第16話

 2回目の14歳になっても俺は大人にはなれていない。前の世界と足したら28歳といい大人なのだが責任を負う事もなく生きてきたせいか成長した気がしないのだ。でも、この世界では前の世界より長く生きていくのだから立派な大人になれるように頑張ろう。


 そんな事を旅立つ前日の夜に考えていた。


 俺がこの世界で寂しさを感じたのは初めての事だった。


 静かな朝食だったのは家族の誰もが俺と同じ気持ちだったからに違いない。食卓にはカチャカチャと食器同士が当たる音だけがしていた。


 思い出せば生まれてから毎日こうやって家族でとってきた朝食の時間はかけがえのない幸せな時間だったんだと今になって気付く……そのうちお母さんの啜り泣く声が聞こえてきた。


「ごめんなさい……こうやって家族で食事をするのが最後だと思うと……うっ」


 お母さんは泣いていた。貧しい時でもいつも笑顔でいたお母さんが涙をボロボロと流しながら謝っていた。


「セイナを笑顔で見送るんだろ? そんな顔をしたらセイナが心配するじゃないか……」


 お父さんは困った顔をしながらもお母さんの肩に優しく手を置いて言葉をかけていたけど目は赤くなっていた。


「また皆んなでご飯を食べる日が来るよ……絶対に帰ってくるから安心して……お母さん」


 俺は泣いているお母さんにそう話しかけるとお母さんは笑顔を見せてくれた。


「セイナ、楽しみにしてるからね。あなたが帰ってくるのを……」


「うん……」


 村の入り口に向かうと村の人が全員で見送りに来てくれていた。みんな泣いてたり、寂しそうな顔をするからそれを見ているとこっちまで涙が出そうになる。トワマさんが来るまで村の人達と別れを惜しんでいた。


「セイナ……体に気をつけてね」


 トワマさんが現れた時母さんの顔を見て胸が締め付けられた。これからしばらく会えないと思うとそれはますます締め付けられて……


「お母さん……」


 堪えきれずに母さんに抱きついていた。温かい温もりに抱かれた俺は涙が溢れ出すと、それを止める事ができなかった。


「いつでも帰って来なさい。みんなでセイナを待ってるからね」


「お父さん……行ってきます」


 今度はお父さんに抱きしめられ両親との別れを終えると俺はレンに笑顔で頷く。するとレンは元気に頷き返してくれた。その顔にはもう吹っ切れたような強い意思を感じて安心した。


 皆に別れを告げるとトワマさんと歩き出したのだった。


「本当にここで良いのか?」


「はい、ひとりで大丈夫です」


 山を歩いて少ししたところでトワマさんにもう大丈夫だと告げるとトワマさんは少し不安そうな顔をしていた。


「私がひとりでポートラの街にいたのを忘れたんですか?」


 その一言でトワマさんは納得したような顔に変わった。


「そうだったな! 主人様には本当に感謝してるぜ。俺は今でも夢の中にいるんじゃねえかって思う時がある。冗談じゃなくて本気でな」


「それは良かったです。村の事……お願いしますね」


「はは! もうあの村は大丈夫だよ。今じゃ俺の弟子が何人もいてな、毎日熱心に勉強している。おかけで手も空いて来たし、もっと良い場所に変えてやるから楽しみにしておけ」


「はい! じゃあ行って来ますね」


 俺はその場でフワッと浮くとトワマさんの驚いた顔に吹き出しそうになりながら上空へ飛んでいったのだった。


 

 実は学校に通う事が決まってから今日まで学校の手続きや住む場所の確保など全てが終わっていた俺はポートラの街でのんびりしようと思いながら空を飛んでいた。


「今日から街を自由に歩けるな〜 色々見て周ろうかな」


 家族と別れて寂しいけど、その分新しい生活が楽しみになると心がウキウキしてくる。初めて行く街じゃない、カリスさんやエリアさんに店で働いている人達とも仲良くなってるからこれから毎日会う事ができると思ったからだ。


「これからどんな出会いが待ってるのかな。凄く可愛い子がいたらいいな!」


 そんな下心をのぞかせつつ視界に街が入るといつもの場所に降りていった。


 予定通りカリスさんの店に向かった俺は店員さんと挨拶をしながら奥に入って行った。


「やあ、セイナ君!」


 カリスさんは俺を見ると笑顔で迎えてくれた。


「今日からお世話になります」


 俺は学校に通う間、カリスさんの家に住む事になっている。初めは何処か住む場所を探していたけどエリアさんが「うちに住んだら?」と提案してくれたのだ。


 ふたりは今屋敷に住んでいて部屋が余っているらしく俺はそれに甘える事にした。


「皆んなセイナ君が来るのを凄く楽しみにしていたんだよ」


 カリスさんと屋敷に向かう途中で言われた言葉に嬉しくなる。


「セイナちゃん!」


 屋敷に入るとエリアさんが赤ちゃんを抱っこしながら俺を迎えてくれた。カリスさんは仕事に戻っていき、俺とエリアさんは居間に移動した。


「今日から宜しくお願いします」


 柔らかいソファーに座るとエリアさんに改めて挨拶をした。


「何だか信じられないわ。セイナちゃんと暮らせるなんて夢みたい」


 エリアさんに嬉しそうな顔でそう言って貰えると俺も嬉しい。


「私も嬉しいです。これから楽しい生活になりそうです」


「ここはあなたの家だからね? いっぱい甘えてくれると嬉しいわ。ほら、ミイナも喜んでるわ」


 エリアさんに抱かれた赤ちゃんは二人目の子供で女の子だ。笑顔で俺を見る赤ちゃんの柔らかい手に触れた。


「可愛い……」


「抱っこしてみる?」


「いいんですか!」


 エリアさんからそっと赤ちゃんを渡された俺の体に赤ちゃんの温もりが伝わってくる。俺はゆっくり赤ちゃんを揺らすとキャッキャと嬉しそうな声をあげた。


「癒されますね……」


「この子を見ていると幸せでいっぱいになるの……セイナちゃんのおかげよ……本当にありがとう」


 俺は笑顔で返すともう1人会いたい人を目で探した。


「そういえばアルは何処にいるんですか?」


 アルとはカリスさんとエリアさんの長男で、もう4歳になる。俺の事が大好きでよく懐いているから可愛くて仕方がないのだ。

  

「あの子は今お昼寝中よ、あなたが来るまで起きてるって頑張っていたけどね」


 エリアさんの話を想像すると思わず笑みが溢れた。

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