信頼など一瞬
数日ギルドには来ていなかった。
別件に付きっきりだったし、王都にも行っていたから。
だから、入った途端に皆に見られて少し驚いた。
ギルドの中にいる冒険者たちが俺を見ている。
え、なんだ?
「エルムさん」
「なに?」
フレイが受付カウンターの中で立ち上がって声を掛けてくる。
「あなたに報奨金が掛かっています」
「報奨金って?」
「あなたを捕まえて、連れて行けばお金が貰えるという事です」
「は?誰がそんなこと…」
いや、そんな事してきそうな奴は心当たりがあるな。
俺が見ると、フレイがはっきりとした声で告げる。
「王室から出ています」
「ほお」
なるほど?
俺を敵に回すと、そういう意味だね?
「町で噂になっています。捕まえようという者もいます。ギルドでも庇いきれるかどうか」
「ああ、いいよ。そんな事はしなくって」
「え、しかし」
俺が笑うとフレイの言葉が止まった。
「なるほど、そういう事するんだな?あの第七皇子は」
「あの」
「俺に敵対するとか、分かっているのかなあ」
「怒っていらっしゃいますか?」
「怒らない人がいたら教えて欲しい。王室って代替わりしちゃってもいいかな」
俺の言葉に誰も返事をしない。
「エルム」
アイシンが外に出て来て俺の前に立つ。
「なに?」
「経緯は分かるのか?」
「は?俺の所に来て、手下にならなければ家族を殺すっていうから。言ったやつの首を切った。それで帰って行ったけど、全員やっとけばよかったな」
「王族に仕えるのは嫌なのか?」
俺はアイシンを見る。
「正式に話をして、交渉の余地があったなら考えたけど。いきなり町の外で騎士に囲まれて武器を突き付けられて、それで平民なんかどうにでもなるなんて。話す余地はないな」
俺の話を聞いてアイシンが何かを考えている。
「今からでも交渉できないか?」
「は?」
何を言ってるんだ、こいつ。
俺の顔を見てアイシンが頭を下げた。
「どうにか気持ちを押さえて、王室に仕えてくれないか?」
「…え、本気で言ってる?」
「このギルドが、反逆者を抱えているという事実で取り壊しになるかもしれない。此処は慈善事業じゃないんだ。お前がいれば」
俺は首からギルドタグを外して、フレイの前のカウンターにたたきつけた。
「辞めるからギルド。それでいいよな?」
「いや、エルム」
「話にならない。俺は王都を殲滅したっていいと思っているのに」
「しかしそれでは」
「五月蠅いな!!」
怒鳴った俺をアイシンが見ている。
「俺は家族が守れればいい。それを奪うというのなら世界など敵になっても構わない」
「エルム、それなら俺達はお前を捕まえなければならない」
「この町を消すぐらい簡単な俺を?手を出すならお前たちが消えるのなんか一瞬だけど。いいんだな?」
アイシンが剣を抜いた。他の冒険者たちも剣を抜いて構える。
「止めてください!エルムさんにかなう訳が」
「フレイ、戯言は止めろ。俺達だって冒険者だぞ」
剣を構えた男たちが何かを言っている。戯言は耳に入らない。
ふいに”ル”が話しかけてきた。
《ああ、仕方ないなあ。エルムくん、人は殺さずに建物だけ倒壊する魔法を教えてあげるから、それを使って脅すと良いよ。それでも敵対してくるなら》
〝ル”が笑う。
《殺して良いよ。こんな世界の屑どもは》
目の前に複雑な呪文と魔法陣がぱっと見えた。
「〈潰滅〉」
言った途端にザラッとギルドの建物が崩れた。
突風が吹いて、粉上になったものを何もかも吹き飛ばす。俺がそこに立って他の全員が尻もちをついていた。今まであったギルドの場所はまるで更地のように何もない。
石の粉の様なものが地面に少し残っているが、残がいのように形のある者は視界内には存在しなかった。
「命はまだ奪う気はないけど、どうするの?まだ俺とやり合う?」
俺が言うと辺りを見回したアイシンが口をパクパクと動かした。
「何をしたんだ、エルム」
「建物だけを壊した。いや消した、かな」
「どうやってそんな」
