公都スタグリモア




 朝の光で目が覚めて、頭を掻きながら起きる。

 寝る前まで見ていた資料が、部屋のテーブルの上に置いてある。

 思っていたよりも厄介な相手だった。


 大量発生しているのは屍鬼。

 始めはガロニ島という場所から発生したらしい。

 らしいというのは、気が付いたら島の中は屍鬼だらけになっていて、何時とかの時期の記録が曖昧だからだ。


 今までにも発見された事がある魔物で、どの地域にでも出現する普通の魔物なのだが、大量発生はあまり観測されていない。

 それは、自然に大量発生する事がほとんど無く、死霊術師がうっかり多く作ってしまって暴走したとか、グールがうっかり多く出現して屍鬼も一緒に発生したとか。とにかく、たまたま多かった以外の状態になった事がないからだ。


 だから大きな島一つが殆んど屍鬼になっているなんていう事態は、まあ自然ではない。多分誰かが意図的にやっているはずなのだ。調べてもそれが誰かは分かっていないけれど。先に起こっている事象を止めなくてはならないと、そういう事だ。



「おはよう」

 欠伸しながら一階に降りるとベルクが朝食を並べていた。

「おはようございます、エルム様」

「うん」

 椅子に座って、淹れたての濃い紅茶を飲む。少し苦いけど目が覚めるなあ。

 ベルクを見ると、食事をする俺を見て嬉しそうに笑っている。

 帰ってこないといけないだろうな。ここに。


 長旅の支度って言ってもカバンを下げて黒いローブを着て、足回りを確認して終わり。いつも通りの感じで特別感は何もない。


「じゃあ、行ってくる」

「はい。行ってらっしゃいませ」

 出掛ける時に掛ける声も送り出してくれる言葉も一緒だ。いつもと違うのは少し不安そうなベルクの顔ぐらいか。



 ギルドにいって魔石の話を聞くとギルマスのセトルに捕まった。王室から連絡があって買取り強化をしているから、俺も取って来てくれと言われる。

「ごめん、無理だな」

 俺が断ると、セトルが眉根を寄せる。

「どうした?」

「昨日、王室に特別招聘を受けた」

「……そういうことか」

 深く頷いて納得された。まあそうだよな。俺が昨日呼ばれて、その後にこの事態だからな。因果も分かるというもので。

「遠いのか?」

「結構、遠いかな」

「気を付けろよ?」

「ああ」

 ギルドから出て、集められているはずの魔石を貰いに王都に飛んだ。


 王都中央の城門前で誰か呼べばいいかと思って立っていると、騎士団長のリガードが歩いて来た。外へ出るついでに俺を見つけてくれて中に入れてくれる。

「何も確認しないで入れて貰えるような通行証を貰えば良いのでは?」

 そう言われたけど、何時もは勝手に空を飛んで入っているから、そういうの要らないんだけどな。


 城内の魔法局に寄って魔石を貰う。マジックバッグにポイポイ入れて、集まった分の五分の一ぐらいを貰った。まあ、国を囲めるぐらいは残したと思うけど。自分で使うぐらいの聖水とポーションも貰った。

