エルムZERO

よくある話




 二大大陸の右側中央に位置するクラータ王国の西側、国境近くの小さな農村。それが俺の生まれた村の場所だ。

 父と母と姉との四人家族で小さな家で暮らしていた。

 土地を借りて農業をするような身分だったけれど、村長は優しい人でしっかり働いていれば貧乏ながらも不自由ない生活が出来た。

 数十件ぐらいの家族がいたように思う。

 穏やかで平和な村だった。


 その日も何時も通りに皆が寝静まった後に、奴らはやって来た。

 誰かの叫び声と何かが破壊される音。

 俺も眠い目を擦りながら起きたと思う。父と母も何が起こったか分からずに戸惑っていた。仕事に使う鎌を握って父がドアを開けると、そこから緑色の巨体が何体も入り込んできた。

「魔物!みんな逃げ」

 父が話せたのはそれが最後だった。

 眼の前で魔物が持ったこん棒で潰されて、倒れ込む父の身体を見て母が叫び、その声を聞いた魔物が母を押し倒し、逃げまどう姉を押し倒し。

 それから足が竦んで動けない俺を見て嫌な顔で笑った魔物に、俺も掴まれた。

 

 泣き叫んだと思う。

 でもそんな事はすぐに出来なくなった。

 母と姉は何匹もの小型の魔物と巨体の魔物に、孕み袋にされていた。

 その横で俺も同じ目に遭っていた。

 そういう嗜好の魔物だったのだろう。腸から入り込んだ体液は身体の内側を埋め尽くし、喉から出て来て零れた。


 息が出来なかった。

 母と姉はもう声も出してなかった。

 ぎゃあぎゃあと煩い笑い声がした。

 母と姉の向こうで父の肉塊が転がっていた。

 

 死ぬのだ。

 理不尽に。

 魔物に殺されて。

 こんな汚い暴力にさらされて。

 俺だけなら絶望して死んでもいい。だけど、母も姉もまだかろうじて生きている。

 どうして俺は、助けられないのか。

 助けたい、助けたい、助けたい!

 でも俺には力がない。


 誰か。

 誰でもいい。

 俺に力をくれ。

 母と姉を助ける力をくれ。

 俺はどうなってもいい。助けられたらどうなってもいい。

 何でもする。本当に何でもするから。

 俺に二人を助けられる力をくれ!!


 絶望の中、それでも俺は息絶える瞬間まで願っていたと思う。

 そのほんの僅か、刹那の時間に声がした。

《いいよお?その代り、あたしの頼みも聞いてくれるう?》

 聞く!聞くから!

 まだ俺の身体は背中から魔物に潰されるように抱えられて、前後に揺さぶられ続けている。また口から体液が垂れ落ちる。

《じゃあねえ、凄い力をあげるねえ》

 早く!母と姉が死んでしまう!