「やり方を聞くの?余裕だな」
俺の顔を見てアイシンが黙った。
「俺が怒ってるって分かってる?一回は殺さないであげるけど、二回目はないよ。それでもまだ武器を向けるのか?」
全員が自分の手に持っている武器を見ている。
「命がある限り俺を狙うというなら、それは敵対者とみなす」
怯えた顔でアイシンが俺を見ている。
「お前はなんなんだ」
「話している時間が惜しいよ」
俺は王都に転移する。この間来たばかりの綺麗な白い街。
第七皇子の場所など、すぐに分かる。
ここで手を抜くなんてしない。最大範囲で探査を掛けた。
王城の離れの二階にそれはいた。
俺は堂々と正面から行く。止める騎士たちは、はじかれ飛んで行った。生死は確認しない。
「〈潰滅〉」
俺が歩く先から建物が崩れていく。砂の山になっていく先にそれが居た。
崩れていく壁がそいつと俺の目線を合わせる。
「お前は」
「俺に用があるそうだな」
足元が崩れても俺は空中に浮いている。
「え、あ」
ミーリヤが崩れる床に落ちていく。
「俺はお前なんかに用はない。報奨金とか立場を利用して何をしているんだ?」
どんどん崩れていく場所に、怯えて何も言えない青年がもがきながら座っている。その首をもぎ取ろうと思った時に後ろから声が掛かった。
「待ってほしい」
振り返ると、上等な服を着た40歳ぐらいの男が立っている。
空中に浮いている俺を見上げていた。
「どうして?」
「それが君に何かしたのだな?」
「…誰?」
「それの父親だ」
父親。王様って事か。
「どうしろと?」
「それに話を聞く時間が欲しい」
「手短にね」
「有難う」
親はまともなのかな。それとも対外的にふるまえるって事かな。
「ミーリヤ。お前は何をしたのだ?」
「あ、その、そいつがソイリを殺したから。ここに連れて来いって報奨金を掛けました」
王様が俺を見上げる。
「ソイリは君に何を?」
俺は溜め息を吐く。
「俺が使える魔法を求めてそいつと騎士たちに囲まれた。仕えろというから断ったら平民なんか殺せるって言うから、それを言ったやつだけ切った。他の奴は帰るって言うから返してやったんだけど」
「報奨金をかけられたと」
「そう」
ミーリヤが話に割り込んでくる。
「そいつが私に仕えたくないと!私に仕えるのは幸運だというのに!」
王様がミーリヤを見る。
「それで?」
「だから私の所に呼ぶために、大臣にいって報奨金を掛けて貰ったんだ。父上だってこんなに強い魔法使いなら欲しいでしょう!?」
王様がまた俺を見上げる。
「そうだな。交渉はしてみたいが」
「そうでしょう?おい、お前!私に仕えろ!最高の名誉だぞ!?」
バカの話は聞きたくない。俺は王様に確認を取る。
「もう良いかな?」
「もう少し良いだろうか?」
逆に返された。
離れは既にほとんど崩れて、跡形もない。
王様の後ろには、騎士たちがたくさんいて、弓を俺に向けて構えている。その後ろには魔法使いが何人もいて何かを詠唱している。
「それなら、あの詠唱をやめさせて。ちょっと五月蠅い」
「…やめるんだ」
王様の声は静かに響いて、魔法使いたちが戸惑う様に口を噤んだ。
「弓は良いのかね?」
「まあ、それぐらいないと、あなたが怖いでしょう?」
俺の言葉に王様が何故か笑う。
「そうか。君と話し合いは出来るだろうか?」
「俺が怒っていないと思っている?」
「悪いようにはしない。どうやら君の言い分の方が正しい気がする」
ミーリヤが叫んだ。
「父上!?」
「これを牢に入れておけ。待遇は後で伝える」
「え?」
ミーリヤは騎士に両腕を掴まれて、引き摺られていく。
「父上!?何で私を!?」
遠くまで運ばれていく。王城の下にでも牢があるのだろう。
俺を見上げている王様が、再度話しかけてくる。
「話をしてくれるだろうか?」
「報奨金はすぐに止めて欲しい。それから親なら、子供の分ぐらい謝れよ」
周りの騎士たちがざわつく。
あやまれよ。俺は怒ってるんだから。
それなのに驚いた顔をされた。なんで?