 さあ、思いつく限りは準備したんだ、行こうじゃないか。




 まずは、フィランスタ聖公国との国境まで。

 乗合馬車は遠回りになって現実的じゃないので、走るか飛ぶ方が良いな。馬は走り潰す前提で乗らないといけないから、乗りたくない。

 細い街道を走っていくと言っても半分は浮いているような歩幅だけど。誰かが見ていたら怖がるだろうなあ。


 暫く走った後で景色が少し変わった。

 土の感触と色が変わったので立ち止まって、周りを見る。国境が森になっているのは両国にとって善いことしかないようで、地続きの国では割とあるらしい。


 カバンから魔石を出して土に埋める。魔法は刻んであるから埋めるだけの簡単なお仕事だ。三個ほど埋めてから、その場を離れた。


 森を抜けると、石造りの大きめの門があった。きっと国境の門だろう。こういうやり方は珍しいな。普通は小さな町があってそこで越境手続きをするのだが。


 そこには門番らしい二人が立っていた。

「こんにちは。クラータ王国の方ですか?」

「ああ」

 良い笑顔で話しかけられた。答えると手続き用の紙を用意される。

「何か身分証は有りますか?」

「冒険者ギルドのタグで大丈夫か?」

「はい、大丈夫ですよ」

 兵士の格好をした人にギルドタグを見せる。その途端にぶるりと相手が震えた。


「う、お、白金等級…」

「入れるか?」

 俺が聞くと、激しく肯かれた。

 そんな勢いを付けなくても。

 書類も書かずに中に入る。凄いな白金。国境でも顔パスとは。


 土の色が違うと植物の植生も違うのか、生えている木が違うだけで随分雰囲気が違う。人の肌の色とか目の色はほとんど同じなのに不思議だ。

 ああでも、宗教国家だからか首から聖なる印を下げている人が多いな。

 今回の事象に対しては正解かもしれない。


 まあ、あの聖なる印がどれだけ屍鬼に通じるかは、見てみないと分からないけれど。


 とにかく公都スタグリモアに行かない事には。

 多分そこのギルドにも話がいっているはずだ。ショロンのエルムが話しを受けたって通達が。行ってなかったら、それはそれで。


 クラータ王国と比べてフィランスタ聖公国は四倍ほどの大きさがある。

 その国の中に無限かってぐらいに教会が建っている。泊まれるから大概の旅人が教会に泊まるらしく宿屋は逆に少ないらしい。

 俺も日が暮れてから小さな町の教会に行ってみた。寄付金が必要だけど、簡単に泊まらせてくれた。


 一日中走っていたから、さすがに足が痛い。というか靴底が薄くなって無いか心配だな。見た感じは大丈夫そうだけど。

 小さな窓から外を見るが、まだ何の違和感もない。近くに屍鬼はいないようだ。

 ここまで来ていたら駄目なのだが。


 ベッドに座ったはずなのに、気が付いたら寝ていた。

 目を開けたら、もう日が昇っている。泊めてくれたシスターに礼を言って、多めに寄付をした。外に出て伸びをして。

 それから走る。

 二日で国を一つ、走って越えるってどんな努力だよ。


 村にも町にも寄らずに一直線に走った結果。夕方に大きな塔が立っている白い公都、スタグリモアに着いた。走るのを止めて立ち止まると、さすがに疲れていた。綺麗な町を見て感動する心が今の俺には無い。宿屋に泊まって、風呂に入って寝たい。

 国の中心の都なだけあって、いくつか宿屋があったから目についた宿屋に入って個室の小さな風呂に入る。風呂からあがって適当に髪を拭いて、寝た。


 次の日に目が覚めてやっと、部屋の雰囲気が違うとか宿屋の前が大きな広場で景色が良いとか眺める気にもなった。普通の旅人じゃないからそこまで楽しむわけにはいかないけれど、食堂で食べている間ぐらい外を眺めて、少し落ち着きたいかな。


 お薦めって書いてあった鶏肉に何か野菜のソースが掛かっている物を注文した。運ばれて来た料理をフォークにさして口に入れる。

 お、美味いな。


 割と賑わっているお店だったから、店内は満席で広場側のテラス席に座っている。うちの王都でもこんなには人がいないと思う。国土が四倍って凄いな。

 パンも口に入れた時に、俺の座っているテーブル席の相向かいに人が座った。

「相席いいですか?」

「いや、他にも席空いているけど?」

 俺は美人だから許すとかしないよ?


「エルムさんの近くの席は此処しか空いていませんわ」

「え、誰?」

 にっこりと微笑まれた。


 薄い金色の長い髪、琥珀色の瞳、真っ白なローブは細かい刺繍がしてある高級品。どう見ても高位の聖職者だが、仕事着で食事に来たのか?


「国境を管理している部署から連絡が入りましたので、そろそろご到着されるかなと思いまして、待っておりました。私はリリースと言います。筆頭聖女をさせてもらっていますわ」

 なるほど?

 割と管理がしっかりしてるな、この国。


「まあ、探す手間が省けて良いけど。まだ食べてるから待っててもらっていいかな?」

「はい」

 微笑んでいる聖女は良いけど、後ろのお付きの聖騎士さん達の殺気は面倒だって。ただでさえ一人につく人数じゃないって思うのに。そして景色を見るのに邪魔。あまりに視界に入って来るから左手を、避けてって左側に降った。


「貴様!」

「いや、見えないから。せっかくこの国の景色を見ているのに」

「聖女様がいらしているのに、そのような態度は許せん!」

「聖女を見に来たんじゃないんだよ。国の現状を見ているんだ。視界を塞がないでくれ」

 俺が言った後に、聖女が騎士を下がらせる。

「もっと後ろに下がりなさい。エルムさんの視界に入らないように」

「しかし聖女様」

「あら、あなたは何時、私に意見できるようになったのかしら」

 ニコッと笑った聖女が聖騎士たちを下がらせる。

 笑顔で出来る所が。


「どうでしょうか、この国は」

「俺が見える範囲で侵蝕されていたら、ヤバいでしょ」

「では、まだ安心という事ですわね」

 いや、分かっているだろう?

 自分の力が浸透して、死に紐づく力なんか存在できないって。


 町を行きかう人達も別段暗い顔もしていないし、空気も一粒の異物も混じっていない清浄なものだし。聖女の力凄いな。

「ここまで清浄化していると、他の土地に行った時大変だな」

「あら、他の土地に行く必要がありますか?」

 こわ。国に縛るという事を実質的な事象でやっているという。


「これなら、屍鬼なんて入って来ないと思うけど」

「公都には、入れないというだけですわ。他の土地の保証は出来ません」

「ああ、まあ、そうか」

 一人の人間が影響を及ぼす範囲としては規格外だけれど、さすがに国一つを守ることは出来ないだろう。


 恐る恐る近寄って来た店員さんが、食後のお茶とデザートを置いて逃げていった。並べられたものを見て聖女が笑う。

「あら、ケーキなんて頼みましたの?」

「セットで頼んだから、おまけだろ?」

 さらに聖女がクスクスと笑う。

 なんだよ。男がケーキ食べたら駄目か?俺はそんなに厳つい外見ではないはずだけど。


 パクッと口に入れた赤い果実のケーキは、紅茶によく合っていて美味しい。

 ああ、甘いものは疲れている時は旨いね。ナナミの言葉だけど、今は分かる気がする。たっぷりと紅茶も堪能してから聖女を見た。


「さて、待たせたな。何か話があるんだろう?」

「はい、ギルドの代表も来ていると思いますので、我々の教会に来ていただけますか?」

「わかった」

 通過するだけの国ではないという事だろうか。

 ここの国はまだ、さして被害はないはずなんだが、対策とかそういう話だろうか。




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