第19話

「美沙ちゃん。昨日中学生の男の子が入院してきたのよ」


 仲の良い看護婦さんのお姉さんはわたしの診察をしにきた時そんな事を話し始めた。


「そうなんだ」


 わたしが素っ気ない返事をするとお姉さんは嬉しくないの? という顔をしていた。


「あれ? 同い年の子が来ないかなぁって言ってなかった? 嬉しくないの?」


「だって男の子でしょ? わたしは女の子がいいの!」


「そうなんだ。でも学校の話を聞きたいって言うんだったら変わらないでしょ?」


「全然違うの!」


「その子、結構重い病気みたいなの。それを知ってから食事も全然食べなくなって親御さんが心配していたわ。だから美沙ちゃんがお友達になってあげたら元気になるかもね」


「嫌よ、男の子となんか。何を話していいか分かんないし」


 どうせすぐ退院していくんだ。何年か前にも女の子が入院してきたけど一ヶ月くらいで元気に退院していった。


「美沙ちゃんも良くなるといいね」と笑いながら……わたしの気も知らないで。


 今日は今まで生きてきた中で一番自分の人生を恨んだ日だった。わたしが寝ていると思って両親が話している内容を聞いてしまった。わたしの病気が進行していて年内まで持つか分からないって。


 何でわたしは生まれてきたのかな……こんなに辛い人生なら生まれてこなければ良かったのに……


 いつも見ていた屋上から見える街並みが灰色に見える。


 そんな時だった。


 いつの間にか車椅子に座る男の子がわたしと同じように外を見ていた。その目は見たことがある……この前癌で亡くなったおばさんがしていた目にそっくりだった。生きるのを諦めたような死んだ目だった。


 それからしばらく私達は話すこともなく並んで外を見ていた。


 あの時は何でそうしたのか自分でも信じられなかった。待ち合わせをしたわけでもないのにいつものようにふたりで外を見ていた時、わたしは彼に声をかけていた。


「あなた学生?」と……心の奥に溜まっていた、訊いてみたいという欲求がつい口に出てしまったんだと思う。


 すると彼は驚いた顔をして答えた。偶然にもわたしと同い年だった。


 またしばらく会話がなかったけど一度会話をしたからか、それとも自分が抱えていたどうしようもない問題を聞いて欲しかったのか……初めて話した相手にわたしの死期が近い事を話していた。


 もうどうでもよかったからかもしれない。どうせ死ぬんだからとヤケになっていたのかもしれない。


 すると彼はわたしの上をいく返答を返してきた。


「俺なんて後一ヶ月も持たないんだって」


 わたしは心底驚いた。まだここに来てから数日しか経ってないのに……どれだけ酷い病気なんだろう。


 次の日から少しずつだけど彼と会話をするようになっていた。会話というよりわたしが一方的に学校生活がどんなものなのか訊いていた。


 それから半月が過ぎると彼は屋上に来なくなった。看護婦さんに訊いたら病状が悪化して動けない状態なんだと言われた。


 それを聞いたわたしはいつも落ち着く屋上でも何故かソワソワしてしまい、足が勝手に彼の病室に向かっていた。


 そっと彼の病室を除いて誰もいない事を確認すると忍足で中に入っていった。


「な、何でそんな顔してるのよ」


 わたしは彼が驚きつつも少し笑顔を見せたから恥ずかしくなってしまった。


「来てくれたんだね。嬉しいよ」


 動けないらしく、首だけ動かしていた。その姿が痛々しくて悲しくなった。


「別に、近くを通っただけだから……」


「そうなんだ」


 それを聞いても彼は笑顔を崩さなかった。


 沈黙が病室を流れると彼のお母さんが入って来てわたしは急いで出て行ってしまった。


 彼と会ってもうすぐ一ヶ月が経とうとしていた。最後に会話ができたのは2日前の事だった。


 わたしはその前に先生から今度手術をするって言われていて、もしかしたら治る可能性があると聞いて嬉しさのあまり彼の病室に駆け込んでいた。


 彼はわたしの話を聞いて笑顔で「頑張ってね」と言ってくれた。自分はもう助からないって状況でも優しくそう言ってくれた。


 だからわたしも笑顔で言った。


「もし、わたしが死んだら来世で会いましょ?」


「うん、会えたらいいね……」


 それが彼の最後の言葉だった。


 そして……今日の夜、わたしは彼の病室に最後の別れをしに来た。


  彼の痩せこけた顔を見てわたしの頬から涙が伝った。


「この一ヶ月楽しかった……あなたに会えてよかったわ……さよなら」


 わたしは彼の頬にキスをした。


 

 今日はわたしの手術の日……絶対負けないと意気込みながら麻酔で意識を閉じた。


 目を覚ましたわたしの目に病室とは全く違う照明と天井が飛び込んでくる。


 え? どういう事? これは夢……なの?


 それにしてもリアルな夢だった。わたしは赤ちゃんになっていて今も泣き喚いている。


「&&¥#@@」


 誰だろう? 知らない言葉がわたしにかけられる。


 わたしの体がその人に抱き抱えられるとゆっくりと揺らされていた。

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