「本人に謝らせるのでは駄目なのか?」
「あなたが謝る必要は無いと?」
「私は君に悪い事をしただろうか?」
「あれの教育が間違っている」
そう言うと笑われた。
「それは教育係が悪いのだろう。それに謝らせるとしよう」
「ああ、あんたは謝らないと」
「王という者は簡単に謝ってはいけないのだよ」
俺が笑うと不思議そうな顔をされた。
「俺は怒っている。お前たちの傲慢に」
「私の騎士や魔法使いに勝てるとでも?」
「ああ。そういう余裕ね?」
「それが王という、」
「〈消滅〉」
苛立ったまま俺は、王様以外を生きたまま全て消してみる。
騎士も魔法使いも。潜んでいる隠密の人も。何もかも。
王様が静かになった周りを眺めた。
俺と彼しか周りにいない事にゆっくりと驚いている。
「何をしたのだ?」
「さっきから言っている。俺は怒っているんだ。お前たちの常識内で礼儀正しく話し合いなんてしたく無いんだよ」
なぜか王様がぶるっと震えた。興奮しているのか顔が赤い。
「是非、君に仕えて貰いたいが」
「話が通じないのは、親子だな」
俺がついた溜め息の意味が分かるのだろうか、この王様は。
遠くから誰かが来るのが見えた。三人ぐらいで走ってきている。
さっきから魔法で見られているから事態の収拾に出て来た誰かかな。
近づいて来るのを待ってみる。
誰か話が通じる奴がいればいいけど。
「待って、くれ。父を殺すのは、待ってくれない、か」
息が上がっているようなので、話せるまで待っている。俺が何もしないのを知って安心したようだ。
「父上は城に帰って下さい。これ以上彼を怒らせないでください」
「私が何を」
「おい、連れて行け」
一緒に来た騎士に連れられて、王様が振り返りながら歩いていく。
この人の言う事聞くんだな。
「すまない。弟と父が大変失礼をした。申し訳ない」
「…あなたも話をしたいって事?」
「仕えろという話ではない。落ち着いて貰いたいと思っているだけだ」
俺は浮いて居た場所から、謝ってくれた彼の前に降りる。
「ありがとう、降りてくれて。俺は第一皇子のノーマンという。君が怒りで弟の所に来たと聞いた」
「ああ、魔法で聞いてるんだよね。そうだよ、怒っている」
「…聞いていたと知っているなら、話しやすい。どうすれば怒りを収めて貰えるだろうか?」
俺は都の中心たる城を眺める。
居場所はなくなった。それは自分の愚かな行動のせいだろうか?
俺の怒りは理不尽だっただろうか?
「報奨金の話は止めて欲しい」
「もちろんだ。もう止めるように言ってある。すぐに取り消されるだろう」
「そう、か」
俺は手回しのいいノーマンを見る。
「あなたの父と弟はどうするの?」
「弟は処理できるが、父は」
言い淀んだその先の言葉は想像できた。
「王様に目を付けられて、俺は此処で生きていけると思う?」
「それは、無理だと思う」
「そうだよね」
分かっている。この国にいるのはもう無理だろう。
それならば、全て壊していっても何も変わらないと思うのだけど。
もう一度、城を見る。
「どうしようか」
「それは、ここを捨ててどこかに行くという事か」
ノーマンに諦めたように呟かれた。
「あなたが俺を擁護してくれるなら、いてもいいけど」
「俺は側妃の子供で、立場が弱い。王になるには他に数人候補がいる」
「でも、話が通じるのはあなたのようだし」
そう言った俺を真剣な目でじっと見ている。
「ここを壊すつもりで来たのか」
「そうだね。そのつもりで来たよ」
「それなら」
それなら?