《ふふ。じゃあ、最初だから私が導きでやってあげるねえ》

 俺の口から垂れていた体液が身体の中からずるずると出て来て集まり、大きな液体の塊になったかと思うと、どんどん小さくなり手の平に乗るような小さな塊になった。

《それが力の源。それを握って胸に当てて?》

 こんなものを。でも。やらなければ。

 俺は手を伸ばしてそれを掴み、自分の胸に押し当てた。

 それは何の抵抗もなくするりと体の中に入った。

《ああ、いい!可愛い男の子が自分で身体の中に、体液を取り込むなんてっ!》

 次はどうすれば。

《あとは簡単。君が力を振るえばいいだけ。殴っても殲滅できるよ》

 本当かと聞く事すらしなかった。


 俺は自分の身体の上に居る魔物を殴り、爆発するような飛び散り方をしたのを無視して、まだ母と姉に群がっている緑色をしている魔物たちに殴りかかった。

 もちろん反撃もされたが気にしなかった。

 殴って殴って殴って。

 蹴って蹴って踏みつぶして。


 母と姉を見ると、眼は開いているが小さく息をしているだけで何の反応もしなかった。

 でも、生きている。

《癒しの魔法は教えてあげるね》

 頭の中に呪文と魔方陣が浮かび、何の疑いもなくそれを使うと、二人の身体の上で光が渦巻きはじけて、消えた。

 汚れてはいるが、しっかりとした呼吸で寝ている二人に、俺の足が崩れそうになる。

《だめだよう、気を抜いちゃ。外にもいっぱいいるからねえ》


 声にハッとして外に出る。

 言われた通り、まだまだ外には沢山の魔物がいた。

 手にたいまつを持った奴らまでいて、家から出てきた俺を見て何か言っている。

 頭に血が上った。

 殲滅する。

 それしか思い浮かばなかった。


 子供の手で殴った魔物がはじけ飛ぶ。蹴っても爆散する。手で握っても潰れる。殴っても殴っても蹴っても蹴っても。

 永劫、終わらないんじゃないか。

 そう思いながら湧いて出て来るような数の魔物を倒してゆく。


 全部倒した時には夜が明けようとしていた。

 沢山の魔物の死体と沢山の村人の遺体。

 俺は家に帰り、藁ベッドのシーツで二人を包むと、両肩に抱えて村を出る。沢山の魔物の死骸がさらにほかの魔物を呼ぶだろう事ぐらいは知っていたからだ。

 畑を抜けて、近くの森まで歩いていく。

 植樹の森だが、魔物がいない森なので、安全だと思ったからだ。

 森の真ん中まで歩いて、二人を降ろす。結構な時間が経つのに二人とも目を覚まさないから心配になって来た。息はしている。だが起きない。


《話があるから、まだ寝ててもらっているの》

 そうか。

 声の主が話し始めるので、俺は草の上に座った。

《あなたが力を使うには、種が必要なの》

 たね?

《そう。生き物が生まれる前の種。それを一つの命とカウントして、何万何億という数がその塊の中にあるの》

 俺は身体の中に取り込んだ汚らわしいものを思い出し気分が悪くなる。

《普通は人も魔物も、一人分しか魔力は得られない。だけど沢山の命から吸収すれば驚くほどの魔力を持っていられる。まあ、そんな仕組み》

「あれじゃ無いと駄目なのか?」

《…女性のでもいいけど、それを取るには腹を裂かないといけないから》

 それじゃあ、無理だ。

《今のそれで、半年ぐらいは持つと思うよ?》

「そうか」

 俺が肯くと、声の主が何か笑った気配がした。

《それに、私が嫌。雄から貰ってね?できればちゃんと行為を見せて欲しいなあ》

 気持ち悪い。


《それが、頼みだよお?魔力の取り込み方は分かったでしょ?それで君には雄とイチャイチャしてるのを見せて欲しいのお》

「それが代償か」

《そう!わたし、腐女神だから!》

「……ふじょしん?」

 聞いた事のない名前。

《忘れられた神っていうやつ?あ、そうだ、君には私の使徒になってもらうね?その方が力が使えるから》

 俺の眼の前に黒い亀裂が入った。

 その空間のゆがみから真っ黒い手が出て来る。滑ったような細い両腕が俺の頭や顔や胸をまさぐっていく。

 先の事象から何かが触れてゆくのはおぞましく感じるが、痛みはなく触っていくだけなので口を結んで我慢する。

《はい、出来上がり!心臓の上に印入れておいたから。あとは可愛くしました!》

「可愛く、とは?」

《いいのお、気にしなくて》


「…感謝をする」

《はわあ、いやなのに我慢して感謝とか言うの、好き!》

「……なんて祈れば良い?」

 使徒ならば、何処かで祈らなければならいのだろうか?

《普通の教会でも、何処でもいいよ?祈りに来るなら、いちゃつきも見せてね?》

「…努力する」

《うん!私の名前は、ル 》

「エルム?」

 母の声がした。木の根元に寄りかからせていた母が、目を開けてこちらを見ている。まだ声を出していないが、姉も目を開けてこちらを見ていた。

 ああ。

「どうしたの?その姿は…」

 眉を顰めてこっちを見ている。血塗れだからだろうか?

「あなた、何でそんな色になっているの?」

 いろ?

 母は俺を見たままだったが、俺の胸を見て息を飲んだ。

 俺も自分の胸を見降ろす。

 そこには真っ黒な何かの紋章が描かれていた。

「…ありがとう、エルム。助けてくれたのね」

「うん」

 肯いた途端に涙が出た。

 あとからあとから零れて止まらない。

 怖かった。痛かった。気持ち悪かった。

 だけどきっと、二人の方がもっともっと嫌な思いをしたのだ。


 手招きをする母の胸に飛び込んだ。

 泣いている俺の頭を、姉がそっと撫でた。


 ああ生きてる。二人とも生きてる!!


 事情を話すにも、こんな場所で夜を迎える訳にもいかないので、どこか家がないかと思い悩んでいると、母が山ならどこかに山小屋があるだろうと言ってきた。ではそれを探そうとまた二人を包んで担ぎ、山を目指す。

 高い山の中腹で、先に煙がたなびくのを見つけて俺は二人を降ろした。

「ここにいて。俺が行ってくる」

「私達もお願いするわ」

「駄目だよ、母さん。…多分、話は通じないから」

 こんな山の中で多くの人の気配。それは犯罪者に違いなかった。

 母と姉を木の根元に下ろし、防御魔法を張り巡らせる。

 驚いた顔をする二人を置いたまま、俺は煙の立つ方へと駆け上がる。

 いるのなら多分、山賊だろう。



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