山賊あらし



 森の中を移動しているうちに、人が踏み荒らした道らしきものへと地面が変化する。

 どうやらこの先に大人数がいるのは間違いない様だ。

 知識としては聞いているけれど、見るのは初めてだ。

 山賊。

 ならず者の集まり。

 村でコツコツと堅実に生きることを放棄した者や、犯罪を犯すことが嫌ではない者達。それでも街の中でさらに強い者に襲われるのは嫌で、自分たちが一番になっていられる環境に甘えてる奴ら。


 人の命を奪う事に抵抗はあるが、母と姉を連れている以上、俺の優先順位は家族になる。

 ましてや今は、家族以外の生存にあまり興味はない。

 あの状況で心がマヒしていないなんて嘘だ。俺だって。

 きっと心が壊れている。


 小屋の近くに人がいた。どう見てもならず者。

 人だが仕方ない。

 その時の自分の記憶を、余り思い出せない。

 ただただ、母と姉を守りたかった。それだけ。


 気が付けば、沢山の男が倒れていた。

 それから、小屋の奥に一人の少女がいた。俺を怖がっている。

 確かな記憶がないがその側に数人の男がいたから、彼女は襲われそうになっていたのだろう。脱がされかかった服がそれを表している。


「大丈夫か?」

 声を掛けるとビクッと動いた。

 何も言わない。

 その視線を受けて自分を見ると、俺の頭の先から足元まで、誰かの血でずぶ濡れだった。髪の先から血が滴って床に落ちる。

「ここに、母と姉を連れて来たい。君は大丈夫か?」

 再度問いかける。

「……あなたの、お母さんとお姉さん?」

 小さな声で答えてくれた。

 その答えに俺は頷く。

「ああ、ならず者はもういない。だから連れてくるが、君は」

「だいじょうぶ。有難う助けてくれて」

 そう言ってまだ震えた手で自分を抱えている。


 俺はそこらにある男たちの肉塊をどうしようか悩み、適当な魔法が無いか考えてみる。消えればいい綺麗に跡形もなく。移動させるだけでもいい。

 どう言えばいいのか。呪文など知らない。

 その時耳元で”ル“が小さく笑った。眼の前を呪文と魔方陣が通り過ぎていく。それは多分俺だけに見えているもので。通り過ぎたものを瞬時に理解する異常さに、疑問を持つこともなく。


