tetra

鍾乳洞

「おい、ハイドロ」

「何」

「何もしてないのに点数を貰うって、いいのかよ」

 告白を揉み消される代わりに頂いた5点を思うと、クリプトンは不満である。

「駄目に決まってんだろ、馬鹿か」

 その回答に、握り拳をスタンバイするクリプトン。

「でも、これでクリプトンのレベルだけは上がったんだ。能力が追い付いてるかはお前次第だが、少なくとも、周りはお前をレベル33と見てる。これが何を意味するか分かるか」

 ハイドロの真面目な声に思考を動かされる。クリプトンは考えた。有力候補は二つ。一つ、クリプトンを買い被った敵が自分を潰しにかかってくること。二つ、クリプトンを恐れたレベル33以下の敵が自分にひれ伏して戦闘にならないこと。

「一長一短ってことか」

「長だろ」

 ハイドロがニヒルに笑う。

「クリプトンの目的は何だ。皆のために戦争を終わらせるんだろ。敵がお前を狙って来たとすれば、お前にとっては探す手間が省けたってことだ。それに、クリプトンには俺がいる。雑魚にお前は殺させない。ほら、長しかないだろ?」

 ニヒルはクリプトンの見間違いらしい。真正面からハイドロの笑顔を見ると、頼もしく明るい風を感じた。

「そうだな。ポジティブ大事!」

 ハイドロにつられるようにクリプトンも笑っていた。

「長がいいっていう思考は何でなんだろうな。長すぎては、いけないものもあるのに」

 急にトーンを落としたハイドロが疑問を呈する。

「長いなら切ればいいけど、短いとそれができないからじゃね? 長所、短所とも言うし」

「短いと伸びしろがあるけど、長いと伸びしろが短くないか?」

「何なんだよお前は! 考えすぎてっと、進めねえぞ」

「……そうか」

 ハイドロが短く返事をする。

 十一ページと十二ページの間に、知らなかったページが存在することもある。それを見つけるのは困難だが、その概念を知ることはできる。ただ、心に引っ掛かる隙間ができるだけで。

「それよりも、早く行こう! 早くレベルを上げなくちゃ」

「……」

「ハイドロ?」

「……よし、行こうか!」

 テンプルから手を離し、ハイドロはビシッと親指を立てた。







 いつものようにベルトのボタンを押し、戦場に飛ぶ。しかし、着いた場所でクリプトンは、自分が目を瞑っているのかと思った。

「ん? 瞼を開けても暗い? あれ、俺今、目開けてんの? 瞑ってんの?」

「ちゃんと開けてるよ。ここが暗すぎるだけだ。ちょっと待ってろ……」

 急激に広がった光の波に、クリプトンは目を細める。

「眩し!」

 腕で庇う。

「目が慣れたら見渡してみろ。凄いぞ」

 ハイドロに促され、瞳へ光を少しずつ取り入れる。川の水が流れ込むように、徐々に光が差し込んだ。


「わぁ……」

 腕の力を抜くと、そこには鍾乳洞が広がっていた。ハイドロの戦闘機から放たれる光が岩壁や宝石のような物質に反射し、青い幻想的な景色を見せる。それはネオン街の光より透き通って見え、氷柱のように連なった雫は時折、ポチャンと足音を立てた。圧迫感は否めないものの、自然の壮大さと厳しさを差し迫って感じる。空気も音も、何もかもが街とは違った。神秘を具現化したようだ。

「クリプトンは、鍾乳洞は初めてか?」

「ああ、これが鍾乳洞っていうのか。初めてだ」

 自分たちの声が響き、敵に聞こえるのではないかと不安が過る。それと同時にホウ岩レーダーが反応を始めた。

「ラッキーじゃねえか。ここはホウ岩の宝箱みたいだ」

 ハイドロもレーダーに気づく。

「……なあ、ハイドロ」

 自分一人では輝けない宝石たちを眺めながら、クリプトンはふと疑問が浮かんだ。

「ん?」

「ホウ岩って、何に使われてんの? 名前は戦闘員になる前から知ってたけど」

 ハイドロの口は、信じられない奇怪を目の当たりにした時のように丸く開けられた。

「知らなかったのか!」

 そのリアクションに、今度はクリプトンが驚く。

「知ってて当たり前なの!? 常識なの!? 俺が非常識!?」

「いやまあ、常識っちゃ常識だけど、それは一部の世界に限った常識だから、クリプトンは知らなくてもしょうがないけど……それにしても、知らないとはねえ……」

「やっぱ常識なんじゃん!」

 クリプトンは地味に傷ついた。

「この戦闘機もそうだけど、武器の一部にもホウ岩が使われていて、結構メジャーな物質なんだ。それ故にホウ岩は売れるし、応用品も活用法も日々発明されてる。その成分は植物や動物にも必要なもので、人間の身体にもそれが入ってるんだよ。少し前までは、動物の体内で何の役に立っているのか知られてなかったんだけど、昆虫には害になるって特徴を掘り下げていったら……」

