ガロニ島の悪夢・エルムSIX

ただ一人への依頼



 俺は、目の前で玉座に座っているノーマンに向かって首を傾げた。

「うん?」

 そんな言葉しか出て来ない。


 王都の王城に呼び出されて、謁見の間で向かい合っている俺は、二段ほど高い場所にいる王様と立って話しているけど、王様に無礼と言われることはない。周りの近衛たちには凄く嫌われているようだが。

 穂先を持ち上げている槍は下げなさい。


「もう一度言った方が良いだろうか?」

「いや、話している内容は分かっている。それを俺がやらなければならない理由は?」

 考えながら答えた俺に、ノーマンが苦笑で答える。

「君しか残っていない」

 そんな言葉を言われた。

「勇者はどうしたんだ?」

「彼女は体調不良で動けない」

「…は?」

「女性は毎月大変らしい」

 ああ、そういう事ね。


 俺は頷きながら、他に行けそうな人員を聞いてみる。

「他の白金等級は?」

「五組が行方不明。三組が死亡。他は拒否されている」

「俺も拒否をして良い気がするが」

 言うとノーマンが頷きながら溜め息を吐いた。


「そうだね。強制は本当の所で出来ないと知っているけど」

 玉座に座っているのに、彼は自国民に命令すらできないとは。王様って大変だ。

「それでもお願いするしか出来ないんだよ、エルム」

 俺は腕を組んで溜め息を吐く。


 こんな風に呼ばれるのは珍しい。

 ナナミの所に呼ばれて来ている時にノーマンが顔を出すぐらいはあるけれど。こんな風に白金等級として王家に招聘されるのは、滅多に無い。

 しかも俺の前に送った白金等級が、想像以上に酷い事になっている。


「…内容を聴いてから考えるのでもいいか?」

 パッと嬉しそうな顔をされた。

 分かり易いのは貴族としていかがなものか。


 俺は謁見の間から執務室に案内される。俺の前を騎士が歩いているが、嫌々しているのが丸わかりだ。ガチャガチャと鎧が鳴っているのに、足運びを変えようとしない。俺の案内とか嫌だろうけどこれも仕事なのだから、そんなに気持ちを漏れさせないでくれ。


