第3話
俺はこの世界に来て幸せな家庭で育っているもののどうしても貧しさが気になっていた。
だから日々何をしたらいいのかを考えていたところ賢者アークリーに出会ったと言うか取り憑かれてしまったのだが、それは今考えると俺にとってかなり幸運な事だったといえる。
俺は貧しい中でも一番気にしていた食べ物を豊かにする方法をアークリーに相談する事にしたのだ。
「……ということなんだけど何からすればいいのか分からなくて」
俺の話を聞いたアークリーがまず指摘してきたのはいつも食べている主食のイモに似た食べ物コマナだった。
(本来コマナというのはもっと水々しく甘みのある食べ物なのじゃよ)
「え! そうなの⁉︎ 信じられないよ……あれが美味しいなんてさ。じゃあどうすれば美味しいコマナにできるの?」
(簡単な事じゃ。土を元気にしてやればいいのじゃよ。恐らくお主の家で育てているコマナの土に栄養が全く足りていないのじゃろう。だから土にたっぷりと栄養を与えてやればいいのじゃ)
「その栄養ってどうやって作るの?」
(少しこの山を歩いてその辺に生えている薬草を見せてくれんか?)
「分かった」
俺は言われるがまま山を散歩するように歩いていって道中に生えている植物を手に取ったりしてアークリーに見せていった。
(なるほどな。幸いこの山には多くの薬草が生えておるようじゃな。種類も豊富でどれもよく育っておる)
「そうなんだ。その辺の道に生えてる草と見分けがつかないから雑草かと思ってたよ」
(薬草に詳しい者がここに来れば泣いて喜ぶほどの宝の山じゃぞ?)
「うちの村には薬草を使う人がいないんだ。親にも山に生えている草は絶対食べちゃダメだって言われてるしさ」
それに加えて昔、村の人が山の薬草を食べて死んでしまったという話を聞いていたから恐くて山の草には手を出していない。
(確かに薬草の中には毒を持っているのもあるな、その毒を他の薬草を混ぜることで消して他の重要な成分を取り出すことができるのじゃよ)
「アークリーは薬草に詳しいの?」
(何を言っとる。言ったであろう? この世界のことで分からないものはないと)
何て心強い言葉なんだ。
(では早速土を元気にする薬を作るかのう。これから言う3種類の薬草を集めるのだ)
「分かった!」
俺は言われた通りに3種類の薬草を採取すると今度はそれをすり潰して乾燥させた。
(それを土の上からかければあっという間に土が元気になるだろう)
「じゃあ夜にこっそりやろうかな。皆んながいる前でいきなりこんな事をしたら変に思われるだろうし」
そして夜になるとこっそりと家を抜け出し村の畑に作った肥料を撒いていった。
その効果は次の日の夕食に出てくるコマナの味で知ることとなる。
ふにゃふにゃだったコマナがホクホクしてまるでさつまいもみたいな甘さが口に広がり、別の食べ物のように変わっていて凄く美味しくてあっという間に食べてしまった。
まさかこんなに早く効果が出るなんて……
久々に美味しい食べ物で感動していると目の前の両親も驚いている。
「どうしたのかしら? コマナがこんなに美味しいなんて……」
「ああ、僕もすごく驚いてるんだよ。急にこんなに変わるなんておかしいよね」
ふふ、まさか父さんは俺がやったとは思わないだろうな。
俺は驚きながらも幸せそうにコマナを食べる両親の顔を見てやって良かったと思った。
2階の小さな部屋は俺が5歳になった時に両親が用意してくれた。元は物置だから殺風景で部屋には布団と父さんが作ってくれた木のテーブルがあるだけだ。それでも俺は凄く嬉しかったのを覚えている。
「ねえ、アークリー起きてる?」
寝る準備を済ませて布団に入ると小声でアークリーを呼んだ。
(起きとるぞい。というかお主が呼ばないとその間わしは眠っているみたいじゃのう)
「じゃあ俺が呼ばないと眠ったまんまって事?」
(そういう事じゃ。それより何か話があるのだろう?)
「うん、実はさ、この前話してたパンの事なんだ」
(おお、覚えておるぞ。確かこの世界でいうカーストだったな)
この前アークリーと食べ物の話をしていた時、俺が前の世界で好きだったパンの話をしたらこの世界にも同じような物があると話していたのを今日の食事中に思い出していた俺はアークリーにそれが作れないか相談をする事にしたのだ。
「どうすればカーストの種子が取れる植物を育てられるの?」
カーストは小麦のようなものだと想像しているけどどうなんだろう?
(あれはこの世界でもあちこちに生えている植物じゃから探せば見つかるはずじゃ。確かここはアーレー地方の南にある村じゃったな。であると……ここから西に行ったところにあるはずじゃ)
「じゃあ今から取りに行こう」
俺は寝ていた布団からムクっと起き上がると窓へ向かった。
(と言ってもそこまでの距離はかなり遠いいぞ? 1日じゃまず無理じゃな)
「そうなのか……でも何とかなるでしょ!」
体を伸ばした後、窓を開けるとスッと生暖かい風が俺の体を撫でた。
(ん? これから行くというのか? 山を越えるなど無理じゃ、他の方法を探した方がいいぞ?)
フワッ
俺は魔法で体を浮かせると窓から飛び出して一気に空高く飛んだ。
(な、何じゃと⁉︎ まさかお主その魔法を使えるのか‼︎)
アークリーの驚く声が頭に響く。
「え? これって普通じゃないの?」
この世界に魔法がある事は近所のおばさんが手から火を出していたから知っていたし、お父さんはよく氷を出していたのを見ていて魔法は身近なものだと思うようになっていた。だから最近自分でも魔法が使える事に気付いていっとき山に行っては色々な魔法で遊んでいたものだ。
(そんな事あるはずがなかろうが! その魔法が使える者は今この世界には居ないのだぞ!)
「え……そうなの? 良かった〜 今度皆んなに見せようと思ってたんだ」
もしもこんなのを見せたら大騒ぎになっていたかもしれないと想像して冷や汗が出る。
漆黒に染まる空を飛び、山を軽々と超えるとアークリーの指示で草木が生い茂る場所に降り立った。
俺は魔法で頭上に明かりを灯すと草むらを歩いていった。
「で? どれ?」
(あれじゃ、木の上に無数の種がなっとるやつじゃ)
小麦の姿とは全然違ったけど種は似ていた。
「あ、これか。じゃあこの種をすり潰して粉にすればいいんだね」
(だが、美味しいカーストにするにはちゃんとした方法で粉にする必要があるのじゃ)
「当然知ってるんでしょ?」
(当たり前じゃ)
「さっすがぁ!」
(ふふん! 任せておけ!)
本当に頼りになるなぁ。
「で、これを育てるのって大変なの?」
(そうでも無いぞ? 少し特殊な土が必要なだけじゃ。あの山にある薬草を使えばなんとかなるぞい)
「じゃあ山で栽培してみようかな」
俺はカゴ一杯に種を詰め込むと意気揚々と家に帰っていった。
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