「〈消去〉」

 それが単詠唱という物なのを知るのはもっと後だ。

 言った途端に、目の前の汚らしい物が消えた。

 きれいさっぱり。


「え」

 少女が目を開いて俺を見る。

 それを気にせずに他の部屋でも同じ魔法を使う。小屋の中も外も綺麗にしてから、二人を迎えに行く。

 傍にいった俺を見て母は眉を顰め、姉は思い切り顔を背けた。

 どうしたのだろう。


「エルム、その姿はどうしたの?」

 言われて見降ろすとまだ血塗れで。そうか自分は綺麗にしていない。

 同じ魔法が使えるだろうか。

「〈消去〉」

 呟いて自分の表面の血を消してみる。便利だと思うが少し異常だとも思う。

「え…」

 母の呟きが聞こえて、その顔を見る。

 何故かぽろぽろと泣いていた。いまの何が辛かったのだろうか。


「あなたは」

「母さん。もう誰もいないから山小屋に行こう」

「……分かったわ」

 長い沈黙の後、母が答えて立ち上がる。姉の腕を掴んで立ち上がらせた後、俺の後ろを付いて来る。二人を連れて小屋に向かう、その途中で思いだした。


「ああ、そう言えば女の子が一人いる」

「女の子?」

「山賊にさらわれていたようで、その場にいたから助けた」

 俺を見ながら、姉が不思議そうに言った。


「助けたの?エルムが?」

「うん、多分そうなると思う」

「そうなんだ」

 やっとまともな会話が出来ている事に安心する。

 山小屋に行くと、やはり少女がいて。俺達を見て安心したような息を吐いた。

 母と姉を見て何か思ったのか。

 二人も少女を見て何か思ったのか。


 リビングらしき場所で、手を繋ぎながら何か話している。


 俺はその話には参加しない。

 何かが外から来ているようで、外に出た。


 ああ、まだ残りがいたのか。

 溜め息をついた俺の顔を、傷がついた顔をしている男がしみじみと見た。


「ぼうず。こんな所で何をしている?」

「家族を連れて来て、いったん落ち着いている」

 その返事に男が眉を顰める。

「ここは山賊の根城のはずだが」

「そうだったけど、今はもういないから」

「は?」

 男はそう言ってから辺りを見回す。

 俺はその仕草をじっと見ている。周りを見回したところで、遺骸はもう存在しない。


「そいつらは、どうしたんだ?」

「全員死んだ。あなたは山賊の仲間?」

 俺の物言いの何が面白かったのか。男は急に笑い出した。

「死んだってどうしてだ?お前がやったってか?」

「そうだ」

 男の笑いがピタッと止まる。

「ほお?」

 腰に差してあった剣に触る男を見ながら、どうしようか考える。

 足を千切ってしまえば良いか。


「待った」

 俺が蹴りに近付こうと思った時に、男が止めた。

「悪い。俺は此処の麓にある冒険者ギルドに所属する、アイシンという者だ。魔法使いか?その怖い気配をどうにかして貰えないか?」

 俺の気配が怖いのか?大人なのに?


 俺の後ろから、ドアを開けて母さんたちが覗いている気がした。

 それが見えたのか、男が剣から手を離す。

「家族って女性ばっかりか」

 振り返って俺もその姿を確認する。


 振り返っていても、何かをする気配はなかった。

 そもそも相手に殺意は無さそうだった。もう一度男の方を向いて話をする。

「気配は分からないが、あなたが何もしなければこちらも何もしない」

「おお、そうしてくれると助かる」


 だが、男を家族に近付ける気はない。

「では、立ち去ってくれ」

「俺は此処の山賊を確かめてくれって依頼で来ている。手ぶらでは帰れない」

 男の話している意味が分からない。

 どうすればいいのか。


「エルム」

 後ろから声が掛かった。

 もう一度振り返って見ると母が歩いてくる。俺の横に立った母に男が頭を下げた。

「どちら様でしょうか?」

「俺はこの山の麓にある、冒険者ギルドのギルド長をしています、アイシンと言います。領主の依頼で山賊のいる場所を確認しに来ました。そこで息子さんに話を聞いたところ、山賊はいないと言われまして。…本当でしょうか?」

「ええ。あの中には居ません」


 母が答えている。それを見上げて話を聞いているが、俺が対応しても良かった気もする。

 少し眩暈がした。


「中を確認させていただけませんか?」

 男の話の後に母が俺を見る。

「エルムはいいのかしら?」

「…三人が怖くないのなら」

 俺の答えに母が微笑む。

「怖いわ。だからエルムがさっきの魔法で囲っていてくれないかしら」

 ああ、防御の魔法か。

「分かった」

 俺達が先に中に入り、女性三人にはリビングに座ってもらって、その部屋に防御魔法を掛ける。これで誰も入れない。俺は入り口でこちらを見ている男を家の中に入れた。


「詠唱も言わずに魔法を掛けられるのか」

 俺を見ているが何も答える義務はない。男は首を振った後で家の中を調べ始めた。俺は防御魔法の外側に立って、背中側から聞こえて来る話し声を聞くともなく聴いている。


 たわいもない話。

 少女の家の話や、今時期の服の話。決して事件の話には触れない。

 穏やかな雰囲気で、良かったと思う。


 俺の前に調べ終わったのか、男が立った。

「本当にいないな。どこにも」

「そう言った」

「死体はどうしたんだ」

「消した」

 その言葉に何か考えている。

 余り家族の傍に男を置きたくない。魔法で防御していても距離が近いのは嫌だ。


「確認したら出て行ってくれ」

「その死体も確認したい」

 もう一度、再生しろというのだろうか?

