冒険者ギルド
お金がないというのは、困ったもので。
着の身着のままで村から離れた俺達に、誰かに頼るあてもなく。それでも生きていかなければならないので、俺は働きに出る事にした。
母と姉は自分達の陣地という家が出来た途端に、やはり男達に恐怖心がある事を話してくれた。特に姉が酷く、外に出て働くなどは無理だろうと思った。
ならば俺が頑張らねば。
しかし十歳というのは働くのに向いていないようで、何処に行っても断られる。
それはそうだ。普通に考えて、この体格の子供に何ができる訳ではないと思われるだろう。さんざん悩んだ結果、俺は冒険者ギルドに行ってみる事にした。
あの男、アイシンに聞いてみようと思ったのだ。
街中を巡っている間に、冒険者ギルドの場所は分かっていた。古いが大きな建物で、武装をした人たちがよく出入りをしている。
大きな扉を開けて、ギルドの中に入ってみた。
中には十人ほどの人がいた。その人達が入った俺を見る。子供が入って来たと面白がる視線が集まった。
そのまま女性がいる左側のカウンターに行ってみた。見ると受付と小さな札があったからだ。
「あの」
「はい、なんでしょうか?」
青い髪をまとめている眼鏡の大人の女性が、子供と侮らず答えてくれる。
「ここに、アイシンさんはいますか?」
俺の質問に女性はきょとんという顔になった。
周りもなんだろうという雰囲気になっている。
「はい、居りますが」
「会いに来いと言われたのですが、会えますか?」
「お名前は」
「あ、俺はエルムと言います」
「少々お待ちください」
女性が席を離れ二階に上がっていく。そこに居るのだろうか。
後ろの気配が何だか興味津々という感じになってきているが、何かが怖いのか話かけては来ない。
その時凄い勢いでどたどたと階段を降りてくる音がした。
「エルム!」
「何故に呼び捨て」
俺の顔を見て、アイシンがにっこりと笑った。
「来てくれたのか!」
「来いって言ったから」
「おお、言ったぞ。謝りたかったし」
「もういいよ。それは」
「しかしな」
会話をしていても後ろの気配が怖い。おじさん達の渦巻く好奇心の気配が。
俺が後ろを気にしているのが分かったのか、中に入れとアイシンが手招きをする。お言葉に甘えて、カウンターの中に入り一緒に二階に上がった。
ああ、目線が怖かった。
俺の顔を見てアイシンが笑う。
「ここに子供が来るのは珍しいからな」
「そうなんだ」
「ああ、まずは座ってくれ」
二階の大きな部屋に入りソファに座ると、アイシンが頭を下げた。
「あの時は本当にすまなかった」
「うん。もういいよ」
俺が言っても気が収まらなさそうな顔をしている。
しかしそれが本題では無い。
座っている俺達に、さっきの受付の人がお茶を出してくれた。
頭を下げてそれを飲む。良いお茶だな。田舎では飲めない様な。
「それで、今日はどうしたんだ?俺の謝罪を聞きに来たわけじゃないんだろう?」
「うん」
話を振ってもらって助かる。
「仕事を探しているんだ。ここで雇ってもらえないか?」
そう言ったら腕を組まれた。拒否かな。
「そうかあ」
「何故悩むのですか、ギルマス。お断りして下さい」
立ったままの女性の方に断られた。
「うーん」
「失礼ですが、エルムさんはおいくつですか?」
「十歳です」
「では無理ですね。最低受付年齢は十二歳からになります」
なるほど。
「いや、法律的にはそうなんだが。エルムはいけるからなあ」
「なにがですか」
「…この間の山賊の殲滅、エルムがやったんだよ」
「は?」
顔をじっと見られた。
眼鏡のお姉さん美人だな。
「どうしても駄目なら、お金を稼ぐ方法を教えて欲しい」
「うん?」
アイシンがお茶を飲みながら聞き返してきた。
「家族の事情があって俺が稼がないと明日食べるものも無い。手っ取り早くお金が欲しい。犯罪以外でとなると、ここら辺かなと思ったのだけど」
「教えないとまずいか?」
引きつった顔をしてアイシンが言う。
「…出来る事をするしかなくなるかな」
俺は肯く。どうしてもなら犯罪も仕方ないと今は思っている。
手加減が難しそうだが。殺さずって出来るかな。
「うーん。なら、仮所属で買取りとかかなあ」
「なるほど」
アイシンの唸り声に、肯いて受付の眼鏡女子が言った。
「それでしたら許可が出せます」
「うん。それでどうだ?」
二人で話が完結したようだけど、それは一体なんだ?
