第18話

 ポートラに移り住んで数日が経っていた。前の世界でいう東京のような建物が密集した世界を探索していると、新しい発見があって楽しくて仕方がない毎日を過ごしていた。


 そんな中で学校が始まる日が段々と迫り、届いたばかりの制服をカリスさん家族に披露した。


「どうですか?」


 俺は皆の前でくるっと一回りしてみせると小さな歓声が上がった。


「似合ってるよセイナ君」


「きれい!」


「可愛いわセイナちゃん」


「ありがとうございます」


 皆に褒めてもらうと自分でも着ている服を眺めた。


 感想としては前の世界で通っていた中学校で女子が着ていた制服とは違い少し派手というか色鮮やか、尚且つ華やかな刺繍がされていておしゃれな印象だ。


「きっと学校に行ったら大騒ぎよ。だってこんなに可愛いんですもの」


 エリアさんの言葉に思わずため息が出そうになる。この数日間外に出れば人目を集めるからいい加減そっとしておいて欲しいというのが本音だ。


「できればそっとして貰えると嬉しいんですけどね」


 その本音がポロッと口から出てしまう。


「セイナ君はこの街で有名になってるからね。よくあの子は誰なんだと訊かれるんだよ。でも安心してくれ、誰にも君を会わせたりしない」


 すでに後を付けたのか俺がこの屋敷に住んでいるのは知られていて、俺がうんざりしているのを知っているからか、カリスさんや使用人の人がそういう人達から俺を守ってくれているのを知っている。


「セイナちゃんが歩いていると皆んなじっと見てるわ。この前髪を整えにいったお店で貴族に誘われていたのよね」


 そういえばそんな事があったな……それも1人じゃない、皆いいおじさんなのに14歳の俺を口説くなんてロリコンが過ぎるんじゃないか? 流石にあの時はゾッとしたよ。


「私は皆んなで楽しく過ごせたらそれでいいんですけどね」


「明日から学校に通えば更にセイナ君は有名になるだろうね。もしかしたら貴族の子に気に入られるかもしれない」


 カリスさん、それは勘弁して……もう付き纏われるのはうんざりなんだ……


「私は全てお断りするつもりです」


「あら、いい男性がいるかもしれないわよ?」


「そんな事にはなりませんから」


 絶対無いと断言できる。


「ふふ、そう思っていてもね。惹かれる人は突然現れるものよ。私もこの人と出会う前まではそうだったから……」

 

「エリア……僕だってそうだよ。まだ子供ながら初めて君に会った瞬間体が痺れたんだ。この人が運命の人だって感じたものだよ」


「あなた……」


 手をとり合い見つめ合う2人。


 ああ……ふたりの世界に入ってしまった……これはしばらくかかるな。

 

「運命の人か……いいなぁ……」


 俺にはいないと分かっていたから凄く羨ましい……というかよく考えたら俺って女の子に恋をするのかな?


 ふと、そんな疑問が浮かんだ。


 今まで会ってきた人達に特別な感情を抱くなんて無かったから気にしてなかったけどどうなんだろうか。もしかしてまだ会えてないだけで男でもそんな感情を抱くのか? いやいや! 流石にない……よな?


「アルはセイナ君に夢中のようだけどね」


 いつの間にか現実に帰っていたカリスさんにそう言われて、視線をエリアさんに膝枕されながら寝息を立てるアルに落とした。


「今はまだそういう事は……」


「ほら、セイナちゃんが困ってるわ」


「ああ、すまない。さ、そろそろ寝よう」


 俺には絶対来ない幸せ……前世の記憶がなければ良かったのにと、思わずにはいられなかった。


 その夜はなかなかさっきの疑問が頭から離れず、目を瞑って寝ようとしても考えてしまい、眠れずにいた。


「特別な人か……そういえばあの子はどうなったんだろう……手術は成功したのかな……え?」


 俺はなんでそんな事を口走ったのか……無意識とはいえ言った自分に驚いた。


 その言葉がトリガーとなってある人物が頭に甦ってきたのだ。まるで封印されていた記憶が解放されたように一気に溢れ出てくると懐かしい気分に包まれた。


 いつ以来だろうか……前の世界の記憶を呼び出すのは……


 俺がまだ病院に来たばかりで、なんとか車椅子生活ができていた時の事だ。外出禁止だった俺が唯一好きだったのが屋上で、時間があればいつもそこで暖かい日に当たっていたものだ。そうでもしないと気が狂いそうだったからだ。あの時は後一ヶ月の命だと言われた日だからよく覚えている。


 そこで会った女の子がいたんだ。


 名前はミサ……何とか美沙だったっけ? 苗字が思い出せない。


 初めて彼女を見た時、生きた目をしていなかったのが印象的で、ただ何を考えているのか分からない無の表情で柵の向こうにある街並みを見ていた。


 当然近くにいても会話はなかった。ふたりでただそこにいるだけで、それが何日か続いた時、何の前触れもなく向こうから話しかけられたのだ。


「あなた学生?」


「え⁉︎ そ、そうだけど……」


 それが最初の会話だった。


 彼女は俺と同じで難病を患っていた。しかも俺と違って幼い頃からこの病院にいると言った。


「聞いちゃったの。わたし、もうすぐ死ぬかもしれないんだって」


 初めて会話した俺にいきなりそんな重い事をさらっと言ってきた。


「でもいいわ、こんな生活なら死んだ方がマシよ」


 何か諦めたような言葉に返す言葉も見当たらない俺はお返しに自分の余命を教える事にした。


「俺なんて後一カ月も持たないって言われてるよ」


 その瞬間彼女の目が少しピクッと動いたのを見逃さなかった。流石に驚いたかな?


「そう……この病院に来たばっかりなのに残念ね」


「よく知ってるね」


「小さい頃からいるんだもの……当たり前でしょ? それに……同い年くらいの人が来たら気になるし……」


 それからは少しずつだけど話すようになって、寝たきりの状態になった俺の病室にまで来た時は驚いたものだ。


「確か最後に会った時、手術が成功すれば助かるかもって言ってたな」


 俺はベッドの上で頑張ってと伝えた。


「あれ……確かその後……ハッ⁉︎」


 俺は飛び起きるように布団からガバッと起き上がった。心臓が痛いほどドクドクと音を立て続け、悪寒が走った。


 それは最後の会話を思い出したからだ。


「もし、わたしが死んだら来世で会いましょ?」


「うん、会えるといいね……」

 

 その夜……俺はその会話を思い出して妄想していた……来世で会う2人の姿を……


「大丈夫だよ……な? きっと手術は成功しているはず……こんな事まで現実になったら俺が彼女を死なせたみたいじゃないか」


 もしも俺の妄想が現実になっているのだとしたら彼女は亡くなりこの世界に……そう思った時、俺は泣きそうになった。


「でも、彼女がどうなったのか俺には分からない……」


 俺みたいに記憶がある状態でこの世界に生まれたのかも何も分からないんだ……だから憶測で自分を責めるのはやめよう。もしも奇跡的に会えたなら精一杯謝るしかないと思った。


 

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