己の利ばかり追求しても
何時も通り午前中に依頼をこなして、ギルド内の食堂で昼飯を食べていた時。俺の横に人が立つ気配がしたので見ると、見知らぬ新人冒険者らしき人物が立っていた。
見た事のない新人で、どこか別のギルドの者かもしれない。
「あの、エルムさんでしょうか」
「君は?」
「あ、俺はドムと言います。昨日ここのギルドに入ったんです」
「うん。それで、何か用?」
喜々とした表情でドムは俺に向かって言った。
「あの、俺を弟子にしてくれませんか?!」
でかい声だなあ。
「いやだ」
「え!?」
「俺は弟子を取ってない。他を当たってくれ」
同じ食堂で食事をしていた冒険者たちが、クスクスと笑っている。ドムをパッと見た限り革鎧といい腰の剣といい、魔法使いには見えないのだが。
「どうしてですか?」
「嫌だから」
それ以外に理由はない。
「でも、勿体無くないですか!?エルムさんみたいな優秀な魔法使いが後継を残さないだなんて!」
だから、声でかいよ。
「弟子はいらない。後継は他の人が作れば良い。王都には王立の魔法学園があるし、高名な魔法使いも住んでいるから、そっちに頼んでくれ」
「魔法学園に入るにはお金が必要です」
「そうだろうな」
食後のお茶を飲みながら、立っているドムを見る。
「エルムさんほどの魔法使いが市井に居るギルドなんて、此処のギルドしかありません。他ではエルムさんほどの人は、貴族や王族になっていて普通の市民では、話もさせてくれません」
「…訪ねてみたのか?」
俺の質問にドムが怯んだ。
「え、紹介状もないのに行けません」
変に常識だけはあるんだな。その分根性はない様だけど。
「どうしても弟子にするんだったら、俺が認める魔法力が欲しい」
「え」
「たいした魔法力がない奴に、教えても使えない魔法ばかりだから」
ギルドに入る時に魔法使いで登録する新人は全員魔法力を計測される。簡単な計測紙も売ってはいるが、金貨一枚と少し高い。
「お、俺は魔法力はあります」
ん?
「認めて下さいますか?」
うん?
「俺が言ってるのは、魔法力があるかないかじゃなくて、俺が認められるぐらい高い数値の魔法力があるか、という事なんだが」
「あります!この年にしては高いって言われています!」
ほお。
「そうか。じゃあ試験をしてみようか」
「本当ですか!?」
周りの冒険者たちがざわりと騒ぎ出した。
大丈夫。俺がそんなに優しい訳がないだろう。
ギルドの受付まで行って紙とペンを借りてくる。元の席に戻って、紙に魔法の呪文と魔方陣を書く。それをワクワクした顔でドムが見ている。
「ほら。此処に書いた魔法を行使して行って帰って来い」
「え?」
「え、じゃなくて」
俺の手から紙を受け取ったドムが困った顔で俺を見た。
「あの、これ読めないんですけど」
「魔法文字が読めないと、魔法使いにはなれないが」
「だから弟子にして下さいって言ってるんです!」
怒鳴られたよ。
「…試験に受かったら考えようと思ったけど」
「じゃあこれを口で言って下さい!俺覚えますから」
え。
「それは試験じゃない」
「何でそんな意地悪するんですか!教えてくれてもいいじゃないですか!」
うるせえ。
怒鳴って駄々をこねれば俺が言う事を聞くとでも思っているのだろうか。どんな育ち方をすればこんな精神に育つのだろうか。
「とにかく、それが出来なきゃ無理だから」
「教えてくださいって言ってます!」
うるさい。
「分かった」
「早く教えてくれればいいんですよ」
偉そうだな。
「〈時は鈍く光り 思いは無限を駆ける 魂の器よ 雲と波を蹴り 闇を娶る先 描く先を示せよ〉〈転移〉」
「え?もう一度言ってもらっても良いですか?」
「一回で覚えられないのか?」
「そんな一回でだなんて、無理ですよ!」
「お前は何でも無理なんだな」
「何でそんな悪口言うんですか!良いからもう一度言って下さいよ!」
辺りのざわめきが引いて、しんとしている事にドムは気付いているのだろうか。
「俺は試験と言ったはずだが」
「そうですけど」
「試験とは自分がしくじったからって、怒鳴って再試験を受けられるものなのか?」
さすがに辺りの気配に気付いたのかドムが黙った。
「だって、酷いじゃないですか。俺がこんなに頼んでいるのに」
そうかい。
「この魔法が使えれば試験合格ですか?」
「まあ。使えれば」
「他にこの呪文を知っている人はいないんですか?」
「…図書館に行って、中級の魔導書を見れば書いてある」
「だから俺は字が読めないんです。分からないんですか?さっき言ったのに」
こいつ。どうしようか。
俺がいい加減イライラしている時に、見知った女が面白そうに近づいてきた。