「待った。分からないから教えて欲しい」
アイシンが言うには、正式にギルド員にするにはやはり成果が必要で。ごり押しの為には討伐部位をたくさん持ってきてほしいとの事。買い取ってくれるからすぐお金になるらしい。
討伐対象は図鑑を見せて貰った。まあ、どのみち魔獣だろう。
「エルムは実績があるから、山賊討伐でもいいんだぞ?」
「邪魔ならするけど、あんまり人を殺したい訳じゃない」
「お、おう。そうだな」
アイシンが苦笑いをするのを、受付女子がじっと見ている。
「じゃあ、フレイ。仮証出してやってくれ」
「…分かりました。こちらへどうぞ、エルムさん」
眼鏡女子の名前がフレイさんだと分かったところで、受付カウンターに戻る。相対して座り、名前を書類に書きこんだ。
「字が書けるんですね」
「うん、最近覚えたんだけど」
「そうですか」
何かをタイピングしてくれて、その文字を打った小さな板を渡される。
「これが仮証になります。買い取りは今すぐからできます。いかがいたしますか」
「一時間ほどで戻ってくるから、その時に教えて欲しい」
「分かりました。お待ちしております」
なるべく高い魔獣が良い。どうせ手間は一緒なのだ。
ギルドを出て、外門に向かう。仮証でもギルドタグという物らしく、町の出入りは自由らしい。なければ他の身分証が必要だと言われた。貰って良かったな。
山の方へ向かう。山賊の山小屋へ。
今すぐ行きたい。
“ル”の笑い声がした。本に書いてあるけれど、せっかちだねえって聞こえた。
パチンと目の前に呪文と魔方陣が現れて消える。
「〈転移〉」
口から出た言葉が、身体を運ぶ。瞬いた後には山小屋の前にいた。
成る程。後で絶対に感謝の祈りに行こう。
山中の魔物の中で値が高いのは、バグベア。調べた中でそれが一番高く売れる。毛皮と爪。理由は知らないがそれが良いらしい。見つけては倒して毛皮を剥ぐ。
魔法で剥ぐのは案外簡単だった。肉と皮の間に風の魔法を入れてクルリ。
それを数枚持って、ギルドに戻った。
足元に血が垂れている。
乾燥はさせたけど、どの状態が欲しいのから分からなくて、生乾きのまま持って来た。外から見たら俺が毛皮を頭から被っているように見えるだろう。
カウンターにはまだ、フレイさんが座っていた。
「…お帰りなさいませ」
「買取お願いします」
「わかりました。こちらにどうぞ」
受付の後ろに長い筒があり、そこに向かって俺の名前を言っている。
「解体場所へ案内いたします」
「うん」
解体は終わっているが、そこが魔獣の置き場なのだと判断した。
行ってみて間違ってないと思った。
「よお、ぼうず。すげえな」
解体場所の主任はヘイリーという人だった。
いかにも毎日使っている刃物で、何かをおろしている。
俺が荷物を降ろすと片眉を上げて、眼鏡を持ち上げた。
「全部バグベアかい」
「うん。これが一番高値だったから」
そう言うと変な顔で見られた。
「一番高値?」
「うん。一時間で行ける範囲では一番高値だった。明日はもう少し遠出して別のを取って来たい」
「一時間」
「そう。夕暮れまでにしないと買い物が出来ない。そうだ、近くの屋台とかって知ってますか?最近引っ越してきて知らないんです」
「なるほど。教えてやるが」
そこで言葉を切って見られた。なんだろう。
「お前さん随分と、変わりもんだな?」
「そうか、な?」
そこについては自信が無いので、言う事がない。
