第2話 一目惚れだったんです
一ノ瀬さんと出逢ったのは、一年生の時の課外授業の時だった。
学校からバスに揺られて、十国峠に行った時。
フィールドワークって名目だけど、実際のところはレクリエーション…っていうか遠足だ。
帰ったらレポートを提出すること、っていう課題だけ渡されて、あとは完全に自由時間。
有難いといえば有難い。
花と海に囲まれた絶景で、半日間の自由時間。
班の子たちは半狂乱ってくらいのテンションでSNS用の写真を撮りまくっている。みんな電車通学だから珍しいんだろうな。
正直、地元民の私には珍しくも懐かしくもない。先週、お父さんの車で犬の散歩に来たばっかりだし。
だから序盤こそキャッキャしていたものの、段々と周りのテンションについていけなくなってしまった。
ちょっとトイレ〜ってな感じでしれっと抜け出して、ようやく一息。
勘違いしてほしくないけど。決して陽キャではないとは言え、別に人付き合いが苦手って訳でも無い。
楽しいんだけど、ずっと話を聞いているとちょっと疲れる。そういうタチなのだ。
だから、少しの間、一人で探索することにした。
見慣れた景色ではあるけれど、いつもは犬に引っ張り回されてるから、自分のペースで歩くのは初めてかも。
いつもの私と言えば、
普段はゆっくり見て回れない場所に行ってみようかな。
と、なれば。行き先は一つ。
私は芝生の向こう、小高い場所にある建物を見上げる。
峠の上の、さらに丘の上にある展望台。あそこにしよう。
なんか空気も美味しそうだし、すっきりするかも。
期待してやってきたはいいけれど。
周りが小高くなってるから錯覚してたけど、いざ目の前にすると展望台は結構ちっちゃかった。家より一回り大きいくらいかな。
そりゃそうか。博物館みたいな立派な施設だったら、もうちょっと観光名所になっててもいい筈だもんね。
折角来たので登るだけ登ろう。
脇の売店で売ってたソフトクリームを舐めながら、一回転分しかない螺旋階段を登ってみた。
「ほぁ……」
これはびっくり。数十メートルも変わっていないのに、山の向こうの街まで見える。まるで雲の上に乗ってるみたい。
妨げるものが無いから、春風もご機嫌に吹いている。うん、気持ちいい。
うわ、すっご。海の向こうまで丸見えだ。。。
「わ〜〜〜〜!すごい景色だね!」
他の生徒も展望台に登ってきたみたいだ。私も皆とくればよかったかな。
声を掛けてあとでもう一回来よう。ここでなら一緒にキャッキャできそうだ。
「ねえ、向こうに見える陸って島?それとも東京かな?」
あんな大きい島があるなら日本地図は一から作り直しだ。
なんて、脳内でツッコミを入れたりして。ふふ。すっかり調子が戻ってきた。
………あれ。
会話の続きが聞こえないな、って思って、ちょっと横目で見てみたら。
くりくりの大きなお目々が私を見上げていた。
「ねえ、どっちだと思う?」
私より一回り小さな身体の、ショートカットの女の子。
制服を着てるってことは同い年か……じゃなくて!
私に話しかけてるの!?
えっ、どうしよ、ガン無視してる感じになってる?そんなんじゃないんです!
早くなんか言わないと…
「あ、えっと。たぶん方角的には、横浜?千葉?とかじゃないかな…」
「なーんだ。東京、行ってみたかったのにな〜」
ツンと口を尖らせて肩を落とす少女。
全身で『がっかり』を表現している。実にあざとい。
でも幼い見た目と綺麗なお顔のおかげで全く嫌な感じがしない。めっちゃ可愛い。
気分もスッキリしたところだし、少し人とお話したくなってきた。
「ふふ、東京が見えても行ったことにはならないんじゃない?」
「あ、ほんとだね。でも千葉だったら、シーに行ってみたいなー。ランドは一回行ったことあるんだけどね?」
それから、中学の修学旅行はどこだったとか、自分だけペットに舐められてるとか。
あれこれ話題を繰り出してくる彼女に、ついていくのが精一杯。
いつものちょっと疲れる感じがしないのは、キラキラのスマイルで同時に回復されているからかな。
この子なら、ずっと話を聞いていても苦にならない気がする。
「あ!それ、どこで売ってたの?」
彼女の細指が私の右手を指さしている。
「え?ああ、アイス?登る前の横に売店があったよ」
「え〜〜〜気づかなかった〜。ね、ちょっと味見させて!」
味見って言っても。スプーンとかは付いてないし、話し込んだからちょっと溶けちゃって、コーンを千切って分けるのも…
「ほら、あ〜〜〜ん」
彼女が小さなお口を開けている。
あーーん!?
ソフトクリームをあーんって、個人的にはちょっとハードル高いっていうか、だってさっきまで私がペロペロしてたものな訳で。いや、私が嫌なわけじゃなくて…相手を汚してしまうのが嫌というか。もし食べた後に『うぇっ』て顔されたら立ち直れないというか。っていうかこの子はヤじゃないの!?
「ね、早く〜」
小さなお口を目一杯に広げて彼女が急かす。
一旦、空を見て深呼吸。
少しずつ、彼女に視線を落とす。
ハチミツ色の柔らかそうな髪、密度の長い艶やかな睫毛。
透き通った鼻梁、口から覗く小さな犬歯。
風に吹かれるたび、ほのかに桃みたいな甘い匂いがする。
その匂いに吸い寄せられるように、私の右手が伸びていく。
「あむっ。ん〜〜〜〜〜っ♡」
口の周りについたクリームを舌でペロッと舐め取って、しあわせいっぱいと言わんばかりの笑顔。
あ。
これは。
「私も買お〜っと。ありがと、またね〜〜〜!」
結局名前も聞けないまま、ぴょこぴょこ去っていく彼女の後ろ姿を見て。
私は確信した。
私は今、彼女に一目惚れしてしまった。
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