「この城を壊して貰ってもいい」
うん?
「俺以外全部潰してもいい」
なるほど?
「王様になって擁護してくれると」
「……そうだ」
中々すごいことを言われているな。
「それをどうやって信じれば?言葉だけ貰っても?」
「俺に君の隷属門を刻んでもいい」
「…は?」
なんだよ、それ。
「それだけの価値がある。この腐った王宮を変えられるなら」
そういう覚悟だと。
どうしようか。王様が奴隷ってちょっと嫌だな。”ル”が喜びそうだし。
「それさ、あたしがやるよ」
え、誰?
「君がエルムくんだよね?」
後ろから話しかけられた。驚いて振り返る。そこに立っていたのは、女性。いや少女かな?
「あたし、ナナミ。よろしくね」
「ええ、と」
「ルルから聞いたから、エルムくんを助けるよ」
俺が戸惑っていると、ノーマンが困った顔をしたまま口を開いた。
「勇者よ、どういう事だ?」
勇者。今代の召喚された勇者?
「ノーマンを王様にすればいいんでしょう?できるよ?」
「何の話を」
「ルルがね?エルムくん推しだから。あたしも見させてもらおうかって」
待った、もしかして。
「ルルって”ル”の話か?」
「ああ、そう言ってるんだっけ?ルルも仮の名前だけど。仲間なの。あたしも腐ってるの。だからエルムくんがイケメンといちゃってくれるなら頑張るから」
うっかり座り込みそうになった。
何だよその話。
黒髪の少女。活発そうなキラキラとした光を纏っている。物凄い力を持っているのは分かる。だけどそれが”ル”の仲間って。いわゆる、そういう。
「王宮を改革するなら全面的に、頑張るよ」
「勇者が俺に味方すると」
「そう。あなたがエルムくんを擁護するなら」
待ってくれ、本当に話が。
「分かった。徹底的に戦う」
「オケ。それなら頑張るかあ。取り敢えず6人ぐらいやって来るね?」
そんなに軽く、やっちゃうんですか。
俺はかなり悩んだのだけど。そっちは怒りもなく計画もなく。
「それ、は」
俺が言いきらないうちに、ナナミは疾風のようにいなくなった。
呆然としている俺をノーマンが見た。
「ありがとう、エルムくん。俺も忙しくなるが必ず王になって、君を擁護しよう。それでは」
言いたい事だけ言って、ノーマンも後を追うように走って城に向かっていった。
え。
俺の、この何とも言えない気持ちはどうすれば。
タイミングよく”ル”が話しかけてくる。
《ナナミに話したら、オケだって言うから。大丈夫だと思うのよ?》
待った、その変な話はどうすれば。
《エルムくんばかりが、全て被る事ないと思うの。私はダーク系よりほんのり系が好きだから。そこはナナミと嗜好が違うのよねえ》
言われている事の半分も分からない。
「つまり?」
《王位奪還なんてグロくてダークだし、エルムくんが関わらなくてもいいのよ。私としては冒険者を続けて欲しいな》
あそこは来る前に壊してしまったわけで。
《そうだね。建物は再生できるけど、あのギルマスは嫌だなあ。代わりの人がなればいいと思う。或は記憶操作するとか、ね》
さすが女神のいう事は訳が分からない。
俺は自分の感情の持って行きようさえ、はっきりと、していないのに。
考えている間に他の人が、話をかっさらっていった。
でも、もう。
怒っている事に、疲れてしまった。
「…好きにすればいいと思う。俺は家に帰る」
《うん。寝て起きたらまた考えよう?今日のエルムくんは疲れすぎだよ?》
誰のせいで脱力していると。
足を引き摺って家に帰った。
そのまま何もせずに自分のベッドに沈んだ。
夢も見たくない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます