聖なる仕事
大きな広場を横切って、公都に入ってから見えていた、高く白い塔を併設している巨大な教会に連れて行かれる。入り口から入るとすぐに礼拝堂。どこも造りは同じようだ。
礼拝堂を歩いている時に、ふっと“ル”が話しかけてくる。
《気をつけて》
短い言葉。
ああ、魔物じゃなくて。もっと怖い物の方ね。
面倒な。
リリースが先導して、長い廊下を歩いた後に大きな扉の部屋に入った。会議とか多人数の晩餐でもするような長いテーブルが置いてある部屋に、数人の人間が待っていた。
服装から察すると、二人ほどは冒険者ギルドのメンバーだろう。
あとは、貴族だろうか?綺麗な服の人物がひとり混じっている。この国に王様はいないけれど貴族はいるから、その中の一人だろうか。
「リリース様」
「皆さま、お待たせしました。エルムさんをお連れいたしましたわ」
いっせいに席を立って、待っていた人達がリリースに声を掛けた。それに微笑んでリリースが返事をする。返事をされてから皆がまた座る。…王様待遇だな。
一番奥の席にリリースが座って、俺はその横になる角の席に座らされた。迎賓席とかじゃなくて、もっと離れていたいのだが。
ここも侍女がお茶の用意をして、ささっと壁際まで下がっていく。そういう貴族的な物にも慣れたけど色々思う時もある訳で。
権威って本当に面倒だ。
配られた紅茶に手を着けずに、紙を持った女が立ち上がった。
飲まなくていいのか。礼儀はどうした。
「初めまして、エルムさん。今回はギルド連盟の依頼を受けて頂いて有難うございます。公都スタグリモアのギルドマスターをしている、ヘルスィと言います」
「ああ」
俺の返事で空気がピリッとした。
え、ギルドのメンバーまで怒るとかってどういう事?返事の仕方が嫌って事か?
「クラータ王国では、どういったお話をされて来ましたか?」
どういった話?
「…依頼内容以外は別に」
「なにか対応策とかは言われなかったのですか?」
なんだ?何を聞きたい?
「俺が行けばいいだけだから、他にはなにも」
「そうですか。我々ギルドとしては、何か新たな対応策があれば、ぜひ教えていただきたかったのですが」
ハアッと大きい溜め息を吐かれた。それからいくらか見下した目で見てくる。こいつは何を聞いて話をしているのか。白金等級がかなりの数やられている事実をどう捉えているのか。
隣に座っていた貴族風の男が話しかけてくる。
「エルムさんが行けば解決すると?そういう認識で良いですかな?」
「…だから、依頼が来たんだろう?」
「ええ、まあ、そうですな」
曖昧な返事を返されて俺はリリースを見る。にっこりと見返された。
この見極めるでもない、緩い話し合いは何の為か。
「皆が白金等級の冒険者に、期待をしているのです。この事態を一人で解決できるかもしれないエルムさんとは、どういう人物なのか興味があるのです」
「俺はお前たちに興味はない」
俺が立ち上がると周りの聖騎士たちが槍を構える。
そんな眼に見える動きで俺を止められると思っているのだろうか。
「何か状況の変化が有って、話し合いがあるのかと思ったが。俺の方に情報を要求するだけとか、この事態を舐めているとしか思えない。これ以上の話は無駄だ」
歩いて扉の方に向かう。後ろで他の奴も立ち上がった音と気配。
「待ってください、エルムさん。そんな態度では依頼を取り消されるかもしれませんよ?」
振り返って見ると、ギルドのヘルスィという女が嫌な顔で笑っている。
「別に、取り消して貰って構わない」
「はあ?!依頼取り消しなんて不名誉でしょう!?」
眉を吊り上げて女が怒鳴る。何を言ってるんだ、この女。
「不名誉でも別に良いよ。やらなくていいのなら俺は自分の国に帰るだけだ」
「依頼を止めてもいいと!?」
手に持った紙束を振り上げる。お前にそんな権限はないはずなんだが。
「お前さ、本当にギルドの人間か?今の事態が分かっているのか?」
「何ですか、その態度は?」
どれぐらい思い上がれば、そんな言葉が自然に出るのか。
つい溜め息が出る。
「安全に慣れ過ぎているのか?今は世界が崩壊するかもしれない事態だぞ?」
「あはは、何を言っているんですか?屍鬼ごときで世界が亡びるかも知れないなんて、おかしな話をするんですね?」
ああ、バカか、この女。
その女から視線をリリースに移す。リリースはじっと俺を見ている。
「リリース。こんな話の為に呼んだのか?」
「あなたの実力が分からないのに、お任せするのは嫌だったので」
聖女は多少は実のある事を言ったな。
「話し合いでは実力は分からないし、依頼に関してはこの国だけが依頼している訳でもない。ギルド連盟には五か国の名前が書いてあったから他の四つの国を無視して依頼の取り消しなど出来ない」
俺が言うと正論と分かっているギルド員は黙った。けれどバカ女はまだ俺を睨んでいる。
リリースがポツリと言う。
「あなたは、事態をどうにかできるのですか?聖職者ではないのに?」
「…聖職者じゃないが、清めることは出来るから来ている。聖職者だけで事態が収束できるならとっくに終わっている話じゃないのか?」
「そうですね、言う通りかもしれません」
それ以上の言葉が無いので帰ろうと、俺が扉に手を掛けるとピリッと手にしびれを感じた。閉じ込めるための魔法か。鍵ではなく合言葉だろうな。俺が少し手を離すと後ろから鼻息荒くバカ女の声がする。
「この部屋から出たければ、私達に従いなさい」
俺は溜め息を吐いて扉に手を置いた。
「〈潰滅〉」
扉が床ごとザラッと崩れた。粉になって何処かへ消える。
「は」
