empty set

 ……計算すればするほど違うんだ。∵こんなにも似た何かを感じる。俺の実験がφだっていうのか? 何かが狂ってる。この時代に? それとも、違う時代から? 未来で、俺が――から、何が起こったんだ。誰かが――を、誤動作――し……Σ……だとすれば、どこかで――が崩壊して……


 夢現から、耳が先に浮上する。徐々に身体が追いつき視界が開けた。

「ここは……」

 クリプトンは身体を起こす。だるさは残っているものの動けないことはない。目の前では電子火が焚かれており、自分は小さな洞窟内で寝かされている。

「お目覚めか、クリプトン」

 声のした方に首を回す。

「ハイドロか……」

 クリプトンは、ここが敵の巣窟ではないことに落ち着く。それと同時に、まだ戦場にいるらしいことを知った。洞窟の外では、腹を空かせたような雪嵐が未だに空間を占めている。

 背を向けているハイドロはゴーグルをかけた後、クリプトンに振り返った。

「お前、やっぱり熱出したじゃねえか。蟷螂の斧ならぬ、蟷螂の刀だな」

 ケラケラと笑い声が響く。

「俺、熱出してたのか」

 自分の体調に支障をきたすのは初めてだった。街にいた時、身体が悲鳴を上げるほどの場所にいたことなどない。それが今回初めて限界値を超えていたというのだ。


「動けるか? もう少しでタイムリミットだけど」

 クリプトンは、そんなに寝ていたのかと驚く。ハイドロはその間、クリプトンを守るために長時間待機していたのだろう。暇つぶしにか、床には文字や数、線が模様のように夥しく残っていた。その上に足を乗せてみる。これだけかかれているのに、クリプトンに理解できる節は一つもなかった。

「何だこれ、顔とか、描いてあるの?」

 目についた、ある記号を指差しで質問する。

「あはは! 顔じゃねえよ。ただの記号。それ自体には意味はない」

 しかし、クリプトンにはどうしても顔にしか見えない。点が三角形に三つ並んでいる。

「シミュラクラ現象だな」

「島が村外商?」

 まだ頭が重いクリプトンには聞き取れなかった。

「シミュラクラ現象。防衛本能で、ものが三つ集まってると顔に見えるってやつ」

 そういえば、小さい頃にはよく見た現象だとクリプトンは思い起こす。主に、眠りに就く前の布団の中で。

「昔だったら、もっと楽しく説明できたんだ……ごめん」

「え、別に俺は、どうせ覚えられないし……」

 急に謝ってきたハイドロにクリプトンは戸惑い、返事に困ってしまった。

「何か……どうしたんだよ、ハイドロ」

 彼にしては弱々しい雰囲気に、心配になる。回らない頭で考えてみるがフラッシュしてしまう。

「やめとけ。戻るまで、何も考えなくていい」

 誰を労わっているのか分からないハイドロの言葉に甘え、クリプトンは暗号を見つめる。彼の足元では「∵」が、彼を見つめ返していた。




 タイムリミットを越え、無事にビルの部屋に戻って来た二人は早速着替えることにした。隙間から入った雪で濡れた衣服を取り換え、ブラックスーツに身を包む。

「今晩は真っ直ぐ帰れよ。患者は早く寝るのが一番だ」

 ハイドロはそう残し、小さい背中で部屋を出ていった。

 残された患者は今日の成果を覗く。27.375点。

「こんな頭で、小数点以下なんか見れっかよ」

 小数点さえ頭にくるクリプトンであった。








 天からの光が差し込むビルの最上階。部屋に呼ばれた男は、椅子に座る男と対面する。

「待っていたよ、Arg18」

「お待たせいたしました」

 Arg18は頭を下げる。

「それで、お話というのは」

 頭を上げ切らずに話を始めるArg18に、男は笑う。

「そんなに急がなくても。まあ、それも君のいいところだが」

「次の作戦ですか」

「そう。君には、ちょっと動いてもらいたくてね」

 頷いて続きを促す。

「そうか。待てないか。いいだろう! 説明を始めよう」

 Arg18は快晴に迷惑そうな顔をしてから、話題に入っていった。

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