転校生は××がお好き!

「なあなあ、アルフレッド君ってどこから来たん?」

「なんで日本に来たん?」

「日本語ペラペラやったけど、なんで? 勉強したん?」

「マンガとか読む? どんな本が好き?」

「その眼鏡、かわいいなあ。目悪いん?」

 始業式が終わったあとの学活は、ウィリアムズ君(名字呼びのつもりだけど、これで合ってるよね?)への質問タイムに早変わり。

 にこにこ笑って教卓に座っている駒ヶ坂先生に見守られながら、みんなは我先にとウィリアムズ君に質問をくり出していく。

 ……私は、自分の席からそれをながめているだけだったけど。

 一方、席についたウィリアムズ君は、嫌な顔一つしないで、みんなの質問に順番に答えていった。


 彼の出身地はイギリス。

 ここ、神戸に引っ越してきたのは、お父さんの海外出張についてきてのことだそうだ。

 日本語が上手なのは、母方のおばあさまが日本人で、小さい頃から日本語にふれる機会があったから。

 マンガは読むけれど、どっちかといえば小説のほうが好きで、ハリー・ポッターシリーズが大好き。日本のマンガも向こうにいた頃から読んでいて、王道の少年マンガがお気に入りらしい。

 視力はそれほど悪くないけれど、乱視気味だから、矯正のために眼鏡をかけているんだって。


「……ふふっ」


 一通りの質問に答え終わると、ウィリアムズ君が、不意に小さく笑みをこぼす。


「? どないしたん、アルフレッド君」

「ううん。みんながたくさん話しかけてくれるから、嬉しいなあって」


 机にそっと視線を落として、ウィリアムズ君はぽつりぽつりとつぶやく。


「おれ、クラスになじめなかったらどうしようって、不安だったんだ。言葉も文化も全くの別物だから、みんなに合わせられなくて、仲良くなれなかったらどうしよう、って」


 ――ああ、そうなんだ。

 ウィリアムズ君って、すごく明るい性格みたいだし、すぐ周りと打ち解けられそうだと思っていた。

 でも、それはあくまで、私をふくめた周りの人からの印象がそうっていうだけで、本人からしたら、ずっと不安だったんだ。

 それもそうだよね。

 だって、生まれ育った町を離れるどころか、外国まで来たんだもん。

 不安なことも、困っちゃうことも、あるはずだよね。

 みんなは納得したようにうなずいたり、周りの人と顔を見合わせたりしていた。

 けれど、そのうち、誰かがこんなふうに言ったんだ。


「そんなん、心配する必要あらへんよ!」


 声がしたほうを見れば、はねっ毛の女の子が、ふんふんと気合いたっぷりに鼻を鳴らしていた。


「暮らしていく環境がめちゃくちゃ変わっちゃうんやで? そんなん、大変やって誰でも分かるよ! 無理にみんなと合わせんでええんやし、困ったことがあったらいつでも言うてええねんで!」


 その言葉に、「おおー」と教室のあっちこっちから感心したような声が上がった。

 私も、つられて拍手しちゃう。

 あの子、いいこと言うなあ。

 あんなに堂々と言い切ってくれたら、ウィリアムズ君も嬉しいだろうなあ。

 ちらっとウィリアムズ君のほうを見れば、案の定、彼は照れくさそうに、けれど嬉しそうに笑っている。


「……Thank.」


 ぽつりと聞こえたお礼の言葉は、彼になじみの深い英語でのもの。

 彼が、この時間で多少みんなに心を許すことができたんだと思うと、離れて見ているだけの私の心も温かくなる気がした。

 空気が和やかになったところで、「転校生は女子がいい」って言っていた、あの男子が「そや!」と口を開く。

 あんなふうに言ってはいたけど、今は彼もウィリアムズ君に興味津々みたいだ。


「アルフレッド、趣味とかないん?」

「シュミ?」

「えーっと、好きな遊びとかそういうやつ!」

「I got it! あるよ、好きな遊び!」


 心得たとばかりに手を打つウィリアムズ君に、ぱっとみんなの表情が明るくなった。


「なになに? なにが好きなん?」

「休み時間にそれしようや!」

「本当かい!? うれしいよ!」


 眼鏡の奥で、ウィリアムズ君の目がきらりと輝く。



「おれ、ずっと、誰かとやってみたかったんだ――将棋!」



 ……へ?

 あまりにも、あまりにも意外すぎるその一言に、教室が水を打ったように静まりかえる。

 私も、びっくりして、思わず読んでいた本を落としそうになってしまった。


「……えっと、ウィリアムズ君」

「なに?」

「ウィリアムズ君って、将棋好きなの?」

「うん!」

『いや渋っ!!』


 総ツッコミである。

 いや、そりゃそうだよね……

 だって、こんなバリバリの「外国人です!」っていう見た目の子が将棋を知ってるなんて、ましてや好きだなんて思わないもん。

 びっくりしているみんなとは対照的に、今度は駒ヶ坂先生が目をきらきらさせて、ウィリアムズ君に話しかける。


「アルフレッド君、本当に将棋好きなの?」

「うん! 日本から本も取り寄せて、勉強してたんだ」

「そうなんだー! あっねえ、今はネットでも対局が観られるでしょ?」


 ああ、将棋好きの血がさわいではるんやなあ……ウィリアムズ君も先生も、楽しそうにおしゃべりしてる。


「ねえ先生、将棋クラブって、何人くらいいるの?」

「六人だよ。五年生は一人だけなの」

「あれっ、少ないんだね」


 駒ヶ坂先生の言葉に、ウィリアムズ君は目をしばたたかせる。

 まあいいや、とつぶやいて、先生から視線を外すと、彼はぐるりと教室を見回す。


「その五年生って、このクラスの子?」


 こ、この流れは……!