買取金額はバグベア一体に付き、銀貨50枚。それが五匹。銀貨250枚。巾着ごと貰った。フレイさんが眉根を寄せて、注意してくる。
「いいですか、エルムさん」
「はい」
「くれぐれも、物取りに気を付けてください」
「…はい」
「あなたが気を付けるのではありません。物取りを殺すのはあまり良くありません。くれぐれも加減をして下さい」
なぜか、ギルドにまあまあ人がいる場所で説教されている。
「両足は千切っても良いですか?」
コホンと咳をされた。
「腕の一本ほどでお願いします」
「…はい。頑張ります。加減できるか分からないですけど」
「殺人はおやめください」
「……はい」
頷いて帰る。ギルドの中の人達が道を開けてくれた。
何故だろう。
急いで屋台で買い物をする。
想定外に物が安かった。いや、バグベアが高かったのか。
パンは銀貨一枚で三個。串焼きは二個。野菜も色々買えた。
持てるだけ持って家に戻った。
「ただいま。ご飯買ってきたよ」
俺の声で自室から二人が出て来た。両手いっぱいに食品を抱えた俺を見て驚いている。母に銀貨を袋ごと渡すと、中身を見て固まった。
「ご飯の後に話があります、エルム」
「うん」
何だろう?
二人ともお腹が空いていたのか、急いで食べている。食欲がないだろうと思っていたのだが、さすがに数日食べないと生存本能の方が勝つようだ。
生きたいと体が思ってくれて良かった。
食べ終わった後でお金の出どころを聞かれた。
ギルドで買取をして貰ったと伝えたら、苦い顔で眉根を揉んでいる。
あんまり揉むと皺になる気がするが、その話題は女性にしてはいけない事は父を見て知っている。母に怒られていたから。
父の事を思い出したら、ぽろっと涙が零れた。
数日前までは、幸せな家族がいたのだ。俺にとっての大事な家族が。
今も近くに母も姉もいるけれど。頑張り屋の父はいない。
返して欲しい。
けれど誰に言えばいいのか。
誰に言ったところで、死んだ者は生き返らない。
死霊術というのがあるらしいが、それは生まれ変わりの様なもので、全く元に戻る訳ではないらしい。
そして戻ったところで、事実は変わらないのだ。
「明日一緒に買い物に行きましょう」
「うん」
「私もお姉ちゃんも、足りないものだらけなの」
「うん」
「だから明日はギルドじゃなくて、一日付き合ってね。エルム」
「…うん」
鼻をすすりながら自分用の部屋に戻ると、本棚と沢山の本が置かれていた。
これは”ル“のプレゼントだと分かる。
泣いても時間は戻らない。
だからできる事をしよう。そう思って本を開いた。
数時間後に若干後悔する。両手で顔を覆った。
「時間、戻せるのかよ…」
それを行使するのか、俺はしばらく悩む事にした。
次の日に買い物に付き合う。
母と姉は服もなく日用品もなく、困っていたらしい。
皆の手に沢山の買った物があり、それを持って家に帰り、また次に出かけることを約束した。
俺は時を戻す魔法の事を伝えられない。
行使するには今の魔法力では足りなかった。
そのためにはもっと大きな魔法を秘めている種族の体液が必要だった。
どう考えても、それは難しかった。
あの魔獣たちは、人を襲う習性があるから搾り取れた。
しかしそういう習性が無いものからは、どうやって取ればいいのか。
俺の魔法はそれが最大のネックだった。
明日は教会に行って、”ル”に相談しよう。
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