天国みたいな星

 クリプトンは画面を見つめる。戦争の動向、政見、永遠に変わらない明日の天気。永遠に変わらないのに、なぜ毎日見ている? どうして変わらない? 考えて考えて……

「どうしてお前がここにいる」

 クリプトンは耐えかね、何故か窓枠に腰かけていたハイドロに話しかける。窓から来訪者が来たことなど人生で一度もない。自分の家を教えたことも、一度もない。

「せめてドアから入れよ。そこは窓だ」

「いや分かってるよ?」

 戦闘機のエンジンを空中で止め、宙でおとなしくしているそれを背に、ハイドロはずっと窓枠に座っている。足を崩して頬杖をつき。

「分かってねえだろ。そこは窓。ここはプライベート。用がないなら出てけよ」

 戦場に誘うならまだしも、何も言わずにそこに座られているとクリプトンは気まずい思いがする。自分の生活が覗かれているような。

「考え事してて。クリプトンは街で人を殺したこと、あるか?」

「ねえよ」

 即答する。あまりにも愚問だ。戦場外で人を殺すと、二度と普通の生活はできなくなる。法的に自分が人間ではなくなるからだ。


「戦場では人を殺すことが善なのに、一歩戦場の外へ出ると人畜無害が是になる。これに矛盾を感じないか」

「感じない」

「どうして」

 クリプトンは腕を組む。

「無差別に殺さないために戦場と街を分けてんだろ。だったら、街で殺し合いしてたら意味ねえじゃん」

「でも、街でも殺し合った方が効率いいだろ。その街の住人を恐怖に落とせば、潔く服従してくれる。元々は敵国を隷属させるのが戦争の目的だったんだから」

 耳の付け根がヒクヒクしていることを、クリプトンは自覚している。

「考えるのが大切なのは分かったよ。でもな、お前が言ってるのは屁理屈だ。皆で戦えば、それだけ命を落とす人が増える。少しでも国民は守る必要がある」

「それなら戦争をやめればいいんだ。皆で仲良く、皆の奴隷になれよ」

 クリプトンは考え直す。

「じゃあこれはどうだ。街でも戦うと、敵の国民まで減って、隷属させることができても効力が落ちるから!」

「は? じゃあ今の法律は、自分たちで奴隷の母数を残しとくってこと? 奴隷にしてくださいって言ってるようなもんだぞ、それ」

 遂に何も返せなくなる。


「要は、全員を殺して欲しくないんだ。戦力を保持しておきたいんだよ」

 ハイドロは時間を待って、述べた。

「何で」

「戦争を続けるために」

 目の前のゴーグル男が何を言っているのか分からない。

「皆で奴隷のように働きましょう! なんて、誰でもお断り。そこで、頭でっかちな人間が上に立とうとする。自分が楽したいから、下の奴らを作るんだ。でも、下っ端が全滅したら自分が動かないといけない。それは絶対に避けたいよな」

「だから何だよ。上が何だろうと、俺の目的は変わらない。俺は戦争を終わらせる」

 ハイドロから目を逸らす。今日の天気も昨日と同じ。明日の天気は今日と同じ。どんな天気だろうと、クリプトンの使命は変わらない。

「……そう言うと思った。そんじゃ、行きますか」

 ハイドロは戦闘機のエンジンを入れる。待ってましたと、クリプトンは飛び乗った。




 今回のフィールドは不思議な場所だった。天空に浮かぶ岩々。雲の間から、ほのかな光が梯子のように差し込んでいる。当たり前のように浮かぶ岩の上には植物や動物が住み、まるで天国のようだ。人間さえいなければ。


「凄いな、この景色。初めて見た」

 感動に浸っていると上空から爆発音がした。壮大な風景が、一気に地獄へ変わる。

『このフィールドは俺も初めて来たが、皆、考えてる戦略は同じみたいだな』

 できるだけ上の岩島に登り詰め、上空から敵を一気に殺害する。そのためには、銃より爆弾。ハイドロの言うように、周囲では爆発音が断続的に聞こえてきていた。

「俺があそこに登るためには……」

 クリプトンは真上の岩を目指すことにした。一番近い岩がそれだったのだ。


「せーの!」

 全身の筋肉を足全体に集中させ、助走したら思い切り踏み込む。地面を蹴った時、地の方に負担が掛かったように思えた。

「うわああ!」

 想像よりも高く飛び上がり、目的の岩を通り過ぎる。目標物を過ぎてから、どこを目指してよいか分からなくなった。放物線の限界を超え、クリプトンは落下し始める。

「おわああああぁぁぁぁ!」

 背中に緩い衝撃を感じる。茂る木々の間に、身体が挟まっていた。何とか、違う岩に着陸したようだ。

『咄嗟の判断力は、まだまだみたいだな』

 クリプトンの耳に薄ら笑いする声が入ってきた。馬鹿にされているようで悔しいが、ハイドロに比べれば自分の能力などたかが知れている。いつか、ぎゃふんと言わせてやると誓う。

