子供の領域




 目が覚めたのだが、だるい。

 ベッドから身体を起すが、なんだか身体が重い。


 階段を降りて、リビングに行くと母と姉が居た。

「おはよう、エルム」

 姉のキャスタが、俺の顔を見て首を傾げる。

「おはよう、姉さん」

「うん。エルム変な顔してる」

「変な顔とは」

 俺が言うと、母が寄ってきて額を触った。


「声がおかしいと思ったら、エルム熱があるわね。寝てなさい」

「え、熱?」

 自分で触ったけれどよく分からない。

 だるいのは分かっているけど。


 追いやられて自分のベッドに戻る。

 横になったら確かに身体がおかしい気がした。

 え、なんだよ、俺。頑張れよ。


 今日はギルドにいって、直して、それから。

 ゆらゆらと、世界が揺れている気がする。

 フレイに謝って、それから。


 誰に、謝れば良い?

 どれぐらい、あやまれば、無事に生活できる?

 どれだけ動けば、ここを守れる?

 腕があがらない。寒い気がする。


 おれが、やらなければ。





 さやさやと、麦穂が風で擦れて音を奏でる。

 金色の畑が、村の土地に一面広がっている。


 父さんが大きな鎌で、畑で刈り取っている。

 その横で姉さんと母さんが、小さな鎌で取り残しを刈って。

 俺は脱穀するために、麦をまとめて。


 半分も取れていない畑に豊作だと笑う。

 四人で昼飯を食べて。

 日が暮れる前に、もう少し刈り取ろうって。



 此処は何処だろう。

 この先は何処に行くのだろう。


 俺はどうして、欲しい物が手に取れないのだろう。

 この風景が。

 ずっと続くものだと思っていたのに。


 手を伸ばす。

 届かない手を伸ばす。


 ゆっくりと世界が消えていく。

 待ってくれ。俺を置いていかないで。




「大丈夫か?」

 誰の声だ?

「エルム大丈夫か?」

 誰の、声だろうか。


 薄く目を開ける。

 心配そうな顔をしているグレイブがいる。

「どうして、いるんだ?」

 聞くと困った顔で笑った。

「酷い声だな。お前が来ないから心配で見に来たんだ」

「そうか」

「お前に掛けられていた報奨金が、解除されたから帰ってこないかって」

「知っている」

 グレイブが驚いた顔をした。

「もう話が来たのか?」

「昨日、交渉したからそうなるのは知っていた」

「そうか、それなら、王が変わったという話は?」

 早いな、あの二人。本当に速攻で改革したのか。

 肯くとまたグレイブが苦笑い。


「ギルドが混乱しているなんて知らなくて、俺は昨日帰って来たから」

「どこか行ってたのか?」

「ああ、護衛依頼で隣町まで」

「へえ」

 ユラユラと世界が揺れている。

 視界が定まらない。

「それで、他に何か有るのか?」

「ああ、いや。御免、明日で良い気がする」

「そうか?」

「お大事にな」

 部屋から出て行くグレイブを見ながら、俺は何か違和感が。



 まて。どうして男が家に入っている?