「分かった分かった! 俺には覚えきれない! 降参だ!」

 ハイドロから提供される猛烈な情報の荒波に飲まれ、クリプトンは音を上げる。

「何で鍾乳洞に来てまで、ホウ岩の話を延々と聞かされなきゃいけないんだ!」

「お前が聞いたんだろ!」




「やれやれ、ホウ岩を探しますか。大きいのあるかなっと!」

 レーダーに従い、ゴツゴツした岩を降り、クリプトンは歩き出した。後ろからは辺りを照らしてくれるハイドロの戦闘機が付いてくる。

「鍾乳洞で戦闘機は、狭くない?」

『俺の才能を舐めんなよ。縮小可能ですう』

「え! じゃあ、ハイドロも小さくなっちゃうってこと!?」

 小さくなったハイドロを想像して、小さくなってもうるさそうだと心で笑う。

『小さくなる……うん。合ってるけど、そのままだと語弊があるっていうか……正確には空中の……』

「ああ大丈夫。説明はいらないから」

 ハイドロの口ごもりの次に来るのは複雑怪奇な解説だと学習したクリプトンは先を遮る。ハイドロの理詰めサイドは、クリプトンから見て「興味はあるが手を出せば火傷しそう」というのが本音だった。


「なあハイドロ。お前はきっと、この国、いや、この世界にとって重要な人物なんだろうよ。それなのに、あまりにも名が静かすぎないか。お前は戦場にいるより、上の地位で世界を動かしてそうじゃん。こんな、無知な俺と同じ戦場にいなくたって。探し人も、ヒエラルキーの頂点にいれば余裕なんじゃ?」

 少しの沈黙を食べ、ハイドロの声が伝わってきた。

『俺が既に、この惑星を支配する立場になっていたとして、お前らの記憶を随操作していたら? 都合の悪い未来に転んだら、全生命の記憶を消してやり直す。俺の名前は、生物たちのデータベースには残らない』

 クリプトンの背筋が凍る。こう話している最中にも、自分は彼に記憶を消されるかもしれない。いや、既に何度か消されていて、この会話はn回目……

「ハイド……」

『なあんてな! 世界は五秒前に作られたわけねえし、サドンデスもねえよ。少なくとも人間の感覚ではな。俺は、自分のために犠牲を出そうだなんて思わない。だから、レベルだって宝探しで上げてきたんだ』

 そうだった。ハイドロは最初から、そのように話していたじゃないか。

 クリプトンはレーダーから顔を上げる。

『それに、俺の探し人は勢利じゃ見つからない。俺が、俺のまま探さないと意味がない。粒子をこの目で見てしまっては壊れてしまうのと同じように、俺は俺のまま……』

 再びハイドロは口ごもる。

『理詰めは、お嫌いだったな。とにかく、俺は自分の目的を達成したい。それも、“あいつ”が拒絶しないやり方で。それでこそ、俺の本当の……生きる意味、の一つ』

 明快なようで七難しい口調に、理解できないクリプトンは自分が安っぽいアンドロイドに思えてきた。何をどうこねくり回して考えても彼と同じ次元に立てる気がしない。質量が違う。そんな自分に彼は何を見出したというのだろう。遊ばれているのではと疑うが、どうしてもそんな気にはなれない。それは、ハイドロの人間性に惹かれているからなのだろうか。