「ここだ。入れ」

 命令口調で言われて、開いた扉の中に入ると、落ち着いた装飾の部屋の中にある大きな机の上に書類が詰まれていて、まあ忙しいんだろうなって分かる光景。

 ソファセットがあるので、その横で立って待っていると遅れてノーマンと宰相と騎士団長が二人も入ってきた。


 その人数を見て、結構大ごとなんだなと思った。


「ああ、座ってエルム。取り敢えず何か飲むかい?」

「出してくれるなら何でもいい」

「そうだね、君は好き嫌いが無いんだったね」

 笑いながらノーマンが言って、侍女にお茶の用意をさせている。


 一人掛けのソファにノーマンが座って、その左手側に大人三人が座り、相向かいのソファ、右手側に俺が一人で座った。低いテーブルに茶器が並べられる。


 少し匂いを嗅いで、それから口を付ける。毒も異物も無い。香りが良いなこれ。後で姉の所に持って行こうか。


「あ、美味しいだろ?気に入っているんだ」

 俺の顔を見ていたのかノーマンがそんな事を言ってくる。

「ああ、後で銘柄教えてくれ。キャスタにあげたい」

「お姉さんに?後で届けさせようか?」

「…キャスタが何処にいるか知ってるだろ?お前から貰ったら騒ぎにしかならん」

「私からじゃなくて、サシャからなら良いだろう?」

 ああ、それなら良いか。サシャ嬢には良くして貰っているし。

 俺は頷いてカップを置く。


「貴様は我が王に向かってなんていう口の利き方を」

 初めて見た騎士団長が腰の剣を抜く勢いで俺を見ている。騎士団長と分かるのは勲章のせいだけど、その隣の団長は溜め息を吐くだけで。

「やめておけ。エルム殿はいつもこんな感じだ」

「あはは、リガードの言う通りだよ、プライズ。エルムはこんな感じだから、気にしたら負けらしいよ」

「ナナミが言った言葉だな、それ」

「そう、勇者は面白いよね」


 それぞれが紅茶に口を付けて、カップを置くと、宰相のシャトルが俺に紙を寄越してきた。受け取って読んでみる。


「これは酷いな」

 俺の言葉にノーマンが頷く。

「そうなんだ。元は離島から始まっているらしいけど、その近くのトレモ帝国まで被害が出ているようだ。今のところフィランスタ聖公国から、聖人を派遣してもらって凌いでいるというけれど」

 次の紙を見てみる。白金等級のパーティの名前が書いてあった。大多数の名前に横線が引いてある。


「随分、やられたな」

「聖なる力が無いパーティは難しいらしい。私の国に所属しているパーティだけでも相当だけど、トレモ帝国の白金等級のいるパーティは全滅だそうだ」

 ノーマンが溜め息を吐く。地図上では大陸の真ん中にあるクラータ王国も、そろそろ侵略圏内に見えた。


「これ、そろそろ来るだろ?」

「怖いこと言うねエルム。やっぱりそう見えるかな?」

「地図で見る限りは、不味い感じだな」

 ノーマンが真剣な顔で頷く。

 次の紙には被害状況。急に細かい字列になり、被害の数は数えられないほど。うん、そうか。


 二杯目を入れて貰った紅茶を口に含む。

 俺は紙をテーブルに置いて、前に座っている三人を見る。紅茶を飲みながら見ているとリガードが苦笑する。


「なんだい?エルム殿?」

「いや、どうしてあなたたちが居るのかなって」

「国の防衛の話なら我々が居てもおかしくはないだろう」

 話しかけたリガードじゃなくて、もう一人のプライズって人が言ってきた。


「近衛は国の防衛に関係ないだろう?」

「我々は王族を守り国も守るのだ」

 自信満々で誇らしげに鼻息荒く言われても。排除しても排除しても、こういうのは湧いてくるんだなあ。そんな感想をもったまま、三人を眺めている。


「それで、エルム殿は行ってくれるのか?」

 宰相が返事を催促してくる。話を持って帰ってもいいけど、割とマズい事態な気がしている。それに俺が話を受ける前提なのか、宰相の膝にはまだ渡されていない資料が結構置いてあった。


「いくら出す?」

 ノーマンに聞いてみる。

 プライズが立ち上がって俺に向かって紅茶を掛けた。剣を抜かなかったのは評価するけれど、失礼だなこの男。髪の毛から零れている雫を手で拭ってから、プライズを見上げる。

「貴様!国の一大事に、そんな話を!」

 はあって溜め息が出た。

「じゃあ、あなたはこの事態に自分の領地の税金全額を出せるのか?」

「は?」

「あなたが言ってるのはそういう事だ。何で冒険者がただで動くと思ってるのか」

 俺の言葉が終わるまでノーマンが待っていた。

 視線を感じて、顔を見ると苦笑される。


「さすがに国庫全額とかは無理だけど」

「うん。飢えた民衆に狙われるのは断る。あ、ありがとう」

 俺は侍女が渡してくれたタオルで頭を拭く。

「だから、幾らなら出せるんだ?」

「国庫の半分なら」


 でかい金額きたな。

 そうか、どうしようかな。金額が大きいという事は、非常にまずい案件という事で。悩んでいる俺を無視して、プライズが座って怒鳴った。


「そんな奴に莫大な金を掛けたとて、何もなりません!その分を軍にお渡しください。我々が事態を解決してみせましょう」

 怒鳴ったプライズに微笑みかける。

「あ、やってくれるのか?よかった、余りに金額が大きいからどうしようかと。命は惜しいから頑張ってもらって」

 そこまで言ってノーマンが泣きそうな顔になっているのを見た。

 本当に腹芸が出来ない王様だな。


「エルム以外では勇者ならできると思うけど、勇者がエルムの方が確実だというから頼んでいる。軍の歯が立たないという事は、軍国のトレモ帝国が半分潰滅しているから分かっていると思うけど、エルムには」

