“    ”

 何を聞かれているのか深読みしてみるが、どう思考を巡らしても質問の意味はそのままだった。

「お前はステージ2の奴だから知らないのか。あのゴーグル男は所属こそプッイだけど、誰にも付かないって、ステージ3の奴らの中では有名なんだ。レベルがあれだけ高いのに誰も狙わない。誰も助けない。あいつの目的は何なのか、誰も知らない。気味が悪いから誰も近づかない。お前、騙されてるんじゃないか? アイツが誰かを育てるなんて聞いたことないし」

 淡々と無表情で語られる文章に、クリプトンは鼓動を早めてしまう。今まで抱いていた小さな違和感の積み重ねが胸にのしかかる。

 彼は、理由があって自分を選んで戦場に引き込んだ。しかし、しっかりした理由は未だ聞けていない。

「ハイドロの目的は人探しだよ。本人がそう言ってたし……」

 それなら、なぜ自分を戦場に呼んだ?

「じゃあ何で、お前の教育に付いてる? 目的があるなら余計に……はっきり言って、邪魔だろ」

「それは……」

 降り積もる疑心。繋ぎとめていたい心頼。


「分かんない。分かんないけど、俺は信じたいから信じる」

 誰が何と言おうと、自分を助け、ここまで育ててくれたことに変わりはない。腐っていた脳味噌を蘇生させ、真の平和を教えてくれた。あの憎まれ口、全てに愛を感じる。自分を本当の意味で産んでくれたのは彼かもしれない。そう信じていたい。

「あっそ。敵の言葉なんて鵜呑みにしないけど、参考までに聞いといてやる」

 アルゴンは、もうどうでもいいと言うように足元を見つめた。

「そういえば、アルゴンも人探ししてるってハイドロが言ってたけど、ホント?」

「なぜそれをっ」

 ハッとしてアルゴンは口を塞いだ。ハイドロに言い当てられた時の自分のようだと、クリプトンは心で笑う。

「コイオリードでは、戦闘員にならないと人間扱いされないとは聞いてる。でも、アルゴンは他の理由もありそうだなって」


 聞かせてよ。


 アルゴンに向かって微笑む。

「……うるさい。お前に話す情報はない。拷問されてもな」

「そんなことしねえよ……」

 ふと、地平線を見つめる。地の淵が徐々に白みを帯びている。それに合わせて空も明度を上げていく。

「この惑星にも昼が来るんだな……ん、だからか! 植物や動物がいるのって! 昼が始まると流星群が止むってことかも」

 うんうんと納得の声を弾ませる。

「昼っていうより、『朝』だろ」

 アルゴンは腕を組んで訂正する。

「あさ?」

 クリプトンには初めて聞く単語だ。

「は? 朝も知らないの? 本当に、お前……」

 そこでアルゴンが口を閉ざしたのは、クリプトンの光る眼差しに自分が塗り潰されそうになったからだ。そんな錯覚が起きるほどクリプトンの目は光を受け取って反射していた。

「……他のとこは知らないけど、コイオリードでは昼と夜だけじゃないよ。夜が終わると、朝がくる。夜明けともいう」

 目のやり場に困って、アルゴンは地平線に視線を向ける。「ここに海があれば、碧海が見られる」という豆知識も飲み込む。クリプトンが夜の海に喜んでいたから、朝の海も教えたいなどと思ってしまった。

「『あさ』かあ。いいな、あさ。俺、あさが一番好きかも」

 朝の匂いを吸い込む。頬に、髪に、爽やかな風を感じる。じりじりでもなく、燦々でもなく、ほんのりと包んでくれるような温かさが溢れる。パラボラのように一日が広がっていく。プッイでは一生、感じられない空気だ。

「朝が、初めてなの? お前」

「うん。昼の感じは何度か経験してんのにな。戦場とか、お嬢の家とか」

 どれも、いい記憶ではないが。

「お嬢? お、お前には、パートナーがいたのか!?」

 アルゴンの無表情な声にグラデーションがかかる。赤か、青か、それ以外か。

「いたらもっと自慢してるわ、ぼけえ!」

 白目をむいて言い返すクリプトン。彼の渾身の歪面をアルゴンは真正面から受けた。


「ふっ、はは」


 弾けるような動物性の笑顔がクリプトンに向けられる。見えた牙に好戦は感じない。

 遠い地から覗く光がアルゴンを照らし、祝福のパラダイスにいる幻想。クリプトンの時は止まった。

「お、俺っ……!」

 クリプトンは、目の前にいる“大切な彼”を抱きしめたい衝動を抑えた。前回の失態を繰り返したくない。

「何だよ」

「い、え、えっと」

 アルゴンはうらぶれた表情に戻った。一瞬だけクリプトンに見えたパラダイスはぼやけて消える。しかし、何であれ色がある顔の方が無表情よりはましに思えた。

「あ、タイムリミットだ」

 アルゴンの身体が薄くなる。色を、持ったまま。

「アルゴン」

「ん?」

 大切な彼に、手を伸ばす。

「また、会おう」

 アルゴンの目が見開かれる。そこへ、地平線から伸ばされた光が浮かぶ。

「……調子に乗るな」

 クリプトンは彼の手を掴み損ねた。それでも、最後に、触れたい――


「……っ」

「……え」


 正気を戻したクリプトンは自分の行為が信じられなかった。彼の頬に触れて、唇にまで……

「あっ、あ、ごめん……!」

 飛び上がるように後ろへ下がる。自分の唇は寒がっている。ざらついた感触が既に恋しい。

 このような行為は、彼を「痛む記憶の底」へ引きずっていってしまう。クリプトンはそう思った。

 だが、“愛しい彼”の過去に、その行為の意味を知る契機などなかった。何よりも彼の表情がそれを物語っている。

 疑問を瞼で閉じ込めて、アルゴンの身体は朝に消えていった。


 地上で立ち尽くす一人の影を、戦闘機の操縦席は眺めていた。







 今回も得点は0だった。クリプトンはハイドロに何を言われるやらで気を張っていたが、ビルに戻った後もお咎めしない彼に安心する。だが同時に、アルゴンのことも聞かれない。

「ハイドロは何やってたんだよ」

 手套を脱ぐハイドロに声を掛けた。傷だらけの手が覗いているのが見える。

「あの惑星丸ごと爆発しうる隕石が落ちてきたんでな。ちょっと救いに?」

 彼は肩をグルグル回しながら答えた。

「ハイドロ、お前さては人間じゃないな?」

「分かっちゃった? せーいかーい」

 いつものように飄々としているハイドロに、降り積もった疑問をぶつけようか迷うクリプトン。

「なあハイドロ」





「腹減らねえ?」

「お、いいねえ。どこ行く?」

 結局、その場で質問するのはやめた。

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