 起き上がって防御魔法を確認する。一重しか掛かっていなかった。

 急いで下の階に降りる。


 母はいたが、姉は部屋に入って閉じこもっている気配。

 ああ駄目だ、寝ている場合じゃない。

 部屋に戻って、本棚の魔法書を探す。何時もは見ない魔法付与の本を探す。俺が主体じゃなくて、別の、魔石とか他の媒体を使った防御を。


 ぐらりと視界が揺らぐ。

 そんな場合じゃないんだ。しっかりしろ俺。


 上着を着て、外へ出る。今は俺からの魔力で三重にしたから、平気だ。

 魔石を何処かで。何処にあるんだっけ魔石って。

 走りにくい。気持ちが焦る。


 こんなに魔力があるのに、どうして上手くいかないのか。

 きちんと魔法を学んでいないからか。

 魔力を安定させる時間が必要なのか。

 ああ、息が切れる。


 町の門から外へ出る。顔パスで何だか変な顔をされた。

 そうだ、魔石は魔獣の中にある。魔獣から、魔石を取らなければ。

 今まで取ろうなんて思っていなかったから気にしていなかった。

 家の守りを万全にするなら、必要だ。


 俺が死んでも。

 二人を守りたい。

 そうだ俺だって死ぬ。いつか、明日にでも。


 魔石が早く欲しくて転移で飛んだ。

 山の中に飛んだけれど、どこか雰囲気が違う。

 雪があるなんて知らない山の中かもしれない。

 それでも魔獣はいるはずで。


 ふらつく俺の前に。

 見た事もない白い巨人が立っていた。


 目があった途端、大きな咆哮。

 髭に垂れ下がっているつららが、その叫び声で落下していく。

 それを避けながら魔法を掛けるが、小さな傷しかつかない。魔法がほとんど効かない。

 魔法耐性が高いのか。それでも連続で魔法を掛ける。


 きっと物理の方が良い。

 けれど俺は子供で、武器などほとんど使った事がなくて。

 身体をぶん投げられる。凍った木にぶつかって骨が折れた気がする。

 眩暈が酷い。


 魔法で武器を作る。

 俺に握れるのはショートソードで。


 こんなモノで切れるのは表皮だけで。足元の高さしか切れない。巨人なんて厄介な。掴まれて、また投げられて、頭も切れて血が出ていた。

 何かの玩具のように、片手で掴まれては投げられる。

 その度にどこか折れて。

 その都度、治しながら。


 少ししか効かない魔法で、じわじわと足の腱を切り。

 やっと巨人の身体を転がして、上に乗っては散々叩かれた後で顔に張り付いて、目を抉った。ショートソードで奥まで突き刺して。眼窩に肘まで埋まった。

 死んだあとは簡単に魔法が効いた。

 魔法で腹を裂いて魔石を取り出す。

 大きな石は、魔法を蓄積させるのに足りるようだ。


 自分の胸のあたりを掴む。息が苦しい。

 俺は何で、一人でこんな。

 辺り一面の景色が雪と氷で閉ざされている。歩いても雪で足がもつれる。

 早く帰って家に置かないと。


 転移で家に帰った。

 温度差で、また視界が歪む。

 庭と家の間の地下に石を埋め込む。魔力は十分に込めてある。

 これで多分大丈夫。

 これで。




 気が付いたら、自分の部屋で。

 世界がグルグル回っている。

 気持ち悪いが吐く気もしない。口を引き締めて吐き気を我慢する。

 頭に布が巻いてあった。まだ血が付いている。


 あれ?帰ってきてから自分の部屋に入ったっけ?


 防御魔法の掛かりが、多重に何時もより多くかかっていて。

 ああよかったと思って。

 そこまで確認したら、また意識が無くなった。




 薄目を開ける。泣いている母さんが見える。

「あなたはまだ子供なのよ?そんなに無理しないでいいの」

 顔に滴が、かかる。

「ごめんね、エルム。あなたを頼るしか出来なくて。でも、大人のふりをしなくていいのよ?もっと甘えてくれていいのよ?」

 でも、俺が守らなければ。


 母さんが肯きながら、額の布を取り換えてくれる。

「ありがとう、エルム。あなたはいつまでも私達の子供だから。忘れないでね」

 頷くとまた頬を撫でられる。手を伸ばすと握られた。

 今はいいだろうか。子供のままでいても。





 朝日が眩しい。

 目が覚めて起きる。頭の布に着いた血は乾いていた。

 防御魔法を確認する。

 無理した分しっかり起動している。よかった。


 下に降りて、風呂に入る。髪に付いていた血の欠片も流れていく。


 食事をして、上着を着て。

 母と姉を見ると心配そうな顔をしている。

 精いっぱい笑いながら言ってみた。

「行ってきます」

 そう、子供らしく。



 何もなくなっているギルドの前に向かった。何故かフレイが立っていて俺を見たら泣きそうな顔をした。

「無事だったのですね」

「うん」

「よかった」


 俺は更地を指さす。

「ここ戻そうか?」

「え、出来るのですか?」

「うん。予算大変でしょ?」

 聞くと困ったように笑われる。


「でも怒っていたのでは」

「怒ってたけど、殺したくないから建物を壊したんだよ。そうでなければ確実に全員を切らなければいけなかったから」

「はい」

 フレイだって殺されると分かっていただろう。

 それなのに隣に立っているのに、俺に抗議もしてこない。


「〈復元〉」

 簡単な言葉。それでも以前と同じ姿になるのは行使している俺でもびっくりする。

 ゆっくりと何処かから物が集まり形作られ、出来上がる。時間が巻き戻るかのように、もしかしたら本当に時間が戻っているのかも知れない。


 とにかく、以前と同じく古びたギルドが目の前に出来上がった。

「完全に戻っているか、確認して貰えると助かる」

「はい。それでは」

 そう言って中に入っていくフレイ。

 俺も中に入って、食堂の方に座って動いているフレイを見ている。

 暫くして、食堂の人とか受付とか買取りとか、働いている人たちが中に入って来た。座っている俺を見てぎょっとするが、頬杖着いてフレイを眺めているだけだと分かると、それぞれの仕事場に向かった。