 さすがにそれが出来るか分からない。

「それは出来ないと思う」

「消したとは、どうやったんだ?」

「そのままだ。消えてなくなった。それだけだ」

「どうしても確認したい」

 しつこい。


「すまないが領主の依頼なんだ。適当には出来ない」

 男が食い下がる。

 これは、正当な話なのだろうか。

「その話にエルムの利益がありますか?」

 防御魔法越しに母が話しかけてきた。俺の後ろに立っている。

 男が黙った。


「何度も魔法を使わせて、エルムが疲れるのを狙っていませんか?」

 母の言葉に男の顔を見る。

 男は狼狽えていた。

「嫌がっている息子に対してあなたの態度は不誠実すぎます」

 男が頭を掻いて項垂れる。

「いや、そういうつもりじゃなかったんだが、そうか」

 俺を見てくるので、酷く困った顔をした男の顔を見返す。


「出来れば実力を知りたいと思ってしまった、すまない」

「実力?」

「ああ、きみの魔法がどの程度か知りたかった」

「どういう風に?」

 俺は“ル“から貰った力をいっぺんに開放したらどうなるか考える。

 そして想像するのを止めた。

 どう考えても国が亡びる。


「どれだけの殲滅力があるのか、とか」

「手の内を他人に言うほど、酔狂じゃない」

「だよなあ」

 うんうんと勝手に頷いてから、男が母に頭を下げた。

「すみませんでした。確認したので俺は帰ります。ただここにずっと住むわけでは無いですよね?」

 母が見てくる。

 俺は頷く。町で暮らそうと思っている。

「もし、ふもとの町、ショロンに来られるのでしたら、冒険者ギルドにお寄りください。今回のお詫びもさせていただきます」

「その時は」

 母が頷いて言って、頭を下げてから男が帰って行った。

 気配を探っていたが、外のどこにも誰の気配もなくなった。


 その途端にズルッと体が地面に着いた。

 防御魔法が無くなる。

 ああ、しっかりと掛けなければ。けれど。

 母が俺を抱えているのが分かった。

「エルム、もう良いのよ。大丈夫だから」

 少しだけ、瞼を閉じた。



 目を閉じたはずなのに、これは夢なのか。

 何処かの綺麗な部屋の中、黒髪の女性が俺を見ている。


《エルムくん。余り無茶したら駄目だよ?ちょっと頑張り過ぎ》

 答えたいが口は動かない。

《魔法の事は、本を届けてあげるから、それを読んでね》

 紅茶の香りがする。

《あなたのおかげで、久しぶりにお茶も飲めるし、こうやって話も出来る。使徒がいないと何も出来ないのよ、わたし》

 そう言って困ったように笑っているのは。


「ル」

《それね、本当は。…いいか。謎の女神も素敵かも》

 たはっと笑った女神が俺の髪を撫でる。

《末永くよろしくね、エルムくん》

 頷くことは出来た。それを見て女神が微笑む。

 俺はやっと暗闇へと落ちていく。



 目が覚めたのは辺りがすっかり明るくなってからだった。

 リビングのソファに寝かされていた俺は、辺りを見回す。足元に固まるように三人が寝ていた。やはり怖かったのだろう。俺の傍が安心できたのなら良かったが。


 目が覚めた三人と一緒に山を下る。

 昨日の男が言ったショロンという町が助けた少女の家がある町らしい。俺達が何処に行くにしても少女は家に届けなければならない。


 少女を家に連れて行ったら家族に感謝された。

 もちろん山賊に攫われたのだから、嫌な風評が流れるだろうが、命があり実際は何かされる前だったと確認できたのが大きかったのだろう。

 これから彷徨う予定だった俺達に、家を買わないかと持ち掛けてきた。ちょうど町はずれの二階建ての一軒家が売りに出ていると。

 少女の家はそういう土地や家の売買をしている家だった。


 少女、マードルが少し笑いながら、家の鍵をくれた。

 家の代金は出世払い。

 盗賊の金をとっておけばよかったが、あの時の俺にそんな余裕も知識もなかった。

 家に入って、母インカーレと、姉のキャスタが笑った。


 やっと二人を救えたと、思えた。




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