「俺には分かんねえけど、見つかるといいな。その“あいつ”が」

『ねじれも、もつれも、反比例も……あいつなら、いい加減に遊んでそうだけどな』

 会話に微妙なねじれを感じなくもない返答だと、クリプトンは完全理解を諦める。それが分かったのか、それ以上はハイドロも話すことはなかった。




 レーダーの反応が大きい。クリプトンは立ち止まる。それに合わせてハイドロの戦闘機も動きを止めた。

「ここら辺なら、いい感じに大きいのが取れるんじゃないか?」

『掘ってみろよ』

 クリプトンは腕に力を入れ、普段ならこちらの指が折れるほどの岩を掘り進む。五メートル、十メートル。

「お、いいぞ?」

 レーダーがこれでもかと反応を見せている。岩が巣穴になるくらい掘ると、クリプトンは携帯していた明かりを灯した。

『――クリプトン!』

 キンとするようなハイドロの声が聞こえてくる。次の瞬間、クリプトンは視界が反転したのに気づかなかった。岩は、どこを見ても岩だからだ。

『クリプトン! 何してる! 敵だ!』

 ハイドロの無線。そこで初めて、自分が敵に倒されたのだと分かった。

「ホウ岩……!」

 起き上がって明かりを手に取り、ホウ岩があったであろう場所を照らす。既にレーダーは無反応を決め込んでいた。

「やられた! 敵の姿も見てねえ! ハイドロ、そっちに行ってねえか!?」

『捉えた! でも、俺は手を出せない。クリプトンが自力で追いつけ』

「嘘だろ!」

 掘り進んだあの狭い空間で気づかれることもなしに、一瞬で自分を倒し、一瞬でホウ岩を奪っていった敵の巧みさに一泡吹かせられたクリプトン。それでも、力には自信を付けてきている。さらに、ここまで体力を削って堀り続けていたこともあり、悔しさだけで堀り始めに戻るよう走り出した。水の泡で一泡吹かせられたのではプライドが許さない。


 岩の外ではハイドロの戦闘機が待ち構えていた。

『右だ』

 返事を返す余裕もなく、クリプトンは言われた方向へ走る。敵と思わしき背中が遠くに小さく見える。

「ああーもう! 足止めぐらいしてくれてもよかったのに!」

『嫌だよ。うっせえ強制オプションが付いてんだもん』

 ハイドロがこのステージで攻撃をすると、姦しいアラート音とまみれなければいけない。それはクリプトンもごめんだった。だったが……

「くっそおぉ!」

 とにかく今は追いつこうと敵の背を追う。

『あんなに速い奴に、お前が全力だけで追いつけるとでも?』

 嫌なこと言ってくれる……

 だが、クリプトンは息を吸うことに精一杯で、自分の体力が爆上がりしていないことを思い知った。


 俺は、まだまだだったか。


『反省も改善も後だ。今できることは何だ? 体力もない、速度もない。それなら?』

 ハイドロはクリプトンを煽っているわけでも、責めているわけでもない。彼の目的は。

「考えること!」

 足を動かしたまま鍾乳洞を広く見る。足場の悪い道はこのままカーブを描き、右に逸れる。視界の端に、岩が崩れ、窓のように開いている壁穴を見る。窓の外は、底が抜けた暗闇と分厚そうな岩壁。しかし、今走っている道が右に逸れるなら、あの壁の向こうは……

 クリプトンは伸るか反るか、岩の窓に飛び乗る。

「できるさあああ!」

 残った渾身の力で窓枠を蹴ると、壁をめがけて強く飛び上がった。

「あああああああぁーー!」

 暗闇を飛び越え、壁に拳を向ける。風も重力も、今は味方だ。

「ぃけえええええええええええええ!!」


 頑強なビルが一つ崩れるような爆音が大振動を起こし、クリプトンは無謀を知る。壊れた壁をくぐれるほど、自分は強く飛べなかった。


 もう少し、踏ん張れてたら……


 クリプトンは奈落の底へ落ちる覚悟をした。目の先には、粉々の岩壁から開かれた道が見えているのに。

『俺がいんだろ!』

 ハイドロの戦闘機が真下へ飛んできた。クリプトンはそこへ落ちていく。

『踏み台に!』

 ハッとしたクリプトンは足先に集中する。戦闘機まで三、二、一メートル……

「ふんぬうっ!」

 全身で戦闘機を踏み、再び空中へ放り出される。クリプトンは、自分が空けたばかりの穴に飛び込んだ。向こうから走りくる敵が見える。手を伸ばせば、そこに。

「うおおおおおおぉぉぉぉ!!」

 重力を拳に宿し、今度こそ敵へ振りかざす。鉄がめり込むように敵の頬へパンチした。弾丸のように吹っ飛ぶ敵は、飛んで飛んで壁にへこみを作って止まる。クリプトンは跪いて、体力を取り戻そうと必死に呼吸をした。

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