金髪のうねった髪を腰まで垂らし、淡い赤のローブの下は真っ赤なドレスを着こんでいる金等級の魔法使い。美しいその顔には真っ赤な口紅。細い指先は真っ赤な爪先。その横には同じ『猛き炎』のサブ、灰色の髪で重鎧を着こんだカスパールも立っている。
「あら、機嫌が悪そうね、エルム」
「パメラか。依頼が終わったのか?」
俺が言うとパメラはクスッと笑った。
「今日は休みなのだけど、面白そうな気配があったから来てみたの」
「お困りかな?エルム殿」
二人に聞かれて俺はドムを指さした。
「これに困ってる」
「人を指さしてこれとか、あんまりですよエルムさん」
「だあれ?この方」
パメラは微笑みを崩さず、聞いてくる。
その美貌を見て緊張したのか、ドムがビシッと姿勢を正した。
「俺はドムと言います!昨日からここのギルドに入りました!」
「あら新人さん?その方がどうしてエルムに?」
「弟子にして貰いたいのです!」
パメラが驚いて俺を見た。
「エルムが弟子を募集しているの?」
「していない」
「ん?」
パメラが首を傾げる。それからカスパールが引いた椅子に腰を下ろした。
どうして俺の前の席なのかは、もう問うまい。
「俺がお願いしてるのですが、読めない文字の魔法で意地悪をされているのです!」
パメラはドムが持っている紙を見た。すっと手を出されてドムはその紙をパメラに渡す。読んでからパメラはクスッと笑った。
「急にこれは難しいわ」
「そうなんですか!?何でそんな意地悪するんですか!?」
俺が、はあって溜め息を吐くと、パメラは微笑みをひっこめた。
「俺が言った試験の内容に茶々を入れるな。これぐらい読んで発動できなければ俺の弟子なんて出来ないって思ってる」
「そうねえ。でも、もっと簡単な魔法ならできるんじゃない?」
「知らん」
「あなた、火炎か氷結ならできる?」
「え」
「それなら、出来るわよね?」
パメラがまた微笑んでドムを見たが、ドムは焦った様な顔をした。
「あ、俺、今まで魔法って使った事ないんです。だから弟子入りさせて貰って教えて貰いたくて」
「どうして、エルムなの?」
「それは此処のギルドで一番強い魔法使いだって聞いたからです!その人に教わったなら俺も強い魔法使いになれるって思ったので!」
「そう」
前に座っているパメラも、その後ろに立っているカスパールも少し眉根が寄っている。
機を見計らったリンリンが、俺にお茶のお代りをささっと持って来る。そのリンリンにパメラがお茶を頼んで、しばし無言の時間が過ぎる。
「あの、この呪文を教えて貰えませんか?口頭なら読めなくても覚えられるので」
ドムはパメラにお願いをする。
なりふり構わないのが凄いな。
「…いいわよ。〈時は鈍く光り 思いは無限を駆ける 魂の器よ 雲と波を蹴り 闇を娶る先 描く先を示せよ〉〈転移〉」
「もう一度お願いします!」
「……〈時は鈍く光り 思いは無限を駆ける 魂の器よ 雲と波を蹴り 闇を娶る先 描く先を示せよ〉〈転移〉」
「あの、もう一度!」
ドムが言うとパメラは俺を見た。
「無理よ。この方に転移なんて。エルム」
「そうか」
「あなた、基礎を他の方に習った方が良いと思うわ」
「え、それは嫌です。エルムさんに弟子入りが良いんです!」
はあ。
もう、うるさいから、どっかに飛ばそうかな。
俺の眉根をパメラがじっと見ている。
「お、エルム。パメラもいるなんて珍しいな」
…もう一人、面倒なのが来た。
「あら、グレイブ。お久しぶりね」
「パメラがこの食堂に居るなんて珍しいな」
グレイブが俺の隣に座る。大きい男が座るとうっとおしい。
金等級が揃うなんて珍しいからか、周りの冒険者の人数が増えてきて嫌だ。
「あの、俺ドムって言います。『明けの空』のグレイブさんですか?」
「おう、そうだよ。君は?」
「はい!新人のドムです!エルムさんに弟子入りをお願いしています!」
俺が溜め息を吐くと、グレイブが片眉をあげた。
「…エルムが弟子?」
「取ってない」
「凄くお願いしてるのに、エルムさんが意地悪を言って困ってるんです!」
まだ言うか。
「意地悪?」
「はい!これを俺に使えって」
パメラは紅茶を飲みながら、こっちを見ている。面白そうな表情は鳴りを潜め、面倒そうな顔になっていた。
ドムから紙を受け取ったグレイブは、後ろの席に座ったフェイムに紙を渡した。
「これは、私には無理ね」
そういってフェイムが返すと、ドムが俺を睨む。
だがグレイブは朗らかに言った。
「そうか?エルムに弟子入りするんだから、これぐらい出来るだろ?」
「え」
ドムが黙るが、まだグレイブは笑っている。
「時空魔法の転移は、適性がないと出来ないけど、エルムは得意なんだからそれぐらい使えないと弟子には無理だしな?それぐらい使えるから弟子入りしたいんだよな?」
「え、えと」
…どうしたグレイブ。何か怒ってるのか?
