話

 学校初日が終わったその夜、寝る前に俺はアークリーに訊いておきたいことがあった。

 

「この世界の薬師ってそんなに人気がないの?」


 それは薬師の存在についてだ。


(この街のように比較的平和なところは水が綺麗で清潔を保っておる。そうすると病気になりにくくなり、薬の必要性が薄れてしまう。だから薬を作る技術が他の国よりも劣ってしまうのじゃ)


「そっか、病気になりにくいから薬が売れないんだね」


 薬が売れなきゃ生活できないもんな。そりゃやりたがらないわ。


(じゃがな……未知の病原菌は突然やってくる。歴史の中でもそれによって街や村が滅んだ例も珍しくない。もしもこの街でそれが起これば瞬く間に滅んでしまうだろう)


「恐いね……」


(過去にそういう事が起こった国は薬師の存在がいかに大切なのかが分かって薬師の育成に力を入れている。この国ではまだそれが起こっていないのだろうな)


「起こってからじゃ遅いんだ……そういえばこの世界って国同士で仲良くできてるの?」


 そう訊いたのは、もしも他の国と友好関係なら薬師の技術を共有できるはずだと思ったからだ。


(今はどうだか分からんがこの国を見ているとあまりいいとはいえなそうじゃな)


「そうなんだ……もしかして他の国を侵略してくる国とかあるの?」


(人の中には欲望を持つ者がおる。歴史を見てみると分かるが国同士の争いは繰り返されている。今も何処かで戦をしているであろうな)


 戦争……一番嫌いな言葉だ。人同士で殺し合いをするなんて馬鹿馬鹿し過ぎる。この世界にはそれよりも恐ろしい魔物がいるじゃないか……人同士で戦っている場合じゃないはずなのに。


「やっぱりどの世界でも変わらないんだね……」  


(悲しい事じゃが仕方ないな。人に欲望がある限り戦争は無くならんよ)


「そのうちこの国でも戦争が起きるのかな……」


(わしが息を引き取る数日前……ある国が何やら不穏な動きをしていると聞いた。戦力を集め、戦の準備をしているとな)


「そういえばアークリーは何処の国にいたの?」


(わしはここからはるか西にあるバーレーン国で暮らしとった。そこの王とは長年の友人でな、世界中を旅した後、知恵を借りたいと城に住まわされてな)


「いつか行ってみたいな」


(そうして貰えるとわしも嬉しいぞ! 大きくなった孫達を見てみたいからな)


 そういえば前にも約束したっけ、アークリーをお孫さんに会わせてあげたいな……


 学校初日でいつもより疲れたせいか眠気が襲い、アークリーと話している途中で眠ってしまったのだった。


 ……俺は夢を見ていた。


 目を覚ますと部屋の中は少し暗い、時計を見ると起きる時間よりまだ早かったが、寝る気になれず、ベッドから降りて窓に向かった。


 夢の内容は前の世界での事だ。今で見なかったのにどうしたんだろう? 最近あの頃の記憶が呼び出されたのが関係しているのだろうか?


 あの時、妄想は死ぬのが分かっていた俺にとって慰めだった。たとえ想像だったとしてもどんな事でも叶う魔法のように感じた。


 だから最後に会話で彼女が言った「もし、わたしが死んだら来世で会いましょ?」という言葉が俺の頭に残り、妄想のタネになってしまったのだ。


 14歳の男とあれば性に目覚める時期で、俺も病気になるまでは女の子を意識しはじめていた。男友達と誰が可愛いとか誰と誰が付き合っているなど興味津々になっていたものだ。


 今思えば俺は彼女に惹かれていたような気がする。少しの間だったけど彼女に会うのが楽しみになり、いつもムスッとした顔をしてるけど、たまに見せるほのかにはにかむ笑顔が好きだった。


 それがあの夜にした妄想に繋がったのだと思う。妄想だからと俺は彼女と来世で会うという本来なら願ってはいけない事を考えてしまった。なんて最低な男なんだろうか。


 来世だから当然記憶はないものの、ふたりは出会い、恋に落ちていくという俺の一方的な妄想だった。


 もしも彼女がこれを聞いたら気持ち悪いと突き放されていただろう。

 

 窓から朝日が昇るのを見ながらそんな事を考え、苦笑する。


 俺は彼女がこの世界に前の世界の記憶を持ちながら生まれたなんて可能性は限りなくゼロに近いと考えていた。


 確かに俺の妄想は現実になったけど流石に人を巻き込むような事はしないと思いたい。


「さて、妄想はここまでにして支度をしようかな」


 そう、これも妄想だ。この世界ではそんな事をする必要はないんだから……


「……そういえばあの子の表情……彼女に似ている気がする……」


 5人目の女の子の表情を思い浮かべると彼女のムスッとした表情を重ねた。


「でも、顔は全然違うし気のせいだ」


 さっきあんな夢を見たから、そう思わせているんだ。


 俺は頭を振って思い浮かべた顔を消し去ると学校にいく準備を始めた。


 

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