octa
流星の再会
あれから一週間。街に戻った後も、クリプトンはアルゴンのことで頭がいっぱいだった。小さな身体、冷たい声、幸せを知らない人生、壮絶が当たり前の過去、抱きしめた時の震え、夢と重なった現像のような光。全てが自分を狂わす。あの後、いくつか点数は確保した。だが、もはや自分の点数などどうでもよかった。
「クリプトンくーん」
例によってハイドロは窓からクリプトンの家にお邪魔する。地獄の底から這い出るような低い声。
「ほい」
ハイドロが求めているものは用意していた。ばさりと手渡す。
「二の、四の、六……よし、許してやる!」
修理費の束を渡すとハイドロは満面の笑顔になった。言わずもがな口元しか見えないが。
「全部お前が出すんだ? アルゴンには出させないの?」
「いいんだ。俺が全部出す」
敵のアルゴンがやすやすとお金を渡してくれるとも考えられないし、払わせたくないというプライドに似た私情もある。それに、次はいつ会えるかなど分からない。
「ふーん。これから会いに行くのに?」
「え!? 会えんの!?」
ガタつく椅子から飛び上がるクリプトン。
「だって、これから戦場行くだろ?」
「行くけど、また会えるかは分かんねえだろ?」
「俺を誰だと思ってる?」
キザに親指でポーズを決める。
「天下のハイドロ様だぞ! 勘で分かる!」
「はいはい」
少しでも期待した自分が馬鹿だった。椅子に戻る。
「なんてな。工作したんだよ」
「なにぃ!? それいいのか!?」
再び飛び上がる。今度は椅子が横転した。
「駄目に決まってんだろ。でも、それぐらいやらなきゃ世界は変わらない」
本当に駄目だと思っているのだろうか、悪びれている様子が一ピクセルも見えない。
「どうやったんだ?」
「別にどうだっていいだろ。さあ行くぞ!」
修理したての戦闘機に、首根っこを掴まれたクリプトンは飛び乗った。
確かに、ハイドロは「会える」と言った。しかし、こんなことを誰が想像しただろう。
「再会はっや!」
「何でお前が……!」
戦場に降り立った途端、クリプトンとアルゴンは再会した。それも、流星群が絶え間なく降り注ぐフィールドで。アルゴンの方は一人だった。
『お、よかったじゃねえか。ここも自然が多いし、そこで運命的な再会! まじ奇跡!』
全てはハイドロが仕組んだ奇跡だろう。クリプトンは滑らかな公式で答えを出す。
「って、話してる暇ねえ!」
戦闘機に乗っているハイドロ以外は流星群から逃げる。走って走って、隕石の衝突を避けられる場所を探した。だが、クリプトンには暗すぎるフィールドだ。プッイのように明かりもない。
「おいアルゴン! ここのフィールドに来たことは!?」
「ない」
「攻略方法、未知じゃねえか!」
息を切らし、とにかく走る。自分の身体より大きな隕石をかわした。しかし、クリプトンには小さすぎる石は見えない。
『クリプトン!』
「そっちは!」
ハイドロとアルゴンの声が被った。
「えっ」
大きな隕石を避けるのに使われていたクリプトンの神経は、小さな欠片を通してしまった。
「間に合え……!」
小さな身体で小回りを利かせ、アルゴンは障害を淡々と避ける。真っすぐクリプトンに向かう直線を見つけると、スピードを急速に上げた。
「伏せろ!」
寸前で聞こえた声に従い、クリプトンは大きな背丈をかがめた。しかし、スピードを保ったまま低めた身体はもつれて崩れる。
「うぐっ」
重力に手助けされた小さな欠片は、容赦なく重みを蓄えて炎を纏う。だが、クリプトンが呻いたのは、アルゴンの頭突きが横腹に炸裂したからだった。
吹き飛ばされ、無傷なクリプトンは地面に転がり、頭を強打した。
「おい、目を覚ませ!」
アルゴンがクリプトンの視界を占める。
「僕が助けた意味がないだろ! おい!」
瞼を開く力が奪われていく。
クリプトン!
最後まで残るのは聴覚って本当だったんだな。
クリプトンは思う。
ビービー……
サイレン? 死の直前って、こんなやかましい音が聞こえるのか?
ビービー、ビービー。
にしても、どこかで聞いた音だな。アラームか……
ビー! ビー!