「使うには魔法力が五百ぐらいはいるけれど、基礎魔法力もそれぐらいあるんだよな?」
「え」
ドムが固まったように俺を見た。
「そんなに魔法力がいるんですか?」
「…ああ」
「そんなの聞いてませんよ!そんなに魔法力がある訳ないじゃないですか!」
また怒鳴った。
「それじゃあ、あなたの魔法力はどれくらいなのかしら?」
パメラが聞くと、ドムはグッと口を閉じる。
年齢の平均値ってどれくらいだろうな。
「…八十です」
小さな声でドムが答えると、パメラがクスッと笑った。
「あら、可愛らしいわね」
グレイブはまだ笑ったまま、ドムを見ている。
「それなら、剣士になった方が良いよな?魔法使いの魔法力じゃないしな」
「俺は、エルムさんに弟子入りしたいんです!」
「どうしてだ?魔法も使えないし魔法力もないし、なれそうな素養もないのに」
グレイブの言い様に、ドムはポカンとした顔になった。
「迷惑かけるだけって分かってるのに、何で弟子入りしたいんだ?」
…どうしたグレイブ。
「どうしてもです!」
怒鳴っても、うるさいだけで全然心に響かないのだが。
「私の魔法力は、一万ぐらいなの。それでもエルムは弟子にとってくれなかったのよ?」
パメラが言うと、後ろのフェイムも何事か言い出す。
「私も同じぐらいですけど、エルムさんは桁が違うので、私達なんか弟子にとりたくないそうです」
おい、二人とも。弟子にしろなんて一回も言った事ないだろう。
「え。金等級の方がですか?」
「そうよ。彼の弟子になれる人なんて、この世に居るのかしらね」
パメラがそういって微笑むと、ドムは強張った顔をしてこちらを見た。
「ど、どれくらいの魔法力なら弟子にしてくれるんですか?」
まだあきらめてないのが凄いな。
「…三万くらいかな」
食堂の中がしんとした。寄ってきていた冒険者たちが引きつった顔をしている。だから、俺は元々弟子なんて取らないんだって。
「分かりました。エルムさんの弟子は諦めます」
お。
「グレイブさん!俺を弟子にして下さい!お願いします!」
は?
俺がびっくりして見ると、グレイブは声を上げて笑った。
「あはは!俺も弟子は取ってないんだよ。どうして君は弟子になりたがるんだ?お金を払って修練を頼めばある程度の実力が付くだろうに」
「そんな金はありません!弟子なら衣食住保証されて習えるじゃないですか!」
「ああ、君はただで教えて欲しいんだな」
グレイブの声がしんとした食堂に響く。
「そんな根性じゃ冒険者は向いてないな。別の仕事を探すといいよ」
「は?」
ドムが怒ったように返すと、グレイブは周りを見渡してから言った。
「こんなギルドの食堂で、礼儀知らずにエルムの事を悪く言って、自分の実力さえ測れない事を暴露して。君をチームに誘う冒険者なんていないと思うから」
ドムが焦って辺りを見回す。沢山の冒険者たちがドムを見ているが訝しげな視線があるだけで、好意的な顔をしているものは誰もいなかった。
「…くそっ!」
ドムは走って外に出て行った。
俺がグレイブを見ると、にっこりと笑われた。
どういう事だ。その笑顔の意味が分からない。
パメラが席を立ちながら俺を見る。
「大変ねえ、エルム」
「パメラもすまなかったな。面倒に巻き込んだ」
「あら。愁傷ね」
そういってパメラは去り、一礼だけしてカスパールも食堂を出て行った。
俺が、はああっと大きな溜め息を吐くとグレイブが苦笑する。
「出しゃばってすまなかったな」
「何時もの事でしょ、グレイブ」
俺が何も言わなくても、後ろのフェイムが話し掛けてくる。
ツッコミが早いのも何時もの事か。
「まあ、助かったよグレイブ」
実際どうやって追い出すかなんて思いついていなかったし。
「エルムは人が好過ぎるんだよ」
「そんなはずはない」
俺が立ち上がりながら言うと、『明けの空』のメンバー全員で首を横に降りやがる。おかしいだろ、そのシンクロ率。
またなと手を振るグレイブに片手を上げて外に出たが、飯を食った気がしてない俺は、帰ったらベルクに何か作ってもらおうと考えながら家へと向かった。
最近からまれることが多い気がしたが、考えないようにする。
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