 何となく、この先の展開を察知して、本で顔を隠そうとするけど、もう遅い。

 先生はくすくす笑って、窓際の席でひとり、ぽつんと座っている私を示して言ったんだ。


「あの子――白銀蒼輝ちゃんが、今のところ、唯一の五年生よ」


 ああああ~……

 なんで言っちゃうの、先生!

 私、目立つのはあんまり好きじゃないのに!

 私のそんな思いもむなしく、ウィリアムズ君はぱあっと表情を明るくして、私を見る。

 彼の、オリーブみたいな不思議な色をした瞳が、ぱちんとまたたく。

 そのまぶしさに、思わずドキッとしたほんのわずかな間に、彼は私の目の前に来ていた。


「ねえ、君、サファイアっていうの?」

「う……うん」


 反射的に、こくんとうなずく。

 あおく輝く、と書いて『さふぁいあ』。

 それが、私の名前。

 有名なマンガ、「リボンの騎士」が好きだったお母さんが私に残してくれた、大切な名前たからものだ。

 いわゆるキラキラネームっていうものだから、初対面だと、まゆをひそめられたり、「変な名前」ってからかわれたりすることが多いんだけど――


「fantastic! カッコいい名前だね! リボンの騎士とおそろいじゃないか!」

「――っ」


 うっ……どうしよう。

 満面の笑みで言ってくれるから、ドキドキしちゃった。

 何にせよ、少し変わった私の名前を、直球にほめてもらえるのは、それなりに、いやかなり嬉しいわけで。


「あ、ありがとう」

「You're welcome! どういたしましてだよ!」


 つっかえながらも言う私に、ウィリアムズ君は、やっぱりにこにことした人好きのする笑顔で応えてくれた。

 けれど、ふと少し真面目な顔をすると、彼は声をひそめる。


「……ところで、サファイアは将棋ができるってことだよね?」


 あっ、やっぱりその話になるよね……

 興味津々といった様子で、ちょっと上目遣いに見つめてくるウィリアムズ君。

 彼は言葉にしないけれど、期待されているのが手に取るように分かってしまって、こっそりため息をついた。

 かといって、ここで変にごまかしても不思議に思われるだろうから、言い逃れはしない。

 目立つのは好きじゃないけど、将棋は好きだしね。強いかどうかはともかくとして。


「うん。できるよ」


 はっきりとそう答えれば、ウィリアムズ君はパッと笑顔になって、「じゃ、じゃあ!」と勢いよく私の両手を取った。

 手、手を!?


「次にクラブがある日に、おれと将棋を指してよ!」

「く、クラブは今日もあるけど……対局がしたいん?」

「うん!」


 大きくうなずく彼の目は、将棋が指せるかもしれないっていう喜びに、きらきらと輝いている。


「おれ、日本に来たら、どうしても誰かと将棋を指してみたかったんだ! この学校にクラブがあるのは知らなかったけど、君がメンバーだっていうならラッキーだよ!」

「え、ええと……」

「だめかい?」


 言葉につまっていると、ウィリアムズ君は、私が将棋をすることをしぶっていると思ったのか、とたんにしょぼくれてしまった。

 あああ、ちがうんだよ!

 ただ、手をにぎられているのに緊張してるだけで!


「だ、だめやないよ!」


 ちょっと声が裏返っちゃったけど、気にしない。

 あわてて否定すれば、彼は再び、期待でいっぱいの笑顔をうかべる。


「じゃあ、指してくれるの?」

「うん。私、多分、そんなに強いわけやないけど……それでもええなら」


 クラブではほとんど負けなしだけど、それでも多分、ウィリアムズ君が期待しているほどには、私は強くない。

 それでも、彼は、とびっきり嬉しそうにして、にぎったままの私の両手をブンブンと強く振ってくる。


「ありがとう! ありがとう! 約束だからねっ、絶対だよ!」


 身を乗り出して鼻息荒く言う彼に気圧されるようにして、私は何度もうなずいた。

 ウィリアムズ君の勢いのよさには、かなりびっくりさせられている。

 それでも、私の心の中では、楽しみに思う気持ちがむくむくとふくらんでいた。

 まさか、遠い国から来たばかりの人と、盤をはさんで向かい合えるなんて、昨日までの私が知ったら、どんな顔をするんだろう。


 早く放課後にならないかなあ。

 早く、この人と将棋がしたい!


 換気のためにと開けられた窓からは、冷たい風が吹きこんでくる。

 それなのに、私の頬は、じんわりと熱を持ち始めていた。

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