「今に見てろよ! いつか俺が、お前を超える!」

 遥か上空に浮かぶ戦闘機に向かって叫ぶ。

『俺を超える前に、目の前の敵を超えたらどうだ? 目の前っていうか、目下というか』

 冷や汗を浮かべるより早く、クリプトンが下を見る。敵が武器を向けていた。

「どわああああ!」

 放たれた弾は耳の横をかすり、クリプトンはそのまま落下した。

「ぶへっ」

 着地にも失敗し、とぼけた声が出る。敵の攻撃は続く。

「クソ」

 形勢を立て直すまで逃げ回ることにした。隙を見つけて反撃を……

『クリプトン! 上だ!』

 ハイドロの声に顔を上に向けると、黒い球が落ちてくるのが見えた。思考が止まる。

『そこから落ちろ!』

 指示が聞こえ、この場所が空だったと気づいた。島の淵から飛び上がり、クリプトンの身体は浮き上がる。一秒もしない内に背中の数センチ後ろから、熱風と爆撃が空気を切り裂いた。落下する頭で考える。

 あと一秒遅かったら、死んでいた。

 一つ下に浮かんでいた岩の上に降り立ち、クリプトンは草木に身を潜める。上空からは、先ほどの影響で粉々にされた岩の欠片が降ってきていた。

『どこも痛めてないな?』

「おう……大丈夫」

 大口を叩いた手前、この惨劇にバツが悪かった。

『こうやって経験は積んでいくもんだ。どんなに頭で理解しても、実際に身に迫らなきゃ覚えないこともある』

 アドバイスをしているのか、励ましているのか、どちらとも取れる発言だとクリプトンは受け止めた。




 ホウ岩のレーダーは反応しない。このフィールドにはほとんど残っていないように思える。そうなると、点数稼ぎの方法は一つに絞られてしまう。

「隠れてても、何も変わらない」

 決断したクリプトンは、より上空の岩島を目指すことにした。足に力を集中する。

「ええいっ」

 先程掴んだ感覚で飛び上がり、今度は上手く着地できた。

『いいぞ』

「次!」

 島を蹴り、飛び上がる。着地を確かめて、また次へ。それを繰り返す内にテンポよくジャンプできるようになってきた。何度か敵に邪魔されそうになったが、危なかったのは序盤だけで、段々と瞬発力が上がっている気がした。目だけは、どうしても範囲を広げることができないでいるのだが。