ヘルスィの声が聞こえた。
「何をしているんですか、あなたは!?」
「監禁拘束とか攻撃をしてくる奴は全員敵だ。ギルドとか王族だとか関係ない」
「聖堂を壊すとか、大罪人ですよ!?」
まだ、がなっている女の首に、魔法で圧を掛ける。
たとえ元々は魔法を封じられる部屋だったとしても、扉と床を壊した今は魔法が使える。
「何も言わずに魔法を封じてある事の、それの罪は?」
「ひい」
「お前は何も知らないのだろうが、白金等級って言うのは名誉職じゃないんだよ」
俺はリリースを見て話す。
「こんな事をしている奴に何も言わないのか?」
「あら、私が自国の民に怒ると?」
にっこりと笑うリリース。
「そうかい」
「あなたを捕まえて、この国の為に仕えて貰ってもいいのですよ?」
「断る。俺の神は女神アブローネではないからな」
俺の言葉に、リリースが天を仰ぐ。
「ああ、我が女神よ、愚かな男に天罰を」
周りの奴らがびくっと首を竦める。何がしかの天罰がリリースのその言葉で落ちると思っているのだろう。今まではあったかもしれないが。
何時まで経っても変わらない静けさに、きょろきょろと辺りを見回す人の中、リリースが俺を凝視している。
俺に天罰など来る訳ないだろう。
「え、どうして」
「アブローネも頼まれて困るだろうな。俺に攻撃ができる訳がない」
”ル”の趣味友は案外幅広い、思い出して溜め息を吐く。
女神同士の事情など知らない女が俺をじっと見ている。
「まさか、あなたは」
「加護持ちに負ける訳がないだろう?」
「そんな」
余裕がなくなったのか、ガタッと椅子を立ちあがって俺を睨みつけると、指さしてリリースが大きな声で言った。
「出て行きなさい!冒険者エルム。この国を早く出て行きなさい!」
「言われなくても、もともと長居する気もない」
壊れた床を飛び越えて、長い廊下を歩く。
おかしな事態になったものだ。この町のあり方が変わるとは思わないが、見られただけでも良かった。助けるのは、後回しで良いな。
人目とか考えて行動してやったのが馬鹿らしくなって、外に出てすぐに空へ飛んだ。これなら早くトレモ帝国に行ける。わざわざ気を使って走っていったのに。気を使う国を間違えたな。
ずっと飛んでいたらフィランスタ聖公国の南側に差し掛かった。さすがに暗くなってきたから下に降りて野宿した方が良いかな。目標物が見えなくなるから別の所に飛んでしまう可能性があるし。
景色を見ながら飛んだのが悪かったのか、国を出るにはもう少し時間が掛かる。かといって此処までに追手の気配はない。聖公国という名前でも軍隊は有るし騎士もいる。暴力的な事をしない訳でもないだろう。そう思っていたが、何も追って来ないとは。
聖女ってやつは何を考えているのか。
森に降りた俺は枝を集めて焚き火をつくる。肉は何時もバッグに入っているから取り出してスープでも作るかな。バッグの中から鍋を取り出した時。
パキッと枝を踏む音がした。
そちらを見ると、年季の入ったローブを着た青年が立っていた。
「あの」
「何か用か?」
俺が聞くと頷いた。
「あの、僕も火に当たってもいいでしょうか」
周りを見回すが他に誰もいない。気配もない。
「いいよ、そこに座れば?」
「有難うございます」
どう見ても俺の方が年下だろうに丁寧な言葉だな。
鍋に水を入れて野菜と肉を入れる。味付けはミルクでいいか。塩と胡椒と調味料を入れて火の上に作ってある焚き火台の上に置く。
青年はそれを見ている。
「…食べる?」
「え!良いのですか!?」
お腹が空いている気がして声を掛けたのだが、思いのほか食いついて来た。
俺が器によそって渡すと、嬉しそうに食べはじめる。
「久しぶりの食事で、意地汚くてすみません」
「え、そんな事思わなかったけど、おかわりするか?」
頷いて器を差し出してくる。
ちょっと可愛いな。
食べた後片付けをして、焚き火に木を足してから青年の顔を見る。
「俺はエルムという。あなたは?」
「あ、失礼しました。名乗る前にご飯を頂くなんて。僕はゲインと言います。渡りの詠者です」
「渡り?」
聞きなれない言葉を聞いてみる。
その質問が不思議だったのか少し首を傾げられたが、ゲインは説明してくれた。
「渡りというのは、定住地を持たない者の事です。所属している教会は有るのですが、住居とかはありません。常に移動して修行をするものです」
「それは不自由じゃないか?」
俺の言葉にゲインが苦笑する。
「仕方ないのです。僕は詠者という称号は有りますが、加護を持っていません。輔祭になるには身分が低く住居を持てるほどお金もありません。渡りをして生きるのが精いっぱいなのです」
あの公都に住んでいるのは選ばれた人間と。そういうことか。
「詠者って何だ?」
「はい。聖歌を唄って魔を払う者です。これからトレモ帝国に行こうと思っているのです」
「なぜ?今あそこは大変だろう?」
俺の言葉にまたゲインが苦笑する。
「大変だから行くのです。何か力になれれば」
おい、ここに聖人がいるぞ。
しかし今の事態に対処できる御仁にも見えないし、どうしようかな。
「…俺もトレモ帝国に行くんだが一緒に行かないか?」
「え、良いのですか?僕はあまり力にはなれませんが」
「俺が一人で行くのもつまらないし、ゲインが良ければ」
「喜んで同行させていただきます」
そう言ってニコッて笑うから、この国に対しての嫌な印象を少し変えてやろうかと思う。俺の気持ちの話だけなので、誰が得って訳じゃないが。
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