違う! これはハイドロの戦闘機だ! 「お前、法に触れそうだぞ」って警告の。
『おねんねにはまだ早いぞ! クリプトン!』
聴覚が戻る。視界が晴れる。身体の感触が始まる。
高く宙を飛ぶハイドロの戦闘機が、クリプトンとアルゴンの周りに落ちる流星群を撃ち抜いていた。その距離があまりにもアルゴンに近いため、戦闘機内にアラート音が響いているのだ。無線を通じた喧騒がクリプトンの意識を引き上げた。
「おい、走れるか!」
アルゴンが目と鼻の先で叫ぶ。
「ああ!」
揺れる頭を押さえて返事をした。よろめきながらも立ち上がり、走り出す。
「こんなに爆弾が降ってくるのに、何で植物があんだよ?」
ハイドロの援護射撃もあり、二人は逃げ場を探しながら走ることができた。クリプトンからすればアルゴンの一歩は小さいが、素早さはあまり変わらない気がする。アルゴンがどれほど血も涙も呑み込んで苦労してきたのか、クリプトンは頭の片隅で考えてしまう。
「植物か、落下物か、地形か、何かが特殊なんだろうな。とにかく、タイムリミットまで生き残れる場所を探そう」
アルゴンの述べた仮説を咀嚼しながらクリプトンは辺りを見回す。燃え死んだ植物や荒地のような地肌はある。だが、それと同じくらい、茂った木々や草が見える。地底か、遠くの場所に水があるのだろう。
『まずい!』
鼓膜にハイドロの声が突き刺さってきた。
「どうした」
『説明してる暇もないほどまずいことが起こる! 俺が帰ってくるまで二人は生き残ってくれ!』
「は? わけ分かんねえよ。どういう……」
『絶対、迎えに来るから!』
それだけ残すとハイドロの戦闘機は上昇し、二人の軌道から逸れた。
「はあ!? 何だよあいつ、これじゃ避け切れねえって!」
唾を吐くクリプトン。
無言で二人の会話を聞いていたアルゴンが大声を出す。
「あそこ、地底に続いてるんじゃないか?」
指差された場所は小さな洞穴ではあったが、ここよりは安全に思える。
「飛び込もう!」
二人はギリギリのところで穴へ飛び込んだ。
その洞穴は入口こそ小さかったが、進む内に広くなっていった。数分も歩いていると、クリプトンが腰を折らなくても余裕で歩けるようになった。二人は並んで歩く。明かりはクリプトンの物を使用していた。
「お前、明かりも持ってないの?」
自分よりも三十センチは小さいであろう頭に声を掛ける。
「しょうがないだろ。あのダサゴーグル男に、持ち物を全部壊されたんだから」
それを聞き、ここに来る前にハイドロから仕入れた情報を思い出す。
――コイオリードは戦力があるけど資源がない。一度、武器を破壊されると次の供給までに時間がかかるんだ。
だからアルゴンは、まだ自分のことを襲わないのだろうとクリプトンは理解した。自分を流星群から助けてくれた理由は分からないが。
それよりも、戦闘員が丸腰でも戦場に投げ出すコイオリードという国をやはり自分は好きになれない。
足元を、ちっちゃな爬虫類が駆けていく。
「ここにも動物。やっぱりおかしいよな。こんなに爆発する土地で動植物が存在するなんて」
踏まないようにクリプトンは注意する。
「……そういえば、地上の爆発音、収まった?」
アルゴンが気づいて、クリプトンもようやく気づく。
「確かに。さっきよりは音が小さい。落下物が減ってきたのかもな。あ、もしかしてハイドロが何とかしたのか?」
目の前の道が上り坂になる。踏みしめて登っていくと、トンネルの出口のように暗闇が薄らいでいった。
「外か!?」
二人は出口に向かって走り出す。そこでは、もう爆発音など夢の話で、ただ静かに、風がそよそよと植物と戯れていた。
「さっきより明るい? これもハイドロ?」
洞穴に逃げ入る前と比べて空の状態が違っていることにクリプトンは気づいた。そして、先程からアルゴンが黙っていることにも。
「どうした、アルゴン」
名前を呼ぶと、ピクリと彼の肩が動いた。
「……一つ、聞いてもいいか」
暗闇を閉じ込めたような瞳でアルゴンは尋ねる。
「何だよ?」
「あのゴーグル男のことなんだけど……あいつ、本当に仲間?」
「は?」
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