 通信機も戻っていたようで、幾つかの通信を見て、眉を顰めている。

 それからなにか言おうとしていたフレイが、開いた扉から入って来た人物を見て、口を閉じた。その視線につられて俺も入って来た人物を見る。

 一人はアイシン。もう一人は見た事がない冒険者だった。


 アイシンが俺を見て傍まで走ってきて、椅子の足元に膝まずいた。

「すまなかった!エルム!!許してくれ!!」

 俺は何も言わず、それを見降ろしている。

「お前が許してくれれば、俺は」

「止めろ、アイシン。みっともない」


 後ろの男が声を掛ける。

 アイシンが振り返って、立っている男に怒鳴る。

「お前はいいだろうが、俺は!」

「君がエルムか」

 男はアイシンを無視して、俺に聞いてくる。

「そうだけど、あなたは?」

「俺は、セトルという。ショロンの新しいギルドマスターだ」


 俺はアイシンを見る。

「助けてくれエルム!このままじゃ俺は浮浪者になっちまう!」

 セトルを見上げると、肩を竦められた。

「アイシンはギルドを追放になった。理由は役職放棄だ」

「俺は自分の役職を放棄などしていない!」


 セトルがじっとアイシンを見ている。

「エルムに対する態度や発言が、役職を全うしていないと判断された」

「俺が何を!」

「自分の利益を優先してギルド員を見捨てた」

「見捨ててなどいない!」


 アイシンの反論に言葉を止めずセトルが、さらに言う。

「他のギルド員を先導して、同じギルド員のエルムを殺害しようとした」

「殺害なんて!」

「それぞれの武器で傷つけようとした。こんな小さな子供を。そこに殺意が無いとどうやって証明するんだ?」

 アイシンが黙った。俺は何も言わないで話の終着点を考えてみる。


「とにかく、王室からの通達だ。ギルドも断わらなかった。別に不都合はないからな」

「俺がどうして」

「今、説明したが」

 アイシンが立ち上がって、俺を指さす。

「あの時は王室から報奨金が出て、エルムを捉えろという話で!」

 俺はまだ椅子に座って頬杖のまま、アイシンを見上げている。

「だから王室に下ってくれと頭を下げたら、断られた!ギルドが無くなるかもしれないと俺は!」


 セトルがアイシンを見ている。

「だから武器を構えたのか?」

「こいつが魔法を使う素振りをした。必要な対応だ!」

 俺はふっと笑ってしまった。

「あなたは、王室から言われた事なら従うのだろう?」

 俺の言葉でアイシンが怯む。


「俺に言ったじゃないか。たとえ理不尽でもそれに従えと」

「それとこれとは」

「一緒だよ。俺に言われているのか、あなたに言われているのかの違いだけだ」

「それ、は」

「一緒だよ。従った方が良いんだろう?」

 黙ったアイシンにセトルが溜め息と共に告げる。


「今何を話しても良いが、これは決定している事だ。お前が何を言ってもエルムが何を言っても、ギルドの意思は変わらない」

 アイシンは口を閉じたまま、そこに立っている。

「まあ、暴れられても困るからな」

 上着のポケットから、小さな縄を出したセトルがアイシンの手を縛り上げた。


「な、なにを」

「お前が暴れないようにしただけだ。ギルド員を守るのがギルドマスターの役目だからな」

「これじゃ、犯罪者みたいじゃないか!」

「みたいじゃなくて犯罪者だよお前は」

 セトルの言葉にアイシンが黙る。


 ギルド内が静かになっていた。

 従業員たちも仕事の手を止めて、この事態を見ていた。


 俺は、なるべくしてなったとだけ思った。

 あの夜に動いて、まあおかしな事態ではあったが、事態が動いて思う方向になったなあと思うだけだ。

 それが正しいかは俺の判断では無い。

 多分ずっと後の人達が、歴史学者のような人達が決めることだ。


 俺に正義は、ないのだろう。



 アイシンは外から来た民兵に連れられて、ギルドを出て行った。

 俺が背伸びをすると、ギルドの食堂の給仕の子が、お茶を出してくれた。テーブルの上にカップが置かれる。

「…いくら?」

「お金なんていらないですよ。ここ直してくれたんでしょう?」

「?」

「魔法じゃないと、こんないっぺんに直らないから。それでここに居る魔法使いはあなただけだから、あなたでしょう?」