「さっき資料で見た。将軍が何人も亡くなっているようだな」

 宰相が重い溜め息を吐く。


「プライズ殿は黙っていてくださるか?話が進まん」

「しかしこんな、冒険者風情に国庫の半分を渡すなど」

「それほど、困難な状況という事なのだ」

 シャトルが言っても納得しないのか、まだ俺を睨んでいる。

 そんなことよりも。

「お前さ、紅茶を人に掛けといて謝らないとか。どういう教育受けてるの」

 俺の言葉に騎士団長がまた立ち上がる。

「プライズ、お前はもう良い。部屋を出なさい」

 やっとノーマンが言った。

「我が王よ、私は」

「彼は私がわざわざ呼び出して、ここに来てもらっているんだ。その客人にお前は失礼が過ぎる。私の客人に対する態度ではない」

「しかしこんな平民が」

「それなら、お前が白金等級を取って来なさい」

 プライズが動きを止めた。

「私は近衛騎士です」

「彼は冒険者の中でも世界で百人もいない白金等級の冒険者だ。白金等級は血筋では取れず、金でもとれない。ただひたすらに実力だけで手に入れる物だ」


 ノーマンが怒っている。そうか怒ってると王様らしい顔になるんだな。

「その力を頼って話をしている。お前が邪魔をするなら出て行きなさい」

 力なく座るプライズ。出て行かないようだ。

 まあ、どっちでもいい。


「報酬が高すぎる。それほどって考えて良いかな」

「ああ、エルム殿に来ているのは、ギルド連盟の正式な依頼だ」

「連盟って、国何個分の話なんだよ」

 聞けば聞くほど話が大きくなってきてないか?


「ああ、もしかして本命の離島の前に、俺に移動しながら処理して行けと」

「…これが正式な書類だ」

 宰相が膝の上から一枚渡してくる。

 後出しはもう止めて欲しい。目を通しはするが。


 想像通りの面倒な依頼に呆れて、紙をテーブルに置いた。

「これって、レイド前提じゃないのか?」

「本来はそうだったと聞いている。しかし、白金等級のパーティ五十人でも無理だったのだ」

「ああ、だから俺一人で行けと」

 宰相が肯く。そんな事態を俺ひとりでどうしろっていうんだ?


「ごめん、もう一杯貰って良い?」

「あ、はい」

 侍女さんに頼んで紅茶を入れて貰う。他の人も入れ替えて貰っている。

 そうかあ。

 テーブルの上のクッキーを齧る。甘い。

 どうしようか。道中でどこかのドラゴンを狩らないと無理かな。いや、もう少し小さくてもいいか。


 もう一度簡単に書かれている地図を見る。

 多分国境に何かいるだろう。この間ドラゴンを襲ったばかりだから魔力が切れるとは思わないけど。


「……用意してもらいたい物があるけど」

「何だろうか?」

 宰相が聞いてくる。

「聖水とかポーションとかって不足しているのか?」

「今は他の国が買い集めているようだが、わが国ならまだ集められると思う」

 なるほど。

「まあ、行くよ。仕方なさそうだし」


 ノーマンがほっとしたように呟いた。

「エルムありがとう」

「うん。国境とかに防御用の魔石とかも欲しい。他の国でも使うから集められるだけ欲しいかな。ギルドに連絡して貰って、あとは宮廷魔術師の人と話がしたい」

「今すぐ呼んで来よう」

 宰相が部屋を出て行く。


「俺達に出来ることはあるか?」

 リガードが聞いてくる。

 俺はノーマンを見る。そうやって何も言わずに見返されても困るのだけど。騎士は王様の軍隊だろう?