『上に行くほど敵が増えるからな。用心していけよ……あとな、お前、上に行き過ぎると下の敵が見えなくなるみたいだから、そこも気を付けてくれ』

「下からの攻撃は気を付けてる! さっき危ない目にあったからな」

『ああ、まあ、それだけじゃないんだが』

 ハイドロが言い終わる前に、敵の集まる岩島を視界に入れた。あの島を爆弾で破壊すれば、一度に大量得点だ。

 先日買い溜めた爆弾の一つを取る。ハイドロが横で見繕ってくれた物だ。信頼できる。

「おうりゃっと!」

 腕に力を入れ、スイッチを入れた爆弾を投げる。目線より上に浮かんでいた島は尻に爆弾を投げ込まれ、崩れながら傾いた。

「あれ」

 本来なら、爆弾は上まで上り、島に乗る敵を皆殺すはずだった。初手は外したということだ。

「しょうがねえ……!」

 銃を手に持ち、落ちてくる敵を狙う。一人、射貫いた。一人、外した。その一人が宙で身体を翻し、クリプトンの元まで落ちてくる。手元の武器はクリプトンに向いている。


 やられる前に、やらなくちゃ。


 冷静にクリプトンは撃った。今度は当たる。彼の横に、今しがた命を奪われた身体が落ちてきた。

 息を呑む暇もなく、クリプトンは次々に落ちてくる敵に焦点を定める。

「切りがねえ、どうすれば」

 考えるんだ、俺。

 クリプトンは頭を回す。落ちてくる敵。一人一人を狙っていては際限がない。弾も尽きる。

「そうだ」

 クリプトンは走り出し、ジャンプで他の島へ移る。少し上の島から、先程の島に集まった敵を撃とうと思ったのだ。

「あれ」

 二度目の失態に気づく。遠すぎて、自分の視力では狙いが定まらないことが分かった。それなら……

「これだ!」

 爆弾を島めがけて放り投げる。なるべく早く、走るような球を投げるように。

 球は敵の島に直撃し、大爆発を起こして崩れた。粉々になって落ちるのは、岩か、敵か。


「やりい!」

 クリプトンは自分の作戦が成功し、喜びで飛び上がる。

『おお、すげえじゃん』

「だろ! もっと褒めろ!」

 一瞬、ハイドロが息を止めた。

『……お前は、俺に似てるな』

「は?」

 何が似ているのかとクリプトンは聞き返そうとした。しかし、その時、真上から発射音が降り注いだ。

「危な!」

 間一髪、かわす。見上げると、ハイドロとは違う戦闘機が迫っていた。

「ギフテか!」

 シュンスのクリプトンがギフテを相手にするのは初めてだ。クリプトンは戸惑いながらも考える。

「ハイドロは言ってた……」


 ――ギフテの方が、機械があるから有利だと思ってるか? 実はそうでもないんだ。シュンスも基礎能力を上げる装置を身に付けるから、結局はどっこいどっこい。ギフテも、丸裸で戦場に放り出されれば瞬殺される可能性が――


 クリプトンは大きく飛び上がって、戦闘機に突っ込んでいった。撃たれるよりも、速く。

「本体は弱い!」

 戦闘機に拳を打ち付け、へこみを入れる。機体が病気がちな絶叫を上げる。

「もういっちょ!」

 バランスを崩した戦闘機に懸垂で捕まり、もう一発食らわせると、今度は穴が開いた。そこから中へ入り込む。

「恨まないでくれ」

 操縦席にいた頭を三発殴りつける。最後の一発に目を瞑りながら、クリプトンの戦闘は終わった。

「ごめんな」

 クリプトンは呟く。

『クリプトン、今すぐ降りろ! 爆発する!』

「何!?」

 クリプトンが足を戦闘機から出した時には遅かった。穴から物凄い勢いで押し出され、クリプトンは真っ逆さまに落ちていく。

『空中で身体の向きを変えられるか!?』

 ハイドロの声は聞こえるが、風を切る音でヒアリングができない。

「何、言って、るか聞こえ、ねえ!」

 どうにかしようと、どうにもできずにグルグル回転しながら落下運動に抵抗する。クリプトンは焦った。

『岩が邪魔で追いつけねえ! 何とかするんだ! 周りを見ろ!』

 空中でバランスが取れない。岩島がなければ落ちていくだけだが、岩島があれば激突して死亡。どちらに未来が向かうだろう。

「あれは……!」

 落ちる先に見えた、ギフテの戦闘機。しかし、味方か敵か、この場所からだと区別ができない。助けを求めるべきか。

「一か八か」

『違う! 一か六だ!』

 ハイドロの言葉が微かに聞こえた。焦る脳に、回るサイコロが浮かぶ。

「そうか!」

 下になっていた頭を腹筋で持ち上げ、サイコロのように回った。足から落下する。

「保ってくれよ、俺の足!」

 戦闘機に狙いを定めて、足で追突という名の着地をする。戦闘機は大きな音を立て、曲がり、爆発した。


 煙の中からスピードを緩めて落ちてきたクリプトンの顔は煤まみれだった。そのまま近くの岩島へ着地するが、バランスを崩して倒れ込む。

「クリプトン! 平気か?」

 やっと追いつき、戦闘機から降りたハイドロが駆け寄る。動かないクリプトンの背を見て、ハイドロも停止する。

「……おい、嘘だろ……」

 手を伸ばす。

「嘘だろ」

 クリプトンの頭へ。

「噓だろ!」

 べしッと叩くと、クリプトンから笑いがこぼれた。

「あはは! 嘘ぴょーん! 俺、丈夫だもんね!」

 起き上がって元気そうなクリプトンの煤顔に、ハイドロは大笑いした。

「おっまえ、ナスみてえだぞ! あははは!」

「あっはは! 俺凄いよな! な!」

「凄い凄い! ははっ、すすじゃなくて、ナスってな!」

「……」

「……え」

 空気を読んだような爆発音が、遠くで響いた。

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