 そう言われてカップに口を付ける。

 毒や異物が入っている気配はない。そのままお茶を飲む。

 ふつうの、紅茶。


 セトルが俺の相向かいに座る。

「なに?」

「話がしたくてな。おい、俺にもお茶をくれ」

「はーい」

 給仕の子が明るく答える。

 セトルは俺をしみじみと見てから前髪をかき上げた。


「正直、報告に有るような魔法使いとは思えないが。まあ、フレイの報告が嘘の訳もないしなあ」

 俺じゃなく、フレイに信頼があると。

 俺の表情を見ていたのか、セトルが笑う。

「フレイの信仰している神は、堅物でな。嘘も偽りも許さないらしい。全く人間には信じられん話だが」


 俺がフレイを見ると、受付カウンターから外に出ていたフレイも、俺と同じテーブルにきて、セトルの隣に座った。

「まだエルムさんには言っていませんのに」

「お、そりゃ悪かったな」

 おや、仲がよさそうな。


「私はハーフエルフです。信仰はエルフの神を信じています。真面目な神なのです」

 なるほど。

「俺とフレイは同じパーティだった。フレイがショロンに来て、俺は地元に残って別れた。だから、元仲間ってやつか」

「なるほど、ね?」

 その説明が、俺に必要なのだろうか?


「それで、エルムの処遇だが」

「俺の処遇?」

「ああ、ギルド辞めただろう?」

「うん、やめたよ。それがどうかした?」

 俺の返事にセトルが苦笑いを浮かべる。


「困っていないのか?」

「金銭的には、まだ平気。だいたい、ここのギルドじゃなくて別の所でも良い訳だし」

「あ、ああ。まあ、そうだな」

「魔獣の買取りだけなら、商業ギルドでもやってるって教えて貰ったし」

 セトルがうんと頷いた。

「それはそうなんだが」

「なに?何か困る?」

 俺の質問にセトルが頷く。


「俺のギルドに居て欲しいというだけだ」

「なんで?」

「強い魔法使いが所属しているという利益的な奴だ」

「なるほど」

 正直に言われたので不快感は無い。まあそれで、所属するかどうかは別だけど。

「もう、此処は嫌ですか?」

 全力で断りたいぐらいには不信だ。

 けれど、その不信の元は此処からいなくなった。

 分かっている。彼が王様になるなら、俺に有利な国だと。


 あとは俺の気持ちだけだ。それが全て。


「仮でいいかな。暫くは魔法を学びたいと思っている」

「エルムさんが魔法ですか?」

 フレイがそんな事を言う。俺はあなたに説明した気がするが。


「まだ覚えてから半月ぐらいなんだ」

「あ、そう、でしたね」

 セトルが隣のフレイを見ている。慌てているのが珍しいのだろうか?

「仮かあ。白銀等級じゃ駄目か?」

「何か違うの?」

「確実性かな、所属してくれるという」

 そちらの都合という訳だな。


 本音はもう、しばらくは、何もしないでいたい。

「エルムさん?」

「ごめん。俺まだ十歳なんだよ。だから仮でいいかな?」

 二人に顔をまじまじと見られた。

 それから、フレイは顔を真っ赤にして俯いたし、セトルは髪をかき上げて天井を見た。

「ああ、ごめん。子供に無理言ってるな」

「すみませんエルムさん。私もそれを忘れていました」

 二人の言葉に俺は苦笑する。

「俺が大人みたいな行動しているから、対等に扱ってもらって有り難いと思うよ。でもちょっと詰め込み過ぎた気がして。少し休みたい」


「それがいいよ。エルムはちょっと休んだ方が良い」

 急にグレイブが話に入って来た。一体どこに居たんだろう?

「まだ完全に熱、下がってないだろう?あれだけ酷かったのだから」

「俺そんなにひどかった?」

「声なんてほとんど出てなかった」

「そっか」

 フレイが驚いて俺を見る。

「具合が悪かったのですか?」

「うん、二日ぐらい熱があっただけだけど」

 俺は笑って言えてると思う。


「だから、仮証出して貰えるかな。また、気が向いたら来るよ」

 気が向かなかったら来ないかもと、通じたらしい。

 その場にいる三人に、困った笑顔をされた。



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