「俺からは何とも言えないかな。軍がいないと最後は守れないだろうし」

「そうか、一緒に行くのは駄目なのだな?」

「俺と?」

 聞き返すと頷かれた。それはなあ。

「白金等級五十人以上の能力があるなら来てほしい」

「それは無理だな」

 困った顔で笑われる。

「それは、どれぐらいの力なのだ」

 呟くように聞いてくるプライズ。俺は考えてみる。


「ドラゴン百匹ぐらいを一時間で倒せる感じ」

 ポカンとした顔でその場の人達が俺を見る。本気で言ってますけど?白金等級が五十人だろう?それぐらい出来るって、むしろ瞬殺だろう?


「そんな事が」

「え、出来るはずだけど。一人で二匹倒せばいいだけだし」


 リガードがあきれて首を横に振っている時に、宰相がローブ姿の人を連れてくる。俺が顔を見ると頭を下げてくれた。

「お呼びだと聞きまして」

「ノーマン、そこのペンと紙を借りてもいいか?」

「ああ、どうぞ」

 立ち上がって机の上で紙に呪文と魔方陣を書く。

 隣に立ってそれを見ている魔法使いが少し唸った。

「これはまた、数人がかりですね」

「そうか?まあできる範囲でいいから、国境とか町境とかに魔石に書き込んで置いてほしい」

「しかも魔石に書き込むのですか」

「うん。ずっとかけて魔力を取られるのは現実的じゃないし」

 出来そうかなと顔を見る。俺を見返してきてもう一度軽く頭を下げられた。


「お話が出来て嬉しいです。私は宮廷魔術師筆頭、イミションと言います。お噂はかねがね聞いていましたが実際に見るとまた凄いですね」

「え、そうか?」

 そんな難しい魔法だと思ってないが、認識の違いは仕方ない。イミションに渡した紙をノーマンが覗く。

「これは難しそうだね?」

「手順が多いだけで、掛けてしまえば暫くは持つから」

「分かりました。これ以外は何か?」

「いや、今のところは守りを固める以外は手立てがないと思う」


 部屋から出て行くローブ姿を見送って、ノーマンを見る。

「なんだい?エルム?」

「まあ、本当に国庫の半分は貰わないけど」

「え?じゃあいくら欲しいんだい?」

「…用意してから考えるよ」

「分かった」


「お前はどれぐらいでドラゴンを倒せるのだ?」

 部屋を出ようとした時にプライズがまた話しかけてくる。

「え、一匹なら数秒で」

「え?」

 俺の言葉にプライズ以外は驚かない。

 何も言わないノーマンを見ると、首を傾げられる。他に出来る事と言えば。

「これぐらいの城も一瞬だと思うけど」

「実例があるのだから、想像みたいな言い方をしないでほしい」

 本気で苦笑された。


「まあ、ここでなにを言ってもただの言葉の応酬で、全く実利が無いから。この一件が終わってからまた話そうか?」

「ああ、いいよエルム殿。近衛とかは軍の問題だ。こっちで色々やるから」

 リガードがそう言って、まだ話したそうなプライズの肩を叩く。

「そうか?じゃあよろしく」

 それならそっちでどうぞ。全く俺には関係ない訳だし。残っていた資料を宰相から貰って、俺は城から家に帰った。




 長く家を空けるかも知れないとベルクに言うと、待っていますと言われた。

 もしも俺が死んでも、奴隷紋が破棄されて生きていけるだろうから、心配はないと思う。


 まあ本当なら、この国に聖女でもいればいいのだろうけど。

 生憎クラータ王国には聖女や聖人はいない。

 いるのは、多分最初に訪れる事になる、フィランスタ聖公国になる。


 まあ今日のところは寝るか。





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